2007年08月17日

呪いについて

 笙野頼子『夢の死体』(河出書房新社)を読んでいる。
 主人公の「Y」は、女性専用の下宿(女子寮)に暮らす無名作家である。以下長くなるが引用する。

飲酒、喫煙、共学、自然な発声、自然な歩きかた、時には足の痛くない靴を履く事までが非難の対象になるような文化はまだ残っているのだ。そしてそんな文化は同じ位に、飲酒喫煙その他、個人の意志で決めるべきことを強要しようとして、男女平等なんだろおおおお、と脅す文化に裏返ってもいた。土地のせいではなかった。首都でさえも、仕事先の人間から女子寮ってすうごいんだろおお、と自分のほうがずっと気持ち悪いこめかみのぴくぴくする表情で言われたりした。その凄さの、具体的内容を尋ねると結局、酒を飲み帰りが遅いという程度のことだ。(124ページ)

 その受験勉強のいらいらのさ中、夜食のラーメンを作ろうとしているのにガス台が空かず、腹が減って吐き気がしているような時間にさえ、下から通りすがりに、じょしりょおおおお、と叫んで通るのがいくたりもいた。物理的に言えばただの騒音に過ぎないのだが叫び声には何か天誅、というような英雄面とこちらをアイテムと化して勝手な物語を実践しようとする狂気が感じられた。彼らは、国名や性別をただ言っただけで意図的に人を傷付ける事の出来る技術、を駆使していたのだった。青春やパトスのなせるわざではなかった。現実の寮を目前にしていくたりもが、同じ調子を、というところで微妙に、決定的に、何か違った。女を蔑む文化に呪われているか、或いは無意識に呪いを利用したか、利用の過程でたとえごく軽くであっても無論背徳性とか現実と幻想の交錯だとかややこしい言葉がからまって来る可能性はあった。が、彼らはともかく地に足を付けて、自分以外の誰かに支えられていると確信して叫んでいた。戦時中なら、そんな連中は我欲を通すのに体制を持ち出す教練おやじというようなものになっているかもしれないのだ、と今のYならば想像する。戦争がないから、地霊代表のような顔をして苛めに来るのだった。一見欲望に忠実にふるまっているかのようであっても、実はまさに正義の物語を行っているという印象なのである。悪を人間の生命力の一表現だと、把握する態度ともどうも違った。一見勇敢な態度で則を越えているように見えつつ、実は物語の禁忌を振りかざしているだけの小心者。彼らは資質や運命に支配された犯罪はしないだろう。犯罪に関心も緊張も持たないだろう。犯罪の迷妄すら必要ない。ただ呪いを再生産しながらYのような人間を滅入らせるだけだ。(130~131ページ)

 私はこの種の呪いの培養槽として育った。物心つく前には、さながら歩く放射能だった。これは高校の友人から聞いたのだが、小学生の私を知っている人間にでくわして私の話をしたところ、相手は怒りに震えながら「今度会ったら殺してやる」と語ったそうだ。誓って言うが、私は馬鹿とつるんで人をいじめるような動物ではなかったし、人を支配する腕力もなかった。ただただ呪いの力だ。
 これはおそらく主として私の資質によるもので、環境が特別に悪かったとは思わない。ただし、「当時としては」という但し書きがつく。
 私と同世代の人々をみると、無自覚な輩はたいてい多少の呪いをまきちらしている。呪いを発さない人はほぼ全員、かなりの功夫を積んでいるか、あるいはイデオロギーで我が身を縛っている。
 しかし、現在20歳前後の人々をみると、明らかに無自覚なのに呪いを発さない、という人がたくさんいる。まるで天使の血が混じっているかのように。
 おそらく、言葉狩り的なメディア統制は無駄ではなかった。この20年間で、子供向けメディア環境は大幅に呪いを減らした。かつてボリシェヴィキが夢みた「人間性の改良」はここに実現した、と言いたくなる。
 (ただしこの天使化には不安も覚える。呪いが希薄で、そのため人々が功夫を積むこともない世界は、どれくらい安定して存在できるのだろうか)
 
 呪いの培養槽たる私も、同世代の人々と同じく功夫を積み、不要な呪いをまきちらさないよう努めてきた(結果はともかく努力はした)。
 ときには意図的に呪いを用いることもある。私が書くものはたいてい、呪いのレベルで読めるようになっている。といっても、あまり強力な呪いは避けてきた。強力な呪いなどそうそう出てくるものでもないし、幼い日に呪いをふりまいていたことへの罪の意識もある。
 だが今日、強力な呪いをかけようと思う。おそらく、私の生涯でもっとも強力な奴を。
 次項、「言葉産み」

Posted by hajime at 2007年08月17日 18:57
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