「HL-1670Nね。ああそう」
どうやら私はなにかを間違えてしまったらしい。足の裏がむずむずした。
ブラザーのプリンタのどこがいけないのかと、私は尋ねた。6万円で買えるし、PostScript互換だし、両面印刷だし、トナーも安い。欠点といえば、トナーを置いている店が少ないことくらいだ。
「Ghostscriptをインストールしなさい」
まるで聖書に書いてあることみたいに、私はそのとおりにした。
「写真屋で、そのへんのものをグレースケールでスキャンしなさい。写真かなにかを」
私はそのとおりにした。私は、今野緒雪『マリア様がみてる』(集英社、1998年)の表紙をスキャンした。
それにしても、「写真屋」だったとは。「フォトショ」でなかったことを喜ぶべきなのか、「写真屋」がどの程度ましなのかを検討すべきなのか、私にはわからなかった。
「PostScriptのヤバい奴その1。ハーフトーンスクリーン情報」
彼女はPhotoshopを操作して、見たこともないダイアログを出した。ハーフトーンスクリーン?
「出力時に網点を作る命令。イラレで配置したEPSに、これが設定されてるとヤバい。その中だけ網点の状態が変わる」
彼女はマウスを何度か叩き、数字を打ち込んだ。
「まずPostScriptをファイルに吐かせる」
彼女はtest.psをC:\に作った。
「これをGhostscriptに食わせて、TIFFを吐かせる」
今度は彼女はCygwinではなく、「ファイル名を指定して実行」からcmdを起動した。
C:\gs\gs7.04\bin\gswin32c -q -dNOPAUSE -dBATCH -sDEVICE=tiffg3 -sOutputFile=test.tiff
test.ps
「すると、こんなのができる。これがハーフトーンスクリーンの効果」
彼女はtest.tiffをPhotoshopで開いてみせた。画像全体に、荒い網点が広がっていた。
「同じファイルを、lprでプリンタに食わせる」
HL-1670Nは小さな唸りをあげてウォームアップし、出力を吐いた。
「すると、見てのとおり」
網点はどこにもなかった。
「これじゃあ、EPSにハーフトーンスクリーン情報が設定されててもわからない」
私は言葉がなかった。
「逃げる手はある。Ghostscriptでラスタライズしてからプリンタに渡せばいい」
C:\gs\gs7.04\bin\gswin32c -q -r1200 -dNOPAUSE -dBATCH -sDEVICE=mswinpr2
test.ps
「ただし、じかに刷ると遅いし、バグがある。出力をDistillerで受けていったんPDFにするほうがいい。DistillerのジョブオプションはPrintにしてる?」
それくらいなら私だってやっている。
「この方法は、ハーフトーンスクリーン情報をチェックするだけなら十分使える。でも本物のPostScriptプリンタのかわりにはならない。字が太るし、Ghostscriptのバグで字がズレる。それに、なんて言っても、印刷すると遅い」
唯一の慰めは、私にはHL-1670N以外のものを買うような予算はなかったということだ。