まんが 榛野なな恵
それは昔むかしのお話です。
あるところに、お母様をなくし、悪い継母にいじめられて途方に暮れていた幼い女の子がいました。女の子の前に、通りすがりのお姫様が現れます。「たったひとりで深い苦しみに耐える小さな君、この世はろくでもないところだけれど、少なくとも私はここにいます」と言うかわりにお姫様は、そっと女の子と手をつないだのでした。
「私たち、また会えるわよね?」と訊ねるのを忘れたので、女の子はお姫様を見失ってしまいました。
お姫様との出会いのあとも、相変わらず悪い継母のいじめは続き、女の子は苦しみに耐えつづけました。お姫様との出会いは、結局はただ女の子の苦しみを長引かせただけだったのでしょうか?
それはいいとして、女の子はお姫様に恋焦がれるあまり、女たらしになってしまったのです。
―――でも、いいの? 本当にこんなあらすじで?
『Papa told me』(集英社)で有名な榛野なな恵が、かなり強い意欲をもって取り組んだとおぼしき作品です。
『Papa told me』は、神話的に美化された亡母を持つ小学生・的場知世が、伊達男の父親を独占して、強くかわいく楽しく父子家庭を営みつつ、ご近所と世界の運命に想いをはせる物語です。十年以上にわたってヤングユーに連載されている人気作品で、現在も続いています。
どうも1999年あたりに、榛野なな恵は百合に目覚めたらしく、『Papa
told me』にも百合を入れてきました(23巻、エピソード115)。また、異性装の男性を主人公のひとりにした『ダブルハウス』(集英社)という短編も発表しています。
榛野なな恵の作品は、繊細さが持ち味です。百合に繊細さを期待される向きには、これ以上のものはないでしょう。
『ピエタ』をお手本として見る場合、その長所も短所も、きわめてはっきりしています。
長所は、繊細な表現です。百合はもともと、繊細な表現に向いていますが、そのメリットをここまで生かした作品は多くありません。
短所は、過去のトラウマや、世界の悪意や、「特別な人間」への過剰な思い入れです。繊細さの代償とみることもできますが、やはり共感しがたい心理です。避けるに越したことはないでしょう。
集英社 全2巻 2000年4月24日発行(第1巻)