中里一日記

[先月の日記] [去年の日記]

2001年3月

3月31日

 WD300ABについて。
 IDEのドライバをWindows2000SP1標準のものに戻したところ、まともに動くようになった(ただし書き込み性能は落ちた)。どうもIntelのドライバとは相性が悪いらしい。
 この状態でよく見てみると、シーケンシャルなアクセスを判別して先読み挙動を変えているらしい。数セクタ飛びに1セクタずつアクセスしてゆくと、トラック終端に来たときに次のトラックへとシークせず、同じトラックにとどまる。このため、トラック終端を越えるたびに1回転待ちを生じる。どういう意味があるのか知らないが、あまりいい方針とは思えない。

3月30日

 20世紀作戦が完了した。
 作戦範囲が狭いので派手さはないが、ふにふにとした味わいのあるものになった、と信じたい。

 L作戦。
 WesternDigitalの30GBプラッタHDD、WD300ABの挙動が、どう考えてもおかしい。
 まずはテスト環境の説明から。UltraATAコントローラはi815EのICH2、ドライバはIntelのUltraATAドライバである。WD300ABはセカンダリIDEのマスターに接続し(実際にはケーブルセレクト)、スレーブにはなにも接続していない。また、プライマリIDEのHDDの挙動にはなんの異常もみられない。
 さて本題である。
 第一に、HDBENCHの値がおかしい。Windows2000でもWindows98でも、Writeのほうが高い値を出す(Read:30000、Write:34000)。同じ値というならともかく、Writeのほうが高いというのは明らかに異常だ。
 第二に、シーケンシャルに64KBずつ100回読み込んだときの、各アクセスごとの所要時間を以下に示す。単位はマイクロセカンド。
 (なお、64KBという値は、Windowsがファイルをコピーするとき64KBごとに行うことに由来する)

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 ご覧のとおり、しばしば11.6ms程度の遅延を生じている。シークしそこなって1回転待ちに陥った証拠だ。変なことはなにもせず、シーケンシャルにアクセスするだけで、1回転待ちに陥るのだ。
 というわけで、WD300ABのHDDコントローラは、「m ~君を伝えて~」級にどうしようもないのではないか、と推測される。
 ちなみにこのHDD、WinBench99のDisk Inspection Testsにかけると、Transfer Rateは35MB/s以上も出ている。いったいどういう手品だろう。

3月29日

 L作戦。
 Intelの82801 BA Ultra ATAドライバ(バージョン6.1.8.0)は、IOCTL_STORAGE_QUERY_PROPERTYがまともに実装されていない。
 腐ったインストーラだと思っていたら、ドライバまで腐っていたとは。よく見るとディスクがSCSIデバイスになっているが、これのせいか。うーむ。

3月28日

 眠い。きゅう。

3月27日

 トレイシー・キダーの「超マシン誕生」を読んだ。
 ご存じでない向きのために説明しておくと、今を去ること20年前にミニコン業界2位だったデータゼネラル社の新マシン設計プロジェクトを取材して、1982年のピューリッツァー賞を受賞したドキュメンタリーである。
 ミニコン業界1位、つまりデータゼネラルのライバルは、DEC。新マシンのライバル、つまりDECの主力商品は、VAX。「1943年秋、ナチス・ドイツ軍は東部戦線において、優勢なソ連軍に対し頑強に抵抗しつつも後退を余儀なくされていた」というナレーションが聞こえてきそうな状況である。
 が、当事者たちには情勢が見えていない。VAXがなにを意味するのか、彼らはまだ知らないのだ。現在から見ると、「超マシン誕生」という邦題はあまりにも不適切だ(原題は"THE SOUL OF A NEW MACHINE")。「超マシン」はVAX以外にはありえない。
 317ページにある、見本市に出展している企業の羅列も印象深い。全部を引用しよう。
 「コンピュータ・シミュレーション協会、ランドーメックス、エッジ・テクノロジー、「クアイアタイザー」を売っているバン・サン。そして、データム、データ・プロ、データI/O、トライ・データ、エピック・データ、ファシット・データ、コントロール・データ、デシジョン・データ、データゼネラル、データ・スペシャルティズ。そのほか、その製品を一瞥する時間さえもなかったアイテック、パーテック、モステック、ウェーブテック、インターテック、ラムテック」。これらの企業のうち、読者諸氏はいくつご存じだろうか。データゼネラルもこうした有象無象に埋もれる運命をたどった。
 今となってはこの本は、歴史のくずかご、というほかない。もちろん、ほとんどの人間は、歴史のくずかごにしかたどりつけないわけだが。

