この連載も長くなった。1クール終わったということで、総集編ならぬ、「ここまでのあらすじ」を載せておこう。
主人公・設楽ひかるの主要諸元は以下のとおり。
・高校1年生
・なんちゃってメンヘルで心療内科に通院中
・3年前から非合法のSMクラブでS嬢のバイト。稼いだ金はスーツケースに突っ込んで放置
・学校には真面目に通学
ひかるはある日、珍しいプリクラをとりに入ったゲームセンターで、ふとシューティングゲームをやってみる。彼女は自分の才能を感じてそのゲームにはまり、3日後には全国2位のスコアに達する。
彼女は知らなかったが、このゲームは、宇宙連邦軍(地球人はその存在を知らない)が密かにパイロット候補を集めるための端末だった。彼女は、地球から持ってゆく荷物として、金の入ったスーツケースを選ぶ。もし軍でムカつく奴に会ったら、頭から札束をぶっかけてやるためだ。
配属先の上官・橋本美園が昔の常連客だった、などのエピソードのあと、初めての実戦で、彼女は戦果をあげるも窮地に陥る。しかし敵はとどめを刺さずに去ってゆく。その敵とは、ひかるの高校の生徒会長にして異母姉の、波多野陸子だった。
このショックから、ひかるはなんちゃってメンヘルをこじらせ、軍規を無視して自室にこもり、札束遊びに熱中する。上官の美園はこれを放置できず、彼女を営倉送りにするが――
なお、このあらすじはフィクションであり、本連載やフィガロとはなんの関係もありません。
*
夏休みが終わったばかりとはいえ、土曜日のディズニーランドは混んでいる。それでも、大物のアトラクションを2つ回るくらいはできた。
「ご飯食べて帰ろうか」
橋本美園は、腕時計を見てつぶやいた。昼食どきには、レストランの行列に並ぶ気になれず、空きっ腹を抱えてアトラクションを回っていた。
「ここで食べるんですか?」
「外で食べるの面倒くさい」
行列はもうはけていた。いつもの習慣で、私は先にレストランに入って、橋本美園を招き入れた。国王が女性の場合、護衛官は文字通りエスコート役を務める(『護衛』『警護』は英語ではescort)。
「ここだけレディ・ファーストじゃないの?」
アトラクションに入るときはすべて橋本美園を先に通していた。
「マナーでは、レストランだけ例外なんです」
何気なく答えてから、気づいて、複雑な気持ちになった。『レディ・ファースト』といっても、私も女だ。
「知らなかった。やっぱり私マナー弱いわ」
「メイドは、エスコートすることもされることもありませんからね」
「平石さんは、マナー強そうだな」
緊張が走った。
席に案内されるあいだに、頭を切り替えた。
「一緒にお仕事なさっていると、わかりますか」
「ローカルルールはいちいち瀬戸さんに質問して確かめてるって」
瀬戸は儀典担当のメイドだ。
公邸には、ヨーロッパや日本の一般的なマナーとは異なるローカルルールが多い。主に歴史上のいきがかりが原因だ。たとえばメイドが、職位にかかわらず全員同じ制服を着ていることも、公邸独特のものだろう。
「このあいだ彼女の私服姿を見ましたが、いいものを上手に着ていました。
黒づくめの格好で、手袋をはめていたんです。肘まで隠すようなのを。感動しました。私にはあんな格好はできません。暑すぎて」
「痩せ我慢が得意そうな顔してるもんね、平石さん」
「この時期のロンドンはもう涼しいでしょうから、そのつもりなのかもしれません」
「こっちでも、夜だけなら着られないこともないんじゃない?」
「私に着せたいんですか? では、今日のお礼に、オペラにでもお誘いしましょうか」
「ひかるさんはオペラなんて、警護でたくさん見てるでしょ」
「だからといって、夜の散歩では、ディズニーランドのお礼にはなりません」
と、私は話題を戻した。
「楽しい散歩だったみたいね?」
「そうですね。ずいぶん久しぶりでした。女の子に、好きだと言われたのは」
私は橋本美園の反応を楽しんだ。武術の達人のような、ゆったりとした鋭い視線で、私の表情を読んでいる。あの誇り高い、くもりのない顔をしている。
「……相手があの子でなければ、私もそんなことを言われてみたいものでございます」
言葉遣いが変わったことに、彼女自身は気づいているだろうか。
「そんなにお嫌いですか。私の目には、素直な子にしか見えません」
「私の懸念を申し上げましょう。
陸子さまはおそらく、あの子を使って、醜聞を作るおつもりです」
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