2006年06月27日

1492:50

 またもネタ切れのため設定の話をする。
 作中の木更津は、現実の木更津より7割増しで栄えている。現実の木更津が今の2倍栄えても、ゲーマーズやアニメイトはできそうにないので、ああいう表現になっている。東京に近く若年人口の多い習志野市(人口16万、アニメイトあり)でも限界に近いと思われるが、現実の木更津市の人口は12万だ。

 
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 朝のブリーフィングは、準備体操に似ている。
 担当の官房職員が決まりきったことを淡々と説明して、今日のスケジュールを配る。たまに警護班のリーダーが発言して終わる。難しい問題が持ちあがることはめったにない。雰囲気もたるんでいる。けれど、ここで調子をつけておかないと、あとでミスが出やすい。
 今日のスケジュールは、午後3時以降が空白になっている。
 「陛下のご意向により、午後3時からご休息です。以上です」
 緋沙子とのお別れに時間を割こうというお考えだろう。私は胸をなでおろした。
 もし今日、陛下とお話しする時間がなければ、私の権限で作るしかなかった。護衛官がスケジュールを変更させれば、そのことは陛下のお耳にも入る。そうなれば、今日は朝からぎくしゃくとして、いつもどおりの日を演じることはできなくなったはずだ。
 今日は朝一番から外出だった。出発までのわずかなあいだを、警護班と無駄話をして過ごす。時間がくると、玄関前の車回しに移動し、陛下のお出ましを並んで待つ。玄関にお姿が見えた瞬間、一日の仕事が始まる。
 「おはよー、ひかるちゃん。今日もカッコよくてきれいだよ」
 「おはようございます。私ごときがきれいなら、陛下は神々しくあらせられます」
 陛下の車中での過ごしかたには、TV録画の鑑賞(たいていアニメ)、TVゲーム、読書、睡眠、私との雑談、などがある。今日は、TV録画の鑑賞だった。助手席のシートに埋め込まれたモニターを、真剣なまなざしでご覧になる。
 私はそのお姿を、あまりまっすぐには見ないようにしながら、視界から外さない。仕事についたばかりのころは、こんなに長いことひとりの人間ばかり見ていたら頭がおかしくなるのでは、という気さえした。今では慣れてしまった。
 見慣れた道を通り、目的地の千葉市労働会館に着く。ここは警護のしやすいロケーションで、国王の出席する催しによく使われる。今日は、高ツ石油の投資説明会がここで開かれる。陛下ご自身が投資を検討なさっているわけではない。政府がこの件に大いに肩入れしていることを、投資家たちにアピールするためのご出席だ。
 国王を招くだけあって、千ロの政府からは副大臣クラスが出てきていた。ロシア語のスピーチには通訳がつく。私はロシア語がわかるので、こういう通訳は聞いていて面白い。陛下は、居眠りなさっていた。
 昼食は、財団理事の茅場氏と。地方党組織の割譲派のことが主な話題になった。茅場氏によれば、割譲派の内部に温度差が広がりつつある、とのこと。それに対して陛下は、割譲派という枠にとらわれず、具体的な人物とその人間関係に注目すべきではないか、と示唆なさった。
 午後は、袖ヶ浦市の図書館へ。この図書館は先月にオープンしたばかりで、今日は広報のためのご訪問だった。TVカメラが入るので、メイドの宮田さんが陛下のメイクをTV用に整える。陛下は館長とともに館内を一回りなさり、いくつか本をお手にとっては、TV映りのよさそうな適当なことをおっしゃった。陛下は、ラジオでは思うところをそのままおっしゃるが、TVではずいぶん手加減なさる。TVは編集の都合が厳しいため、お言葉は短く単純にまとめないと、ほとんど意味が通らないくらいに切り刻まれてしまう。陛下がTVよりもラジオを好まれるのには、こういう事情もあるだろう。
 今日の仕事はここまでだった。帰りがけに、陛下のご希望で、木更津駅近くのアニメショップに寄ってゆく。本社は東京にあるチェーン店で、陸子陛下のために財団が誘致したと噂されている。いつ行っても繁盛している様子がないのを見ると、そういう噂が立つのももっともなことだと思える。実際は、陛下のご贔屓をあてこんで開いた店らしい。ご贔屓だけは狙いどおりにいったが、国王が贔屓にする店だからといって繁盛するほど商売は甘くない。
 公邸に戻る。車中での陛下は、さきほどアニメショップでお求めになった雑誌をご覧になっていた。私はそのお姿を、視界の隅にとらえつづける。間違いなく私は、世界一、陛下のお姿を拝見している人間だ。
 陛下は雑誌のページを閉じると、私に話しかけてくださった。
 「月曜のネタのことなんだけどさ、大多喜町だよね。事典だと、なーんかしょぼいネタしかなかったんだけど」
 陛下のおっしゃる『月曜』というのは、月曜演説のことだ。聴衆の地元民を前にして、演説地のことを褒めなければならない。国王になにも考えがなくても、官房職員が適当に仕入れてくるが、それだけでよしとなさるような陛下ではない。
 「これといった名物がないのに無理をするよりは、イベントに絡めてはいかがでしょう。たとえば七五三の季節なら、子供を壇上に招かれてお祝いの言葉をおかけになれば、人々の気持ちを集めることができるでしょう」
 千葉には、七五三を盛大に祝う地方が多い。
 「そっか、イベントかー。来週のイベント…… うーん」
 「たしか、十五夜がもうすぐでしたか」
 「もしかして私、操られてる感じ?」
 そうするうちに公邸に着く。
 メイドたちが玄関に並んでいて、陛下をお迎えする。そのなかには緋沙子はいない。時計を見ると、緋沙子の出勤時間にはまだしばらく間があった。
 私は通用口へと回る。公邸の玄関から出入りするのは、国王、客、理事だけで、ほかは通用口を使うことになっている。公邸内にある護衛官のオフィスにゆき、書類仕事にとりかかる。
 護衛官はひとりで一個の省庁のようなものなので、御召車のガソリン代の伝票事務まで私がやることになっている(御召車は政府が提供している)。実際には、そういう事務は国王官房がやってくれていて、私は上がってきた書類に署名捺印するだけなのだが、それでも数が多いと馬鹿にならない手間だ。また、トラブルの報告などは、私自身が起草しなければならない。
 今日は定型書類だけだったので、すぐに終わった。届いていた郵便物を調べると、内務省発行のテロ・ゲリラ活動月報があった。さっそく目を通す。私の研修は、過去10年間の月報を読むことから始まった。教官は、白書のたぐいなど1ページも読んだことのなかった私に、内務省の文書に出てくる独特の言い回しとその意味合いを教えてくれた。たとえば、「懸念すべき状態にある」という表現には、責任回避の意味合いが強い。が、具体的な誰かが「懸念を表明した」となると、その誰かが何かをしようとしている、という意味になる。
 月報を読み始めてすぐに、携帯電話が鳴った。メイドの青木さんの携帯からだった。といっても、かけてきた相手は、おそらく青木さんではなく陛下だろう。陛下は携帯電話をお持ちでない。必要なときには、お側仕えの者から借りて済ませておられる。
 電話をとると、案の定だった。
 「ひかるちゃん、いまからこっち来れる?」
 「はい。すぐに参ります」
 「おねがーい」
 私は読みかけの月報を机に置き、しおりを挟もうとして――そのしおりが役に立つことはないのだと気づいた。
 私は、何秒間か、ぼんやりしていた。
 結局、しおりは挟まなかった。私は執務室を出た。
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Posted by hajime at 2006年06月27日 04:30
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