3月26日

 水城せとなの「ダイアモンド・ヘッド」の1巻を読んだ。
 問題はいろいろあるが、つまるところ、百合でないという問題がもっとも根本的だ。

3月25日

 「KDDI」が「コリアンDDI」に見えるのは私だけではないはずだ、とずっと思っていたが、まわりの人に訊いてみると、誰もそう思っていなかった。うーむ。

3月24日

 コソボ情勢がいよいよ動き出した。アルバニア人ゲリラがマケドニアで暴れている。
 これで注目を浴びれば、「マケドニアはアルバニア人を差別している」と言わせられるとでも思ったのか。さてはコソボもこの手か、と考える人が増えるだけだ。
 といっても、善玉と悪玉の逆転劇が見られるわけではない。これはベトナム反戦運動の歴史を見ればわかる。自国が当事者であるアメリカはともかく、他の国でのベトナム反戦運動の善悪を考えてみられたい。どうして誰も彼らの道義的責任――クメール・ルージュ――を追及しないのかと、私はいつも不思議に思っている。
 アフガンゲリラを支援した結果、アフガニスタンに何が起きたか。西側諸国にとっては割のいい取引だったが、プチブルの道徳観念に照らしてはどうか。それでも懲りなかったCIAは、タリバーンの創立を支援したという。CIAというのは羹に懲りて煮え湯を飲む連中らしい。
 私たちプチブルは、いくらなんでも、そろそろ肝に銘じるべきだろう。ゲリラは悪に等しい。いかなる理由があっても、ゲリラを支援してはならない。

 L作戦。
 IBM-DTTA-351010の最内周付近のシークタイムを調べていて、面白いことがわかった。
 1つ内隣のトラックへのシークタイムだけが異常に大きい。外隣のトラックへのシークや、2つ内側のトラックへのシークは2ms前後なのに、1つ内隣のトラックへのシークは6ms以上だ。意図的にウェイトをかけているとしか思えない動作である。だが、いったいなんのために。うーむ。

3月23日

 長崎のハウステンボスの、原型というか遠い親戚というか、とにかくハウステンボス以前から存在してハウステンボスに似ているレジャー施設がいくつかある。ただしモチーフは、オランダではなくハワイだ。この種の施設を仮に、「ハワイテンボス」と呼ぶことにしよう。
 日本のレジャー施設は高くつくので、たいていの場合、本物のハワイのほうが安い。するとハワイテンボスに行くのは、かなり屈折したハワイ好き、あるいは本物よりもテンボスが好きという好事家だけだ。まだ円が弱かった時代には、普通のハワイ好きもハワイテンボスに魅力を感じたのかもしれない。今となっては、ハワイテンボスの支持基盤はあまりにも弱体だ。
 これからテンボスを作るとしたら、よほど目のつけどころが鋭いか、昔のハワイのように手の届きにくいものをモチーフに選ぶべきだろう。そう、たとえば、ソ連テンボスだ。キーワードは「優越感」である。
 まず列車を降りると、地元民とは改札口が違う。案内役が出てきてVIPルームに通される。待っていたタクシーに乗って街中に出ると、道にはボロボロの自動車がまばらに走るだけで、自分ひとりが黒塗りのベンツである。倒壊寸前といった趣の庶民用旅館を横目に見ながら、木立と交番に囲まれたノーメンクラツーラ用の宿泊施設へと向かう――ただし、客に見せる光景はすべてダミーの、いわば逆ポチョムキン村なわけだが。
 おわかりだろうか。客だけが自由で豊かで、優越感を味わえるサービス、これがソ連テンボスだ。そのへんの第三世界ではこうはいかない。第三世界の人間は、豊かではないが自由は持っている。黒塗りのベンツにでも乗っていようものなら、信号待ちで停車した瞬間にストリートチルドレンがガラス拭きに飛んできてチップをねだるだろう。ソ連でそんなことをしようものなら、たちまち民警につかまってシベリア送りだ。
 さて、このソ連テンボスの最大の問題点は、こんなものを喜ぶ人間の屑にサービスしたがる人間などどこにもいない、という点だ。うーむ。

