津原やすみの「あたしのエイリアン」シリーズ(講談社X文庫ティーンズハート)には、大いに影響を受けた。
たとえば、「うひゃあ」というセリフ。これは「名人に定跡なし」という類の手で、常識的にはやってはいけない。これを津原やすみは見事に使っていた。それがあまりにも印象に残っていて、今でもどうしても使いたくなる。
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しばらくして余韻も冷めて、私は夕食をとりに行くことにした。
職員寮の食堂で、護衛官専用の夕食を受け取る。寮の住人は8人、夕食はそれぞれバラバラの時間にとるので、誰かと一緒になることは少ない。けれど今日は、メイドの遠野さんが、私のすぐあとに食堂に入ってきた。メイドといっても今は私服姿だ。
「設楽さまと一緒にお食事なんて光栄です」
「お礼を言うのは私のほうじゃない? 遠野さんみたいなかわいい子と一緒なんて、ついてるな」
「それ、オヤジみたいですよ」
遠野さんの突っ込みに笑いあったあと、
「設楽さま、お風呂あがりですね。シャンプーとコンディショナーは×××でしょう。ボディソープは×××。どうですか?」
「すごい、当たり。匂いでわかるんだ?」
「これでも美容担当ですから。
ボディソープがひさちゃんとかぶってますから――」
瞬間、遠野さんの顔色が変わり、
「――そういえばですね、陸子さまが最近、」
と無理やりに話題を切り替えようとした。
「ひさちゃんの話は?」
「これけっこう秘密なんですけど、」
「ボディソープがひさちゃんとかぶってるんでしょう? それで?」
「その話は、なしで。もうなにも聞かずに流すってことで」
「そう? 気になるイントロじゃない? いろいろ聞きたいな。ただで、とは言わないよ」
「本当に勘弁してください」
「陛下がひさちゃんをどんな風に抱かれてるか、知りたくない?」
遠野さんは視線を何度か左右に動かしてから、
「……ボディソープがひさちゃんとかぶってますから、別のに変えたほうがいいですよ。同じだと印象が薄くなります。フレグランスが使えればいいんですけど、勤務中はつけちゃいけませんし。
そちらのお話の出どころは、陸子さまですか?」
「ひさちゃんから」
「陸子さまがひさちゃんに手を出されて、それからすぐに設楽さまともエッチなさったっていうんで、すごい盛り上がってますよ。陸子さまを取られそうになった設楽さまが焦って、とか、そういうストーリーなんですか? 私はもうちょっと複雑じゃないかと思うんですけど」
「複雑」
「そちらのお話と関係ありますか?」
「ある。
その話をする前に、私と陛下がなにをしたことになってるのか、聞きたいな」
「今週の月曜に、出先でお二人が一緒に入浴なさって、そのとき陸子さまが設楽さまを誘惑なさって、それでたまらなくなった設楽さまが――そういうことをなさった、という話です」
「いつ聞いた話?」
「今日です」
橋本美園が、情報を漏らすように手配したにちがいない。狙いは緋沙子だ。
「そういうことするときに、架空の設定を決めてするのって、なんていうんだっけ。イメージプレイ?
陛下がひさちゃんを抱かれるときは、それをするんだって」
遠野さんは、食事のことなどすっかり忘れて、こちらに身を乗り出している。
私は緋沙子から聞いたことを、おおまかに話した。遠野さんは、化粧っ気のない頬を上気させ、目をきらめかせて、
「……陸子さま、惚れ直したわ」
「人としてどう? ひさちゃん、まだ15歳よ?」
「どっちかっていうと、そんな話をひさちゃんから聞き出してる設楽さまのほうが、どうかと思いますけど」
「こんなことわざわざ聞き出すと思う? 聞かされたの」
「うひゃあ。ひさちゃんもやるじゃない」
その反応がまるで陛下のようだったので、
「そういう見方って、ひねくれてない?」
すると急に、遠野さんは胸を張り、余裕ありげな微笑を浮かべた。
「そうですね。どうせ私はひねくれてます。ひさちゃんみたいな素直な子のことは、わかんないんです」
「なんか馬鹿にされてる気がするんだけど?」
「私は、ひさちゃんに愛してもらえない女ですから。私はひさちゃんのこと好きなんですけど。『陸子さまとどこまでいったの?』ってきいても、鼻息一発、フンッ、ですよ、フンッ。かっこよかったですよ。
でも設楽さまは、わざわざ聞くまでもなく、そんなことまで教えてもらえるんですもんね。人徳ですね」
「やっぱり馬鹿にしてない?」
「私はひねくれてます、って言ったじゃないですか。だから、こういう言い方しかできないんです」
その言い訳には、ひねくれた説得力があった。
私は話題を変えた。
「……ひさちゃんのキャリアのこと知ってる?」
「他人名義のパスポートでバッキンガム宮殿に潜入ですね? 知ってます」
「あんなでたらめなこと、どうやって実現したの?」
「そりゃ――」
言いかけてから、さっきと同じように、遠野さんの顔色が変わった。
「――どうやったんでしょうね?」
どうやら遠野さんは女中頭にはなれそうもない。
「知ってるでしょう」
「……知ってますけど、ひさちゃんにきいてください」
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