中里一日記

[先月の日記] [去年の日記]

2001年9月

9月30日

 「Natural2」をしばらく放ってあったので再開した。
 攻略情報どおりにゲームを進めてくれるロボットが欲しい。

9月29日

 聞くところでは、やおい論の世界はきわめて遅れているらしい。
 おそらくその後進性こそ、やおい・ボーイズラブの発展を支えている原因であると同時に結果でもあるのだろう。実態が分析に追いつかれたとき、そのジャンルはある意味で死ぬ。知的に誠実な人間は、わかりきったことの繰り返しには耐えられない。
 やおい・ボーイズラブは、いままで百合の役に立ってくれたが、そろそろ死んでもらう時期かもしれない。知的に誠実な、最良の創造的才能を、やおいから引き離して百合に招くのだ。

9月28日

 「NOIR」の最終回を見た。
 ウテナを見て育った(というような歳でもなかったが)私はてっきり、アルテナがまるで暁生のように投げ捨てられて終わるのかと思っていた。最後までアルテナが格好いいのは、私の趣味ではない。
 とはいえ、月村がウテナをやっても仕方ない。だから、最善の見方をしよう。世界の明るい面だけを見ることは不可能だが、作品の明るい面だけを見ることはできる。それが作品のいいところだ。
 「NOIR」の主人公はクロエだ。そう考えると、なにもかもがぴったりくる。
 そう、「NOIR」とは、はかない嘘のなかに生まれて、はかない嘘とともに死んだ、穢れない魂、クロエの物語だ。彼女にとって唯一だったその嘘が、格好悪く投げ捨てられては、死んだクロエがあまりにもかわいそう――
 ……そのほうが萌える。うーむ。

 対アフガン作戦は、テクノロジーで押すと決まったらしい。
 テクノロジーで押せるのならそれに越したことはないが、それ以前にロシアの腰がひけているので、力押しは選択肢にない。悪い徴候だ。
 単純にテクノロジーで押すと、アフガニスタンとパキスタンに極度の反米感情を抱かせたまま放置することになる。パキスタンが核を持っていることを、アメリカも忘れたわけではあるまい。なんらかの手を用意しているものと思うが、オサマ・ビン・ラディンの封じ込めに失敗したところを見ると、買い被りかもしれない。

9月27日

 すぎ恵美子の「げっちゅー」(小学館)8巻を読んだ。
 今から30年ほど前、子供たちにとって21世紀といえば、透明チューブの中を走るエアカーだったり、宇宙服風の銀色の服だったりした。
 もし仮に、この世にタイムマシンなるものがあったとして、30年前の子供たちにこの「げっちゅー」を見せたとしよう。
 彼らは悟るはずだ――エアカーも銀色の服も、どうしようもなく狭い枠にはめられた、人間の想像力の取るに足らないことの例証にすぎない、と。未来とは、死後の世界と同じくらい不可知なものであり、歴史とは、人間性の絶えざる変化の過程である、と。明日は今日の続きであると同時に、明日という瞬間に徹底的に創造されるものである、と。
 今はまさに――まさに21世紀である。

 久美沙織の「丘の家のミッキー」(集英社)5巻を読んでいる。
 ミッキーはめるめんめーかー版のほうが上だと思うが、うららは明らかに竹岡版のほうがいい。それに、竹岡のほうが百合のセンスが優れている。この15年間で、百合は飛躍的な進歩を遂げたのだ。
 ところで、文字を大きくする表現が再現されていないのは、どうしてだろう(36ページ)――と思ったら、旧版をそこまで覚えている自分が恐ろしくなった。

9月26日

 フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」を読んだ。
 「ヘーゲルよりもヘーゲル的」と言ったら、褒めていることになるのか、貶していることになるのか。どうヘーゲル的なのかといえば、反マルクス的に、である。

 ムラー・ムハンマド・オマル:「奴らもう歴史が終わった気でいやがる」
 オサマ・ビン・ラディン:「よろしい、では教育してやるか」

9月25日

 私はいったい、来年の今日まで生きているのだろうかと毎年思うのだが、とりあえず今のところは生きている。悪くない。

9月24日

 VisualStudio.net Beta 2のVisual C++を試してみた。
・やたらと格好よく、多少は使いやすい
・VC6に比べて、実行ファイルのサイズが何割か大きくなる
・STLがいい加減な書き方をはじく
・ビルドが遅い
 どうやら、STLのチェック用として使うのがよさそうだ。