3月21日

 最近、「明日があるさ」という歌が、コンビニ等のBGMによく流れている。
 私はこの歌が、鳥肌の立つほど嫌いだ。まるで旧日本陸軍の急造下士官が、「自分が苦しいときは敵も苦しい」と叫んでいるような、負け犬根性そのものの寒々しい歌である。頭を上げて周りを見る勇気がないので、うつむいて地面ばかり見ている、そんな様子が目に浮かぶ。
 思い返せば、コンビニ等のBGM(おそらく有線放送だろう)の選曲はかなり奇妙だ。どう考えても売れそうにない、またコンビニ等のBGMでしか滅多に聞けない曲が、実に頻繁に流れている。市場経済の論理などどこ吹く風である。もしかするとコンビニ等のBGMは、党の指導的役割のもとに運営されているのだろうか。

3月20日

 最新号の「ステンシル」(というマイナーなまんが誌がある。ジャンル:男性向け創作少女)に載っている、天野こずえの「AQUA」が百合テイストである。

 シスプリをクリアした。千影バッドエンド。
 やはり攻略情報がないと難しい。次号の電撃G'sマガジンを待とう。

3月19日

 シスプリをやっている。ようやくディスク2枚目に入った。
 息もつかせぬチャネリングぶりである。アレイスター・クロウリーも裸足で逃げ出す高度な神秘体験だ。オウムに入信した馬鹿どもも、もしシスプリをやっていれば、あの程度の代物には鼻もひっかけなかっただろうに。

3月18日

 コンスタンス・ペンリーの「NASA/トレック」を読んだ。前半は比較的どうでもいいとして、後半はスラッシュ・フィクション、つまりアメリカのやおいを扱った本である。
 アメリカ人といえば銃所持も陪審員制度もやめられないような野蛮人だが、そのわりに一人前にやおっている。なんといっても広いのが取り得の国なので、少しは文明人もいるのだろう。
 攻受が日本のやおい式ではなく、話の中で解決される(らしい)のは、マッチョなお国柄のせいだろうか。彼らが性別:受を発明するまでには、あと100年はかかりそうだ。

3月17日

 L作戦。
 いままで外周側30%程度に限定して調べていたが、ディスク全体を調べてみたところ、最内周付近と最外周付近では、ヘッドの位置決めに要する時間が異なる。しかも3倍ほどもだ。うーむ。

3月16日

 そういえば昔(たぶん今も)、「シルバニアファミリー」なる人形遊びセットがあった。
 どうせ金を使うのだから、単なる遊び道具ではもったいない。子供たち(特にイタリアの)に国際情勢への関心を持たせ、難民・移民に対する民族差別を減らすために、「アル(没)

 L作戦。
 VC++6SP4でSTLを使うと、時として型チェックが働かなくなる。
 …おいマジかよアニキ! マジマジ! 型チェックのないC++なんて、補給のない軍隊だゼ!

