悪魔的なまでに有能で無思想な青年が、ヨーロッパを滅ぼし、人の住まない荒野に変える話である。
と、あらすじを書くと面白そうだが、実際に読むとそれほどでもない。なんといっても、抽象化のレベルがおかしい。主人公がヨーロッパを滅ぼす動機からして、「典型的なヨーロッパ人はヨーロッパの自殺を願っており、それが彼のなかに体現された」というのだから、ふるわない。
滅びの過程にしても、陰謀論的な図式が鼻につく。ひとつの組織、ひとりの人間が、巨大なものごとの一切を影から取り仕切る、という陰謀論的な図式には、なにかしら不健康なものがある。それよりは、主人公に神のような力を与えて、組織や陰謀など抜きにして気ままに振舞わせるほうがいい。チェスタトンいわく、『ありえないことは信じられるが、ありそうにないことは信じられない』。陰謀論的な図式は、たとえ駄ボラとしても、ありそうにないことだ。