中島梓先生が亡くなられた。
人間はその最悪の行為で測られる。極端な話、大量殺人犯を「そこ以外は素晴らしい人だから」とかばっても、善人ということにはできない。しかし作家は、その最良の作品で測られる。たったひとつ素晴らしい作品があれば、その作者は素晴らしい作家だ。ほかに駄作や佳作がいくらあっても、ものの数にも入らない。たとえば、『デカメロン』以外のボッカチオや、『ドン・キホーテ』以外のセルバンテスを知っているのは研究者だけだ。
不幸なことに、近年の作家(つまり死んでからまだ間もない作家)の場合、代表作と最高傑作はめったに一致しない。松本清張の代表作は『点と線』だが、これは清張のなかでも最低の駄作だ。中島梓先生の場合(『グイン・サーガ』)は清張よりはるかにましだが、私に言わせればこれは最高傑作ではない。元愛読者として、また小説道場の門弟として、中島梓先生の遺徳を称えるため、その最良の作品をご紹介する。
そのとき私は高校生で、学校帰りの電車のなかで読んだ。中島梓先生の作品はすでにだいぶ読んでおり、その作品もルーチンワーク的に手に取って読み始めたが、すぐにルーチンワークなどというものではなくなった。文字が生き物であるかのような感覚に襲われた。夢中で――文字通り夢の中にいるように――読んでいたら、電車を降りるときに網棚に荷物を置き忘れた。幸い、終点の駅に連絡したら見つかったので、取りに行った。その行き帰りにも読んでいたら、その荷物を再び網棚に置き忘れた。今度は見つからなかった。
以来、私は小説を志すようになり、3年後には小説道場門弟となった。
計算してみると、中島梓先生がこれを上梓されたのは36歳のとき。今の私といくつも違わない。自分の至らなさに眩暈がする。
その作品とは、『魔都 恐怖仮面之巻』。私の理想である。
はじめまして。
まま、グイン以外で中島先生の代表作とは何か? と聞かれるとアレなんですが、個人的な一作、と問われれば「十二ヶ月」をあえて推します。
全部、模写して、句読点の呼吸を勉強させていただいたりしました。
ある意味、先生のスタイルを一冊に凝縮出来た実験本かなあと思ってみたり。
はじめまして。ご同門のかたですね。
『十二ヶ月』は私的にはあまり…… 中島梓先生には、『十二ヶ月』のようにジャンルの規範を強く意識した作品が多いですが、そのなかだと『野望の夏』が印象的です。中島梓先生が「女性」なるものへの葛藤を抱え続けたことを思うと、あのラストは、作品が作者を超えた稀有な瞬間ではないでしょうか。
『レダ』や『絃の聖域』などの、世間一般で評価の高い作品には、ジャンルの規範にあまりにも体よく収まってしまうものが多いように思います(これは中島梓先生に限らず、多くの作家について言えることかもしれませんが)。小説道場でのご指導にも、そのような世評への意識が垣間見えるような気がします。