9月23日

 L作戦。
 AAHDD 0.2.1がほぼ完成した。あとは通してテストするだけだ。この「だけ」が異常に長いのが、L作戦の根本的な問題なのだが。

 Intel Application Accelerator (IAA)なる、Windows用のユーティリティが出ている。
 能書きを読むと、
・Pentium 4の機能を活用して速くする
・HDDへのアクセスを最適化して速くする
 という2つの機能があるらしい。
 前者はともかく、後者の仕組みがまったく書かれていない。だいたい見当はつくので、効果をベンチマークで確かめられる条件を書いておきたい。
 まず、以下の条件を備えたHDDベンチマークソフトを用意する。
・ランダムアクセス性能を測定できる。
・多重起動可能で、複数のプロセスで同時に測定できる。
・測定に用いる領域を、ワークファイル(数十MB以上)として確保する。
 この条件を備えたものは、おそらく既存のソフトにはないので、自分で作る必要があるだろう。
 このベンチマークソフトを、1つだけ起動して測定したときと、複数同時に起動して測定したときの結果を、IAA入りとIAA抜きの環境で比較する。私の予想では、
・単数起動:IAAによってわずかに悪化
・複数起動:IAAによって大幅に改善
 になるはずだ。
 ちなみに私はIntelのドライバ関連技術をまったく信用していないので、IAAはインストールしない。

9月22日

 今週の「NOIR」は予想どおり凄かった。
 アクションの部分を全面的に無視せねばならないという欠点(わざわざ踵のあるブーツを履いて戦うのには、もしかするとなにか深遠な象徴的意味があるのだろうか)がなければ、心おきなく人に勧められる傑作になっただろうに。

9月20日

 Nimdaのせいでネットが重い。きゅう。

9月19日

 FOMAのパケット代を調べてみたら、膝が震えるほど高い。(ちなみに従来の料金は、恐怖を通り越して「ナンセンス」の一語に尽きる)
 通常の個人が選択するプランだと、128KB当たり102.4円である。フォントを自前で用意すると(組み込みのフォントは信用できない)、原稿用紙400枚を送るのに600円以上かかる。しかも読んだデータは端末内に保存しておけない。
 iモードJava携帯で小説の配信(有料会員制)が実現可能になるには、まだしばらく時間がかかるらしい。Javaをいじるのはもう少し後回しにしよう。

9月18日

 「あずまんが大王」の3巻を読んだ。
 いつもながらに、ともの言動が身につまされる。

 「劇場版カードキャプターさくら 封印されたカード」をビデオで見た。
 もう21世紀なのだから、いつまでも「うる星やつら」をひきずるのはやめてほしい。

9月17日

 しかしよく考えてみると、私はまだ時代に追いつかれたとはいえない。
 アフガニスタンでは追いつかれたものの、百合はまだまだで、ソ連はその気配さえない。時代を一歩先んじたい人は百合を、3歩先んじたい人はソ連をやるといいだろう。

9月16日

 「サモンナイト2」をハサハEDでクリアした。
 百合的には効率が悪いような気がする。

 やまじえびねの「LOVE MY LIFE」(祥伝社)を読んだ。百合よりはレズビアンに近い作品である。
 クンフーが足りない。没。

9月15日

 マスード派の外交筋が、マスードの死亡を認めた。
 アフメド・シャー・マスードは、20世紀を一身に体現した人間のひとりだった。その命日が、アメリカ事件の前日だったことは、おそらく偶然ではない――その命を奪った爆弾テロがオサマ・ビン・ラディンの差し金らしいという意味でも、また、それ以上の意味でも。

9月14日

 「NOIR」、いよいよ来週は百合が極まるらしい。

 相変わらず「サモンナイト2」をやっている。
 原理主義、反動、そして無差別テロの論理が猛威を振るった直後に見ると、欲望だの悪魔だのが実に白々しい。
 21世紀の勧善懲悪には、このあたりのテーマをきっちり扱ってほしい。「純粋な」社会や、「あるべき」世界といったものは、歴史と人間性への無知と傲慢、作為と自己欺瞞に満ちた犯罪的な虚構なのだと、全人類が知るべきだ。