3月15日

 シスプリをやっている。ちなみに主人公の名前は「冬芽」。
 これを作った連中は、思考回路がどこか変なところにチャネリングしているに違いない。誰でも簡単に神秘体験ができるゲームである。

3月14日

 L作戦。
 日々順調に完成に近づきつつある。今月末にも最初のアルファ版をリリースできる見込み。

3月13日

 「鋼鉄天使くるみ2式」の体験DVDなるものを見た。
 これからすごいことになりそうだが、まだそれほどすごいことにはなっていない。(といっても、20世紀のレベルで考えれば十分にすごい。私はすでに21世紀のレベルで考えているので、この程度ではまだまだ、と思ってしまう)
 必見ということは確かめられたが、確かめなくても必ず見ただろう。百合の発展を買い支えるために、と思っても、「花右京メイド隊」がくっついてくるので効率が悪い。
 というわけで、コレクターグッズと割り切れる向きや、早く21世紀に追い付きたいと願う向きにだけお勧めする。

 シスプリをやりたいと思いつつ、今までにないパターンの妹キャラを考えてみた。
・遺作風妹:
 下品で怪しい日本語をしゃべらせたら全日本Jr.クラス。日本語に新しい罵詈雑言をもたらすべく、外国語の研究に日々余念がない。
 「よう兄弟、仲良くやろうじゃねえか。仲良く、なぁ…? クックックックックッ……」
 「なんでえ兄弟、にやにやしやがって、猿にせんずり教えてきたって顔じゃねえか」

3月12日

 20世紀作戦はいよいよ大詰めに入った。
 どれだけ書いても、いくつになっても、大詰めは恥ずかしい。きゅう。

 L作戦。
 GUIをつけはじめると急にコードの行数が増えて、能率が上がったような気がする。ちなみに現在の行数は、だいたい5000行くらいだろうか(セミコロンをカウント)。

3月11日

 ヘドリックス・スミスの「新・ロシア人」を読んでいる。1991年3月発行。底本は1990年。
 256ページから引用する。著者とのインタビューで、ニーナ・アンドレーエワ(そう、反動の旗をかかげる市民運動家の、あのアンドレーエワだ)は言った、

 「もし、あの時代、あのように情熱をもって社会を築いてきた人びとが、みんな奴隷で非人間的で、何も理解していなかったとしたら、どうなります? 私たちのまずすべきことが、奴隷のように盲目的な部分を、自分自身のなかから少しずつ取りさることだとしたらどうでしょう? 過去の世代すべてが、自分たちのしていることをわかっていなかったのだとしたらどうなります?」

 このように考えて過去と現在とを理想化する人々はすべて、崇拝する対象がレーニンであれ天皇であれ、スターリン主義者なのだと思う。
 人間は、その生きる時代と環境を問わず、みなどこかで奴隷のように盲目的だ。私たちはその屍の上に乗って、はるか遠くを見晴らしながら、のうのうと生きている。

 サガフロに挫折しつつある。とにかく不親切すぎる。シスプリがやりてえよアニキ…

3月9日

 ヤングジャンプ連載、きたがわ翔の「PERFECT TWIN」が百合含みの展開である。
 どうせ、よくて二、三回しかまともに活躍しない、きわめてどうでもいいような脇役で、下手をするとフォローもなしに忘れ去られるのだろうが、それがわかっていてもなお、「理想のお姉様」というフレーズには感動せずにいられない。

3月8日

 昼に見たシスプリのゲームが、夜にはもうなかった。諸行無常である(誤)。

3月7日

 L作戦。
 AAHDDのGUIがほぼ完成した。あとはアイコンとヘルプをつければ終わりだ。実はヘルプを書くのがもっとも大変という気もするが、それはともかく。
 コマンドラインなら、なにもしなくてもCtrl + C一発で実行を中断できるというのに、GUIだと中断機能のためだけに何十行も書かなければならない。HalfDisk 0.2のGUIもこの調子かと思うと気が重い。きゅう。

3月6日

 タリバーンがアフガニスタンの仏像を破壊しているという。
 それでもタリバーンの支配は当分揺るがないだろう。それが喜ばしいことかどうかとは無関係に、ほかに選択肢がない。
 が、これでタリバーンは穏健化の道をみずから絶った。「息継ぎ」のない革命は、たちまち燃え尽きるだろう。アフガニスタン周辺諸国はもはや安泰、とまでは言えないが、長期的なリスクを格段に減らした。

