2006年05月02日

1492:39

 風邪は、罹っている最中はひどいものだが、治ったあとがいい。風邪をひく前よりも健康になるような気がする。手術のあとの発熱では、こうはいかない。

 
                          *
 
 お見舞いにきた理事たちを適当にあしらって追い返すと、陛下は気持ちよさそうに背伸びをなさり、さらにくるりと一回転なさった。
 「遊ぼ!」
 陛下はすっかり快復された。熱も引き、喉の調子もいつもどおりとのこと。とはいえ、昨日の午後のうちに、今日のご予定はあらかたキャンセルされている。夜にチャリティコンサートへのご出席があるだけだ。
 庭にお出でになり、草木や花をつぶさにご覧になってゆく。陛下は、きれいに整えられた草木よりも、不ぞろいなものや、ぽつんと生えている雑草のようなものを楽しまれる。以前、植え込みの中にひょっこり生えていた色鮮やかな茸を見つけたときは、ずいぶんご執心なさっていた。
 庭だけでは物足りないと、公邸のそばにあるロシア陸軍基地へと足を向けられる。途中から、基地隊司令官のリュビーモフ大佐が散歩に合流する。
 陛下、私、警護部職員2人、道案内役の下士官、リュビーモフ大佐、その通訳、これといって用事のなさそうな将校が2人。これだけの人数が連れ立ってぞろぞろと歩けば、人目につくことおびただしい。陛下に気づいた兵士たちがみな、飛び跳ねるようにして手を振ってくれる。
 草木は目にうるわしく、土は心地よく歩ける。けれど建物は、あまり気持ちのいい眺めではない。この基地隊も、在千ロシア軍の常で、定員を半分以下に割り込んでいる。人の住まなくなった古い兵舎や、使われなくなった格納庫が、朽ちるままにされている。風情があるともいえるが、千葉の独立を支える身にとっては、心もとない。
 散歩から戻ると、ちょうど昼食どきだった。メイドたちと一緒の食事はただでさえ賑やかで、さらに今日の陛下は、まるで昨日のぶんを取り返そうかという勢いではしゃいでおられた。
 昼食がすんで、執務室に下がろうとしたとき、
 「ひかるちゃん、こっちー」
と、陛下がお招きくださり、お部屋にご一緒した。
 お部屋に入るまぎわに、陛下はおっしゃった。
 「岩崎さーん、当番が終わるまで女中控室で待機」
 当番のメイドは、お部屋の隣に控えて、陛下のご用をうかがう。今日の午後からの当番が、岩崎さんだ。
 女中控室は離れにある。当番のメイドを女中控室にやれば、陛下のお声を聞く者はいない。つまり、陛下は私と二人きりになる。
 私は身が引き締まるのを感じた。
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Posted by hajime at 2006年05月02日 09:43
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