 NATOは20万人規模の地上軍を想定しているらしい。
 もし20万という数字が事実なら、危険だ。アフガニスタンをあまりにも甘く見ている。最低でも50万人、できれば100万人が必要だ。
 ソ連が10万人でいいところまでいったのだから、アメリカなら20万人でお釣りがくる、などというのはもはや楽観論ではなく妄想だ。欧米が本格的にムジャヒディン援助を始める前、「ソ連はアフガンに50万人を投入すべきだった」と論じられていた。それに、アメリカ軍はソ連軍よりはるかに犠牲に対して敏感だ。
 悪材料はまだある。ソ連の占領と、それに続くムジャヒディンの活動、ソ連撤退は、アフガンに「占領への抗体」を生み出した。現在のアフガンは、1979年のアフガンとは違い、占領に対してアナフィラキシー・ショックを起こす。つまりアメリカによる占領は、1980年代初頭よりもさらに激しい抵抗を呼び起こす。
 どんな形であれ、米軍がパキスタン領内に補給ルートを設ければ、パキスタンの反米感情は強まる。アハメド・ラシッド「タリバン」(講談社)によれば、タリバンはパキスタン軍・政府内部にかなり浸透している。米軍がアフガンを占領中あるいはその直後に、パキスタン軍・政府内部のタリバン派が反米感情を追い風にしてクーデターを起こし、奇襲攻撃によってパキスタン領内の補給ルートの切断を狙う可能性がある。このため、パキスタン領内にも十分な兵力を配置しなければならない。
 以上の理由により、アフガン派遣兵力は50万人を下回るべきではない。アメリカには敗北は許されないのだ。もしアフガン領内で20万の兵力が補給を絶たれ、持ってゆけない装備を破壊してヒンズークシ山脈の北へと脱出するようなことがあれば、それは近代文明の崩壊への第一歩となるだろう。

9月13日

 アメリカの事件のせいで、アフガニスタンとタリバーンが注目を浴びている。
 どうやら私は時代に追いつかれてしまったらしい。21世紀になってから「なるほど21世紀だ」と感心しているようでは当たり前か。
 アフガニスタンのほうはもういいので、百合のほうはぜひ一刻も早く追いついてほしい。

 私は「タリバーン」と伸ばして表記するが、いまの世の主流は「タリバン」らしい。昔は「タリバーン」のほうが多かった。
 外国語のカタカナ書きは、原語の発音にはこだわらず、慣習に従って表記することにしている。首都のカブールも、原語の発音に従えば「カーブル」なのだ。
 というわけで、私も「タリバン」に切り替える。あしからず。

9月12日

 さんざん事件の中継を見たら、戦争ボケになってしまった。家のまわりにあるどの建物も無事なのが、ひどく不思議な気がする。

 アメリカによるアフガニスタン占領作戦を検討している。
 笑ってはいけない。今日の世界はもはや9月10日までの世界ではない。覇権国の民間人が数千人死んだのだ。核の行使さえ十分ありうる。
 米露が共同して当たるなら、占領そのものは難しくはない。ソ連があれほど苦戦した原因は2つ、補給路の細さ脆弱さと、パキスタン経由の援助である。
 ヒンズークシ山脈を越える細長い補給路は、ゲリラの絶好の攻撃目標になったと同時に、カブール以南に展開できる兵力を制限し、ソ連の挫折の根本的な原因になった。今回はパキスタン側から攻めるので、補給路の安全、太さともに心配ない(パキスタンはタリバーン援助の罪により一部を占領)。
 パキスタン・ルートが絶たれれば、太い補給路はタジキスタン・ルートしかないが、ここはロシアが押さえる。このあたりは麻薬と武器の交易が盛んで、イスラム原理主義武装勢力のドル箱になっている。ロシアとしても機会があればなんとかしたいところのはずだ。
 イラン・ルートは、ヘラートが南から容易に陥とせるので問題にならない。あとは道なき道だが、アメリカも伊達にホー・チ・ミン・ルートに泣かされたわけではないはずだ。
 武器弾薬の補給を締め上げれば、ゲリラは2年で麻痺する。初期段階ではざっと100万人を投入し、1年後には50万人、5年後には20万人まで減らせるだろう。(ちなみにアフガン駐留ソ連軍は最大10万人だった)
 問題はその後だ。パキスタン人とアフガン人が、パックス・アメリカーナを受け入れるだろうか。さらに、タジキスタン人がロシアの実質的な占領に対してどう反応するかと考えると、絶望的の一語に尽きる。
 仮に、米露とも半永続的な占領を行うとしよう。20万の米占領軍のうち、アフガン領内に展開している部分は、きわめて脆弱だ。少なくとも10年にわたって、大小のテロが毎日のように米兵の命を奪うだろう。さらに、ロシアの占領統治能力は疑わしい。タジキスタンの実効支配に失敗する恐れがある。タジキスタンを通じて武器弾薬が尻抜けになれば、ゲリラは細々と生き残る。
 どうも、あまり分のよくない勝負のようだ。が、ほかに手もないように思う。