 富士見ファンタジア文庫の「炸裂! リボルバー娘。」は、話の設定に百合があるものの、おいしさはないとの情報を受けた。資金と時間に余裕のある向きは試されたい。

 レミ・ウォーターハウスの「リディキュール」を読んだ。
 お見事、としか言いようがない。翻訳で語順その他が変わるためにエスプリの切れが悪くなる不利がなければ、さらに見事だろう(たとえば、「ユダには12人の素晴らしい交友関係があったではありませんか」は、「ユダ」が最後にこないと、半ば意味をなさない)。

3月5日

 清水玲子の「輝夜姫」の17巻を読んだ。
 …百合はどこ?(読み筋:「ビーフはどこ?」)
 まったくどいつもこいつも見境なくやおりやがって、21世紀はどいつもこいつも百合る時代にしてやるからな、首洗って待ってろよ、とうそぶく今日このごろである。

3月4日

 「サガフロンティア」を始めた。
 不親切きわまりないゲームである。いきなり「練習場で待っている」と言われても、どこが練習場なのかわからずにさ迷い歩いている。

3月3日

 20世紀作戦は現在85枚。
 敵を決戦に引き出せるかどうか、あまり自信がない。これで出てこない相手にどうやって決戦を強いるかと考えると、特に案も浮かばないので、私的には最善を尽くしていると思う。

 マーフィーの法則:
 バグはリリース直後に見つかる。
 とはいえ0.0.2のような致命的なバグ(エラーメッセージが出なかった)ではないので、GUI版まで放置することに決めた。

3月2日

 L作戦。
 AAHDD 0.0.4リリース。
 まだGUIはついていない。GUI版はHalfDisk 0.2と同時にリリースする予定。
2001年3月3日 Version 0.0.4
・高度な省電力機能を備えたシステムで動作しない問題を修正
・行う測定の種類を選択可能に
・ダイナミックディスクへの非対応を追加
・シークタイム測定の精度を向上
・ヘッド数推定の精度を向上
・測定時間の短縮
・キャッシュ容量の推定を削除
・結果出力にPartition offsetの項目を追加

3月1日

 Java携帯電話に小説の配信(有料会員制)を行うことの現実性を検討してみた。
 FOMA(IMT-2000)なら通信料は問題ない。フォントを自前で用意するとしても――「マルチベンダーなプラットフォームでは、システムの提供するフォントを信用してはならない」とは、共和制ローマの時代にすでにキケロが強調していたことだ――静的・動的にキャッシュを効かせることで、原稿用紙400枚を200円程度で送ることができる。
 問題は、フォントである。
 フォントを自前で用意するのはいいとして、それをどうやって作るのか。単なる12ドットフォントなど、私はご免こうむりたい。ClearTypeやCoolTypeで使われている、液晶のサブピクセルを活用したフォントでなければならない。これでやっと12×36ドット・アンチエイリアシング(トリック込み)になる。本来なら、20×60ドット・アンチエイリアシングが欲しいところだが、液晶がそこまで進歩する(200dpi以上)のを待ってはいられない。
 液晶のサブピクセルを活用した12ドットフォントは、どうもシャープが持っていそうな気配があるが、モノを見ない(現在調査中。もしかしたらすでにZaurusに実装されているかもしれない)。MSは現在製作中らしい。となると自分で自動生成だが、誰も挑戦していないことなので、泥沼にはまる可能性が高い。
 さて、いかにすべきか。うーむ。

 L作戦。
 ベンチマークのGUIをぺちぺちと作っている。結果表示のブラウザを作るのが面倒くさいので、.TXTに関連付けられたアプリケーション(デフォルトはメモ帳)を起動して、テキスト形式の出力をクリップボード経由で渡してやろうとしたら、これまた面倒くさい。きゅう。

 

今月の標語:

「萌えちゃえぇぇぇぇ!!!」(ディランドゥ)

 

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