今日の百合はいまだに多くの課題を抱えているが、少なくとも、吉屋信子の負の遺産と決別したことだけは確かだ。
はかなくて美しい真実ではなく、馬鹿馬鹿しくも愛すべき世迷い事を。真実の徒は背を向けるだろうが、私は人間のそばにいたい。
*
『私は、陸子さまをお慕い申し上げております』
『陸子さまを』
はじめは、言い間違いか、聞き間違いだと思った。
「――でも私は、陸子さまとともに歩むことはできません。あと2年もすれば、お側仕えを外れて、もう陸子さまのお顔を拝することもなくなるでしょう。無理にお側仕えを続けたり、……もっと別の形でお側に置かせていただいたり、そこまでしたいとは思いません。私はそんな重たい女にはなれません。
私は、もっと強くて、卑怯な女でありとうございます。――ひかるさまをさらっていって、陸子さまを悔しがらせるような」
この告白の、いったいどこが『人並みの口』なのかと問いただしたかった。
「……ひかるさまご自身のことも、大切に――とは言葉の綾でございますが、今日のようなことをしでかすくらいの気持ちはございます。
ひかるさま、私にさらわれてしまいませ。そうすれば、陸子さまが奪い返しにきてくださるかもしれませんでしょう?」
奪い返しにきてくれる――その空想は一瞬、美しい輝きを放った。
輝きに見とれる間もなく、すぐに打ち消す。あまりにも身勝手な空想だ。一瞬でも目を奪われたのが恥ずかしい。
「そうすれば、ひかるさまの求めておられる喜びを、陸子さまが与えてくださるでしょう?
喜びに逆らえない、ふしだらな女におなりませ、ひかるさま。その弱さで、陸子さまを誘い惑わし惹きつけて――ドラマを、陸子さまに捧げなさいませ」
美園はふたたび私の手をとり、かがんで、唇に近づけた。約束を忘れているのではなく、約束を破ろうとして。
Continue