9月11日

 世界一有名なタジク人、おそらく現存するなかでは世界最高のゲリラ戦指導者、「パンジシールの獅子」、アフメド・シャー・マスードが爆弾テロを受け、少なくとも重症を負った。
 それも、死亡を否定しているのはマスード派の外交筋だけで、ロシアとアメリカの当局はただちに死亡と発表している。この事実だけでも、マスード派にとっては恐ろしく悪い徴候である。ロシアもアメリカも、マスードの死亡を認めることに不利益を感じなかった、つまり、マスード派にはいますぐ崩壊してもらって結構、と考えているわけだ。
 マスード派支配地域で爆弾テロが起こったのは、私の知るかぎりではこれが初めてだ。タリバーン支配地域では爆弾テロは日常茶飯事なので、マスード派も爆弾テロには警戒していたはずだが、結果は初弾命中である。マスード派の上層部に浸透が生じている可能性が高い。
 ロシア、アメリカ、アラブ――全世界を敵に回して戦った男が、張作霖のごとき小物と同じ死に方では、少々寂しい。生存を祈る。

 アメリカがご覧のとおりの有様である。さすがは21世紀、20世紀とは一味違う。
 事の首謀者は、一人しか考えられない――オサマ・ビン・ラディン。
 世界で初めてイージス艦を撃破した(アカバ湾)男だけのことはある。こうしてみると、1000万ドルの賞金は少々安すぎた。イージス艦を撃破できる軍は、1000万ドルでは作れない。条件がdead or aliveでないのも厳しい。
 条件をdead or aliveにし、賞金を10億ドルにすべきだった(一括払いはさすがに無理なので10年払い)。さらに、米国製兵器の購入に充てるなら4割引にする。これならパキスタン、タジキスタン、イラン、パレスチナ自治政府、どんな発展途上国でも買収できる。周辺諸国の安全保障バランスは重大な危機に瀕するが、それは金と外交で調整できる。少なくとも、今日起こっている事態より、はるかにましだったはずだ。
 クリントンがオサマ・ビン・ラディンに対する事実上の宣戦を布告したとき、私はアメリカの勝利を疑わなかった。宣戦布告した以上、もし負ければ世界中のテロ勢力に自信を与え、あらゆる先進国の安全保障が根底から揺るがされる。
 これだけ大きなものを賭けた行動に出るからには、なにかいい手を用意しているのだろう、すぐにでもラディンは逮捕され法廷に引き出されるのだろう、と思っていた。
 だが今日まで、アメリカは大負けに負けている。それもいいところなしの一方的な負け続けときている。
 今からでも、ラディンの息の根を止めることはできるだろう。だがテロ勢力が得た自信を消し去ることはできない。それは辛抱のいる、犠牲の多い、長い長い戦いだ。
 ともあれ、21世紀の戦争の形態は定まった。対テロ戦である。

9月10日

 今日のソ連:
 S・ブラギンスキー+V・シュヴィドコーの「ソ連経済の歴史的転換はなるか」、1991年1月発行。
 ソ連人経済学者が日本語で書いたという、珍しい本である。
 ソ連経済の見取り図として、非常によくまとまっている。特にソ連末期の、いわゆる「過剰流動性」がいかにして生まれたかの説明は、日本語の本としてはおそらく最良のものだ。

