私はよく小説のあとがきで、登場人物の名前などの由来を解説する。しかしフィガロでは、あとがきの書きようもないので、ここで書いてゆきたい。
まず、「フィガロ」の由来について。これは、モーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』に由来している。
かなり込み入った話なので、全体像を説明すると長くなる。アルマヴィーヴァ伯爵夫妻と、伯爵家の小姓であるケルビーノ、この3人に絞って説明しよう。
ケルビーノというのは頭の軽い奴で、女癖も悪い。そのために伯爵の怒りを買い、クビになりかけるが、なんとか軍隊送りで許してもらう。しかし軍隊では女に色目を使うこともできない。失意のケルビーノは、かねてから憧れていた伯爵夫人に、別れの挨拶を述べにゆく。このときにケルビーノが歌うのが、'Voi che sapete che cosa e amor'、通称『ヴォイ・ケ』である。「恋とはどんなものなのか、知っていらっしゃるご婦人方、どうぞ、僕の胸のうちをご覧ください」という具合に、純情ぶって恋を歌っている。
さて、女性声優が少年の声をあてるように、オペラでも女性歌手が少年の役を演じる。ケルビーノも演じるのはメゾソプラノの女性歌手だ。さらにケルビーノは、この歌の直後に、わけあって女装させられる。というわけで、このシーンは、女性から女性への告白という色合いを帯びている。翻訳にもその色合いを取り入れて、'Voi che sapete che cosa e amor'という題を、『恋とはどんなものかしら』と訳すことが多い。
この訳題をもじって、『姉とはどんなものかしら』と思った瞬間――フィガロはフィガロという名前になったのである。