2006年05月28日

1492:44

 私は設定厨だ。設定はできるだけ表に出さず、たとえ出すときでも説明はかっとばすのが格好いいと信じている、あのタイプの設定厨だ。
 しかし今回はあまりにもわかりにくいので、少々補足したい。
 このSSの千葉国では、いわゆる同性婚ができる。また、実子と養子、非嫡出子と嫡出子を区別しない。一人の子に複数の父親・母親を登記することもできる。子の保護と意思主義を徹底するとこうなるだろう、という制度を考えてみた。
 日本では、戦前の家制度の影響か、「親族関係のありかたは家族法によって定められる」と考える傾向が強い。しかし、当事者のなすがままではうまくいかないケースを処理するために家族法が持ち出されると考えるなら、一見アナーキーにみえるこの設定も、うまく機能するはずだ。

 
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 陛下の御召車を中心として、前後に1台ずつ、3台の車列。これに加えて、交通量の多い道路では、警察の車両が少し離れて前を走る。
 要人の陸路輸送は目立つので、お国柄の話題になりやすい。要人車両が信号待ちに陥らないよう、信号を操作する国がある。都市部の幹線道路に、要人車両専用車線を設ける国がある。逆方向の極端には、国王が毎日のように路面電車に乗る国がある。
 たいていの場合、安全は決定的な要素ではない。権威づけや利便性のほうが先に立つ。多少の能力のあるテロ組織が、陸路輸送中の暗殺をたくらむなら、現場で食い止められる可能性はほとんどない。諜報活動で安全が確保されていると信じるからこそ、陸路輸送ができる。
 この諜報活動には、護衛官はまったく関われない。護衛官というと、国王警護のうえで最も重要なポストのように思われている。実際には、陛下をお守りする盾の厚さが100ミリとしたら、私のぶんはアルミ箔くらいの厚さしかない。陛下の安全のほとんどは、財団と内務省の手に委ねられている。
 けれどこのアルミ箔は、盾の一番内側にあって、陛下のお身体に触れている。
 陛下を公邸へとお運びする車列は、公邸の外側の検問線を素通りして、内側の線で停止する。前後を囲んでいた2台はそのまま走り去り、別の1台がやって来て、残りわずかな道のりを先導する。
 内外2つの検問線を通るたび、警官の敬礼に答礼する。交代車両の運転手と職員に、仕草で挨拶する。公邸に着くと、警護部職員、運転手、私の順で車から降りる。いままで何百回となく繰り返してきた手順。
 私が車のドアを開ける。陛下がおみ足を地面に降ろし、私の手をお取りになる。この手はすぐに離れてしまう。もともと飾りのようなもので、本当にお身体の支えとしてくださったことはない。
 陛下は私に向きあい、今日一日の労をねぎらってくださる。
 「今日は、すっごーく、楽しかったよ! ひかるちゃんのおかげだね。すっごーく、ありがとう、だね。
 あしたは、私がひかるちゃんを楽しくしてあげたいなー。ひかるちゃんみたいに上手にはできないけど、みててね」
 「そのお言葉だけでもう、私などの身には余るほど、楽しゅうございます」
 そして、いつもどおり私は一歩下がり、一礼しようとした。けれど今日の陛下は、私が下がると、一歩前に出てこられた。
 とまどう私に向かって、陛下は背伸びなさる。内緒話を耳打ちしてくださるときの仕草だ。私は反射的にかがんだ。
 いつのまにか陛下の腕が背中に回り、唇が重なっていた。
 「今度からは、ひかるちゃんから、してね。おやすみ」
 「――おやすみなさいませ」
 陛下が一歩下がってくださり、私は一礼した。
 続いて陛下は、警護部職員たちと運転手を軽くねぎらってから、邸内にお入りになった。遅番のメイドたち3人が玄関に並び、「お帰りなさいませ、陸子さま」と唱和してお迎えする。
 私の仕事はここで終わりだ。時計を見ると、10時近い。お風呂とベッドが頭に浮かぶ。
 警護部職員と運転手は車でいったん離れにゆき、そこから家に帰るが、私だけはここから官舎まで歩いて帰る。「お疲れ様でした」と言い交わして、ゆこうとすると、警護部職員のひとりに言われた。
 「式には呼んでくださいね」
 「立ち見でよかったら。そのかわり祭事手当が出ますよ」
 つまり、仕事だ。笑い声があがる。
 夜道をぶらぶらと歩きながら、さっき冗談めかして言われたこと――結婚について考える。
 一緒に過ごす時間でいえば、護衛官と国王はきわめて近い関係にある。警護中はほぼ常に2メートル以内にいる。話し相手を務めることも多く、私の場合、平均で一日2時間くらいはしゃべっている。
 護衛官の責任は重い。ある海外の報道雑誌が、千葉王位の歴史をもとに、国王の身の危険を計算したことがある。それによれば、国王が即位の8年後まで生きている確率は、50%を切る。
 関係の公的性格も婚姻以上といえる。護衛官の就任式は、国王の即位式の前座として行われ、TVで流れる。私の就任式の視聴率は40%を超えた。
 結婚は余計なことのように思える。
 私は、王妃よりも護衛官でありたい。婚姻という結びつきが、護衛官の職よりも重いとは、どうしても思えない。
 そんなことを考えながら、官舎の前に着いたときだった。
 「設楽さま」
 門の横に、緋沙子がいた。
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Posted by hajime at 2006年05月28日 04:42
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