9月9日

 今月の「エース桃組」に、「猫耳戦車隊」風の百合が載っている。今後の展開が注目される。
 今月の「フラッパー」の、「トランジスタにヴィーナス」はかなり凄い。

 E作戦。
 選択肢は3つある。
・カーネルモードを扱う
・stream.sysのソースを入手する
・DMOを使わずにDirectShowフィルタを作る
 いずれも勝算がない。よって作戦の続行を断念し、状況が変化するまでE作戦を凍結する。

9月7日

 E作戦。
 Bt8x8のWDMドライバのVBI周りは、バグの巣窟のような気がする。
 GraphEditで、Conexant CaptureとNABTS/FEC VBI Codecをつないだだけで、Codec側がASSERTで落ちる。デバッガにはASSERT(pSrb->SizeOfThisPacket == sizeof(*pSrb))などと出るので、ドライバ側が腐っているほうに1000ガバス。

9月6日

 過去の成功体験を回顧して、「あのころはよかった」なる趣旨のTV番組を、NHKが作っている。
 この手の安易な精神を、私は憎んでやまない。
 どんなに昔のことであれ、成功を取材するのは簡単だ。なにしろ成功には百人の父がいる。そんなものをありがたく拝見して喜ぶ視聴者も、私の敵だ。民放でトーク番組のかわりに流しておけば、不要なTVタレントが減ってちょうどいい、くらいの番組である。
 私がNHKに期待するのは、過去の失敗体験を暴露する番組である。
 失敗体験の取材は困難を極める。たとえ痛烈な失敗があっても、当事者の全員が失脚しているわけではない。本人あるいはその息のかかった人間が、のうのうと高いポストに居座って、悪しき影響力を発揮していることのほうが多い。下手なことをしゃべれば報復される恐れがある。かくのごとき困難の下で真実を暴く作業こそ、まさに取材と呼ぶにふさわしい事業である。
 失敗体験の暴露は、民放はおろか出版にもできない。広告主の顔色を窺わない出版社はすべて零細企業であり、巨大な失敗体験を暴露するほどの力はない。それはNHKが、ただNHKだけができることなのだ。
 というわけで、「プロジェクトY」(仮題)の各回のテーマを考えてみた。

第1回:「土建型公共事業『シグマ計画』」
 かつて通産省は、騎馬で風車に立ち向かうドン・キホーテの如く、土建型のバラマキでUNIXに挑んだ!

第2回:「マザー・コンピュータ最後の挑戦『キャプテンシステム』」
 NEC・電電公社・郵政省が、中央集権型コンピュータ・ネットワークを家庭に持ち込むという夢に挑む。

第3回:「破滅への第一歩『プラザ合意』」
 日本がバブルへと踏み出したプラザ合意。そのとき政府自民党は、日銀は、大蔵省は?

第4回:「プレイステーション対抗機『3DO』」
 松下とソニーの次なる戦場は、次世代ゲーム機だった。しかし戦いの帰趨は最初から決まっていた。

第5回:「暴走列車『シェンムー2』」
 (内容未定)

第6回:「元祖セットトップボックス『ピピン・アットマーク』」
 いまや「セットトップボックス」とは、Wintelへの敗北を意味する。最初の敗北者は、バンダイだった。

第7回:「メイキング・オブ・日本映画『北京原人』」
 東宝の黒歴史「北京原人」が、制作という名の暴挙に至った意思決定過程を克明に追う。

 どれもこれも、死ぬほど見たい。

9月5日

 E作戦。
 DMOのサンプルコードに、無圧縮ビデオストリームを食うものがないのは、一体どういうわけか。
 DMO sampleを書いた奴は馬鹿のような気がする。if (NULL != pBuffer)などと書く人間が、馬鹿でない確率はかなり低い。しかしその馬鹿の書いたコードが、IMediaObjectImplのほぼ唯一の資料ときている。stream.sysのソ-スか、IMediaObjectImplのまともな使用例がないと、にっちもさっちもいかない。
 ちなみに、stream.sysを変な風に叩くと、ユーザモードのコードなのにWindows2000が落ちる。

9月4日

 E作戦。
 DMOのサンプルコードが足りないような気がする。カーネルモードの吐くビデオストリームを食うサンプルがない。

9月3日

 ゴースト除去ソフトについての検討を、E作戦と命名した。
 あいかわらずDirectShowはさっぱりわからないが、どうすればいいのかはわかってきた。
 作業は以下のような段階に分割される。

