2004年09月10日

ただ栄光のためだけに

 新千円札の肖像が野口英世になると発表されたとき、ずいぶん問題になったらしい。なにしろ、科学者としての評価がゼロに近い。
 しかし私は、これもそう悪い選択ではないと思う。
 まず、仕事のよしあしと名誉が無関係であることを、子供たちが知るきっかけとして優れている。
 来年の夏休みには、小学生の自由研究のテーマとして、「野口英世の生涯」が流行するだろう。かつては、小学生が読める範囲の本には、美談でまとめた野口伝しかなかったが、今はインターネットがある。おそらくは、かなりの確率で、野口が科学者としてはほぼゼロであることを知る。
 直接の利害関係のない他人は、人の仕事のよしあしなど、まったく気にしていない――単純な真理である。ディズニー式の綺麗事ばかり子供に見せたがる今の世の中では、こういう真理に触れる機会は貴重だ。
 また、科学者の仕事は一切評価しない、という政府の姿勢が好ましい。
 評価とは介入であり口出しである。事情通や野次馬ならまだしも、スポンサーである政府に評価されてはたまらない。「金は出すが口は出さない(たとえ出してもたわごとなので誰にも相手にされず、口をつけて出した金はシグマ計画のごとく何ひとつ残さず消え失せる)」という政府の姿勢表明として好意的に受け取っておきたい。
 もちろん、以上の議論は「よかった探し」のたぐいであり、損得勘定をすれば損になるだろう。
 だが野口は、有名な日本人科学者のなかではおそらく誰よりも強く、名誉を望んだ。あの世で彼がどれほど喜ぶかと思えば、多少の損には目をつぶってやりたい。

Posted by hajime at 2004年09月10日 23:03
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