S-nery。それは若手声優の三人からなるユニットだった。桂川千絵、桑島法子、前田このみ。そして、なにより、白倉由美の手になる「リーディングストーリー」の担い手であったS-nery。
リーディングストーリー。それはラジオドラマのようでもあり、詩の朗読のようでもある。ひとりの声優が、短い物語を朗読してゆき、そこに音が載る。物語はすべて、それを演じる声優のために書き下ろされた。企業とのタイアップもなければ出演者のネームバリューもない、この孤立した小さな試みは、いまも人々にささやかな印象を残している。
Visual Reading Storyを名乗る『希望入りパン菓子』は、形式上、リーディングストーリーにちっとも似ていない。朗読ではなくセリフの演技であり、登場人物ごとに別々の声優が担当する。物語は、完全に小説の形であり、特定の誰かが演じるために書かれたものでもない。けれど私はどうしても、ゲームやノベルではなく、Reading
Storyと名乗りたかった。
アフガニスタンの作家ウスタード・ブリシュナーの有名な短編小説、『遊牧民の一家』は、私の思いを伝えてくれるかもしれない。
主人公は貧しい遊牧民の男である。娘の結婚を間近に控えたある日、妻が病に倒れた。男は、妻のための薬を求めて、首都にチーズを売りにゆく。しかし男の得たわずかな金では、薬局の薬は買えそうにない。バザールのいかがわしい店で、首の欠けた瓶に入った青い水薬を買い、男は家路につく。きっと明日には熱も下がるだろう、咳もおさまるだろう――しかし作者は次のように宣告する。
「神の大いなる慈悲のひとつは、その下僕達にこれから何が起こり、何が待ち構えているのかということを知らしめない点にある」。今夜、男の妻は亡くなる。彼女は、娘の結婚式の晴れ姿を見ることができない。「そうなのだ、我々はこうして、一瞬後に何が起こるか知らないということを神に感謝しなければならない」。
Visual Reading Storyは、ゲームではない。一瞬後に何が起こるか知らない、物語だ。
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