2013年05月05日

百合だからコラム百本 第18回 率直さ

 創造的会計。企業にこれをやられると、堅気の人々は現実問題として、困るのを通り越して怒ります。堅気の人々はたいてい年金を払うか受け取るかしており、その年金基金の運用は企業の会計にも基づいており、創造的会計は堅気の人々の年金を減らすからです。実際、エンロンやワールドコムの事件では、多くのアメリカ人が年金を失いました。
 とはいえ企業(=株主=年金マネー入り)の側も、キャッシュフローに詰まって行き倒れるよりは、創造的会計がばれて世間の怒りを買うリスクを選ぶでしょう。かくして投資は、年金と年金が騙し合うデスゲームになります。傍から見ればきっと、手に汗握るサスペンスでしょう――ただし、賭けられているのはプレイヤーの命ではなくあなたの年金であり、傍観して楽しむのは少々難しいのですが。

 少々難しいのですが、不可能ではありません。自分の年金を賭けたデスゲームをゲタゲタ笑って眺める人がいたとして、その人を、正気でないと断じるか。あるいは、なんらかの度量を認めるか。たいていの人は両方を同時に行うでしょう。「ちょっとイカれてる」と思いつつ、「やるなこいつ」とも思うわけです。
 問題は、この内心での反応を、どれだけ率直に表明できるか、にあります。
 TVのニュースのカメラの前では、堅気の人々の多くは、「やるなこいつ」という思いを行儀よく隠すのではないでしょうか。逆に、スラム街で薬物を密売するギャングなら、「ちょっとイカれてる」という思いを隠すだろう、とも想像します。そして、どちらの表明も、あまり率直ではありません。
 話はようやく一瞬だけ百合に戻りますが、藤生の作品のことを思い出してみてください。あの作品群にあふれる率直さは、「ちょっとイカれてる」と「やるなこいつ」を両方とも表す種類の率直さと、非常に近いように思われます。
 創造的なものとは実は、この世にありふれた現実です。いかなる意味でも一点たりとも創造的でない会計を行っている企業があるとは誰も(少なくとも税務署と投資家は)考えていません。問題はそうした創造的なものを、楽しめるかどうか、楽しんでいいのか、楽しむべきか、楽しんだことを率直に表明できるか、にあります。
 次回に続きます。なお(略)

Posted by hajime at 2013年05月05日 09:33
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