2005年10月13日

1492:1

 ここは私の日記帳なので、チラシの裏がわりに使うことにした。
 我が友フィガロのキャラ、波多野陸子と設楽ひかるのSSである。パラレル物のうえ、キャラもやや違うが、あしからず。
 タイトルは『1492』。カプコンのシューティングゲームとお間違えなきよう。ちなみに私はすでに3回ほどミスタイプした。
 続きは忘れたころに。



 まだ、夏だった。
 私は陛下のご実家にお迎えにあがっていた。陛下の夏休みは今日で終わり、さっそく今日の夜から予定が入っている。独経会の国王記念セミナー20周年レセプション。夏休み明けの初めての公の場なので、TVカメラも入っている。が、他には特に気を使う要素もなく、気楽な仕事である。当たり障りのない短いスピーチをして、会食するだけだ。
 私が参上したとき、陛下は外出なさっていた。財団の警護担当者は、異状ないとのこと。私は客間で、美しく造園された庭を眺めながら、陛下のご帰宅を待っていた。
 午後、日はまだ高く、室内にはあまり差し込んでこない。それよりも、芝生からの照り返しが、体感温度を上げている。私の上着はチャコールグレイのジャケットだから、なおさらだ。
 やがて物音がして、陛下のご帰宅が知れた。その直後に、客間のドアが開き、
 「ひかるちゃーん! 会いたかったよっっっ!」
と、もったいないほどのご心情をこめて、陛下がお声をかけてくださった。
 「恐縮の至りでございます。私も一日千秋の思いでございましたが、陛下の快活なお姿を拝見して、待ち遠しく思ったことなどすっかり忘れてしまいました。
 至らぬ身ながら、本日よりまた陛下の盾として、憎まれ役を勤めさせていただきます」
 「ありがとうね、がんばってね、私も手伝うから」
 陛下はそうおっしゃられ、私の手をお取りになった。
 陛下はなにも、私に特別に親しくしてくださっているわけではない。身の回りの人々にはみなこうなのだ。お側仕えの者ばかりでなく、たまに警備に動員されるだけの警官の顔まで覚えておられ、お声をかけられるのには驚かされる。
 ただ――どう考えてもこれはうぬぼれなのだが――私の選任のこともあって――私は人一倍、陛下の寵に浴している――ような気がして仕方がない。
 きっと、お側仕えの者は一人残らず、私と同じように思っているのだろう。
 「ひかるちゃん、日に焼けた?」
 「先日まで実技研修でしたもので。しごかれました」
 護衛官はいざというときには格好よく戦う、と思っている人がいるが誤解だ。対象(警護対象)の上に覆い被さる、あるいは安全地帯まで対象を移動させる、そういう地味なことしかしない。武器のたぐいは寸鉄も身につけない。まさに盾だ。
 「いじめられた? ごめんね、私のせいだよね。ひかるちゃんは女の子なのに、こんなお仕事につけたりして」
 「お戯れを。この役目は私の生き甲斐でございます」
 私は身長161センチ。さらに就任時には21歳だった。軍や警察の経験はもちろんない。私の選任は、国王財団、大統領府、内務省、つまり関係組織すべての強い反対を押し切ってなされたものだ。
 だから、どうしても私は、ほかのお側仕えのものよりも陛下の寵を厚くたまわっている、という錯覚をぬぐいきれずにいる。
 「無理しないでね。辛いことがあったら言って。ひかるちゃんに守ってもらいたいの」
 「身に余る光栄でございます」
 「そうだ! ひかるちゃんに見てほしいんだけど!」
 陛下は私をご自室にお連れになり、なにかと思えば、この夏の旅の土産物をお見せくださろうとした。私はそれを遮って、
 「恐れながら陛下、お話は、シャワーでお体をすっきりさせてからではいかがでしょう」
 外出というのは炎天下を歩かれたものらしく、陛下のお体からは真夏の熱が発散されていた。それに、スケジュールにあまり時間の余裕がない。話に夢中になって、シャワーを浴びる時間を逃すかもしれない。
 「汗くさかった? あ、そういえば暑っ!」
 陛下はその場でワンピースをお脱ぎになり、下着姿になられた。陛下は公邸でも、下着姿や、あるいは下着もなしに、部屋の外をお歩きになることがある。
 「待っててねー」
 陛下がゆかれると、日が沈んだように、静かに寂しくなった。
 私は左右を見回した。言い訳するかのように。
 あまり物のない、陛下のご自室。公邸のご自室にはもう少し華やぎがあるのだが、それはメイドたちの働きのおかげかもしれない。公邸のご自室にはいつも花が飾ってあるが、陛下は花にご興味がないらしく、ここにはない。
 関心を呼び起こすようなものは、これといって見当たらない。
 言い訳――自分への言い訳を終えると、私は、脱ぎ捨てられた陛下のワンピースを、手に取った。
 指先に、熱を感じる。真夏の熱と、陛下のぬくもり。
 それを胸の前に置き、立ち昇る熱を、顔に感じる。熱と、匂い。陛下の。甘い。
 私はしばらくそのままでいた。
 しばらく。たいした時間ではない。シャワーを浴びるほどの時間では。
 「ひかるちゃーん、見ちゃったよー?」
 陛下のお声が耳朶を打った。
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Posted by hajime at 2005年10月13日 03:19
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