・段階1
 DMOサンプルを見ながら、MEDIASUBTYPE_UYVY(YUV 4:2:2)のビデオストリームをスルーするDMOを作る。できたものをpre_video_effecterと呼ぶ。
 目的:
 所期のメディアサブタイプが得られることを確認する。

・段階2
 DMOサンプルを見ながら、STATIC_KSDATAFORMAT_TYPE_VBIのストリームを受け取るDMOを作る。できたものをpre_VBI_decoderと呼ぶ。
 目的:
 SDKを見るかぎり、VBIのストリームはカーネルモードでのみ扱うことになっているが、ユーザモードで扱うことを禁止しているわけでもない。カーネルモード、すなわちドライバを書くと諸々があまりにも手間なので、ユーザモードでVBIのストリームが扱えることを確認する。

・段階3
 pre_video_effecterに手を加える。左右反転・輝度反転・色相回転などの機能を加える。できたものをvideo_effecterと呼ぶ。
 目的:
 ビデオストリームを意図したとおりに加工できることを確認する。

・段階4
 pre_VBI_decoderに手を加える。VBIのストリームを走査線単位・標本単位にデコードし、連続する8フィールドのVBIデータをテキストに吐く機能を追加する。できたものをVBI_decoderと呼ぶ。
 目的:
 受け取ったVBIストリームが正しいことを確認する。18H・281HがGCR信号になっていることを確認する。

・段階5
 VBI_decoderに手を加える。256フレーム分のGCR信号を積算してS/N比を向上させた16ビットのGCR信号を得て、テキストに吐かせる。できたものをGCR_decoderと呼ぶ。
 目的:
 GCR信号を測定する手段を確保する。

・段階6
 TVチューナーから1フィールド(640×240)の静止画像を得る。同時にGCR信号を得る。ゴースト除去のソフトを書き、この静止画像からゴーストを除去する。できたものをslow_still_GCerと呼ぶ。
 目的:
 ゴースト除去のアルゴリズムの妥当性を確認し、最適化する。

・段階7
 slow_still_GCerに手を加える。ゴースト除去の実行性能を測定する機能を加え、アルゴリズムをアセンブラで実装する。できたものをfast_still_GCerと呼ぶ。
 目的:
 ゴースト除去のコードを最適化し、リアルタイム除去に耐える速度を得る。

・段階8
 GCR_decoderとvideo_effecterとDMOサンプルを見ながら、VBIとYUV 4:2:2のストリームを受け取ってYUV 4:2:2のストリームを吐くDMOを作る。VBIは走査線単位・標本単位にデコードするが、得られたデータは捨てる。ビデオストリームには単純なエフェクトをかける。できたものをpre_GCerと呼ぶ。
 目的:
 所期のストリームが得られることを確認する。ハコの部分の実行性能に問題がないことを確認する。

・段階9
 GCR_decoderとfast_still_GCerを見ながら、pre_GCerにゴースト除去機能を加える。

 段階9の完了まで、よほど運がよければ10日くらいか。

9月2日

 ゴースト除去ソフトウェアの演算速度を検討した。
 MMXとSSEをどう使っても、1ピクセル・1パス当たり6クロックを切れる気がしない。640×480だと10Mピクセル/sなので、1パス当たり60MHzを食う。CPUが600MHzだとすると、よくできたマザーボードとビデオカードとキャプチャカードでも、7パス出ればいいほうだろう。7パスなら、たいていの環境でゴースト除去の威力が実感できるはずだ(本当は80パスくらい欲しい)。
 ここからさらにMJPEGなどで圧縮するのは、SMPでなければ不可能だ。古いマシンでは単なるTVにしかならない。が、Pentium4の2GHzなら、14パスかけた上に圧縮もできる。悪くない。
 が、いかんせん、DirectShowがさっぱりわからない。誰か私のかわりに作ってほしい。きゅう。

9月1日

 ゴースト除去ソフトウェアの現実性を、演算速度の面から検討している。
 どうも、640×480だと少々辛いような気がする。DScalerの作者は偉大だ。

 

今月の標語:

クー!

(映画「不思議惑星キン・ザ・ザ」)

 

[メニューに戻る]