都市伝説かもしれないが、ご紹介する。
『仮面ライダー』が東南アジアの某国で放映されたとき、「殺人テレビ」と言われた。子供たちがライダージャンプの真似をして、死傷事故を多数起こしたからだ、という。
この話を聞いて以来、「ライダージャンプ」は私の呪文になった。自分で書いた話を思い返して、「このヨタは人としてどうか」などと思ったときには(たいてい思うのだが)、この呪文を唱えることにしている。ライダージャンプが許されるのだから、このヨタだって許されるはずだ、と。
毎度のことながら、今回も唱えずにはいられない。ライダージャンプ、ライダージャンプ。
*
美園を家にあげる前に、一悶着あった。
予告どおり午前11時にやってきた美園に、私は告げた。どこかに遊びにゆくのなら付き合うし、電話をくれるのも嬉しいけれど、あなたと二人きりになるのは恐い。先日のディズニーランドのお礼に、今日はお台場にでも――
私のつたなくもつれる言い訳を、最後まで聞いてから、美園は言った。
「私は悪者なのに、ひかるさまのお友達でもいようとする、それは欲張りすぎではないかと、ひかるさまはおっしゃいました。
でも、ひかるさまも欲張りでございます。
私をひきとめながら拒もうとしておられます。迎え入れてくださるでもなく、居留守を使うでもなく、私の顔色をうかがっておられます。
そうやって人の気持ちを忖度してばかりのお心で、私をなだめることができると、まだお考えでしょうか? まだ私の気持ちをお疑いでしょうか? 私がこれほど悪事を重ねているのに、まだ私を悪者扱いしてくださらないのでしょうか?」
「だって――」
「どっちつかずは、これきりになさいませ。ひかるさまがそのように煮えきらないのなら、私は押し通らせていただきます」
ずい、と前に出る美園を、私は止められなかった。
美園は、家の中をざっと掃除してから、昼食を作ってくれた。一緒に食べる。
話題は緋沙子のことになった。
「平石さんは人気者でございます。夕食のときには、彼女のそばの席をめぐって争いになるほどです」
「そうなんだ」
「なにしろ陸子さまの思い人ですもの」
緋沙子についての物言いには、相変わらず刺があった。
食後のお茶をいただいて、後片付けの段になったとき、私は自分で片付けをしようとした。が、美園の猛反対にあった。
「こればかりはご勘弁くださいませ。私のことは、ひかるさまにお仕えする者として見ていただきとうございます。そのために私はいまここにおります。なのに、ひかるさまのお手を煩わせては、今日一日が台無しになってしまいます」
もしここで美園の反対を押し切れるのなら、そもそも美園を家にあげてしまうこともなかっただろう。それで私は、居間でTVアニメの録画を見ていた。
すると、美園がやってきて、告げた。
「ひかるさま、冷蔵庫の調子がおかしいようです。冷蔵庫の中に、熱くなっているところがあります」
私はキッチンに行き、冷蔵庫の中をのぞきこんだ。右手で、冷蔵庫のドアをつかみながら。
「どこ?」
「このあたりです」
美園が指をあてて示したところに手を伸ばして、腰をかがめた瞬間――私の右手には、手錠がはまっていた。手錠のもう一方の環は、冷蔵庫のドアの取っ手をつかんでいる。
美園はすたすたと離れて、私の手の届かないところに立った。
私は手錠を確かめた。叩けば壊れるプラスチックのおもちゃではない、本物の手錠だった。
「……冷蔵庫の故障って、」
「嘘でございます。たばからせていただきました」
「私をキッチンに閉じ込めて、どうするつもり?」
それには答えず美園は、
「ひかるさまは、このような物はご存じでしょうか?」
と言って、取り出してみせたのは、黒いゴム製の手枷だった。
「私がそんなものつけると思う? もう美園の――橋本さんの言いなりにはなりません」
敬語や『橋本さん』を気にとめる様子もなく美園は、
「ひかるさまはさきほど、お茶を召されました」
そう言ってから、気を持たせるように、黙る。
あのお茶に、なにか入れてあったのだろうか。まさか。美園はそこまではしない。それがわかっているから、こうして家にあげてしまった。
「……それが、どうしたんですか」
「お茶を飲んだあとには、お手洗いが近くなる――そう感じたことはございませんか? お茶に含まれるカフェインは、眠気ざましの効果で有名ですが、お小水を作るのを早める効果もございます」
私は息を飲んだ。
「だからって橋本さんの言いなりになっても、トイレに行けるかどうか、不安ですね」
「確実に床を濡らすほうがお好みでしょうか? では、それまで待たせていただきます。
そうそう、あまりひどく我慢なさるようでしたら、脇腹などをくすぐらせていただきます。お小水をひどく我慢しているときに、くすぐられるとどうなるか、ご存じですか? ……ご存じとお見受けします。
ひかるさま、どうぞこちらにお掛けください。……お茶をもう一杯、いかがです?」
私は勧められるままに椅子に座り、お茶は断り、目をつぶって、言った。
「……条件があります」
話し合いの結果、かなりたくさんの条件をつけることができた。
・午後3時には、すべての拘束をほどいて帰る。
・私の許しがないかぎり、胸と下腹部には触れない。
・くすぐらない。痛みや熱さを加えたり、つらい姿勢を強いたりしない。
・撮影や録音をしない。
・唇や舌や歯で、私の身体に触れない。
「あと、それから…… 唾液とか――体液を触れさせるのも禁止」
「汗と涙はお許しください」
「わかった。それから……」
考えているうちに、ふと気がついた。
「手錠を外さないと、服が脱げないんじゃない?」
「ええ。ですので、手錠をもうひとつ用意してございます。左手にかけてから右手を外す、という要領で、お召し物を脱がせてさしあげられます」
その言葉どおり、美園は手錠をもうひとつ取り出してみせた。
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