突然だが私はいま再び入院している。
健康なときに入院すると、すさまじいものだ。この病院が特にひどいほうなのだと信じたいが、それにしても不健康な施設である。
食事のまずさはすでに書いた。今回は、空調のひどさに痛めつけられている。
ここはいったいどこの発展途上国なのかと思うような、いまどきなかなか体験できないほどの、頭熱足寒。頭がゆだち足が凍えるので、起きているのが難しい。まともな断熱が施されていれば、これほどにはならないはずだ。
不健康なときに入院するならたいして変わらないが(なにしろ起きていられない)、健康なときに入院するなら、床暖房のある病院を強くお勧めする。
*
護衛官が国王陛下と二人きりで話せる時間は、あまり多くない。
普段、陛下と話す機会がもっとも多いのは、移動中の車内だ。これは二人きりではない。運転手がいる。二人きりになりやすいのは控室だが、これもお側仕えのメイドや、TV局のメーキャップアーティストがいることが多いし、あわただしく着替えたりするだけで終わることも多い。
今日は、朝の9時から午後10時半まで警護したのに、結局チャンスがなかった。
別れ際、
「遅くまでありがとうね。どこが一番疲れてる? ……背中? このへん?」
と、陛下は、私の背中をさすってくださった。
「今度は、明々後日だね。そしたら、またお願いね。大好きだよ、大好きだよ、ひかるちゃん」
家に帰って、プライベートの携帯をみると――橋本美園からの着信記録が残っていた。留守電メッセージはない。
どうすべきか。
携帯を見つめながら迷っていたそのときを、まるで見計らったかのように、着信があった。かけてきたのは、橋本美園。
「ひかるさん? こんばんは。いま上がったところでしょ? お疲れさま」
「……美園さんは悪者のはずですが、友達でもいたいんですか。欲張りすぎではないでしょうか」
「そう? なんなら今から制服に着替えて、そっちに押しかけようか?」
「よしてください」
美園は公邸の離れにいた。離れの2階には女中頭のオフィスがあり、そこからは護衛官の官舎が見える。官舎に明かりがついたのを見て電話をかけてきた、というわけだった。
「遠野さんから聞いた。陸子さまのイメージプレイ。
裏は取ったんでしょうね? 平石さんの作り話って可能性もあると思うんだけど」
いかにも女中頭らしく、疑り深い。
「わかりません」
私はわざとそう答えた。私の心証は決まっているが、陛下がお認めになっていない以上は、これも嘘ではない。
「へー? ま、いいか。
それじゃ、本題。
あさっての日曜日の午前11時、ひかるさんの家に遊びに行くから、よろしくね」
「よしてください」
「あら肘鉄砲。
平石さんがどうやってバッキンガム宮殿に潜り込んだのか、本人に聞いたんでしょ? もちろん私は最初から知ってた。知ってて、ひかるさんには黙ってた。どうしてだと思う?」
「陛下がそれほどまでに慈しんでこられた子だと知ったら、私が身を引くかもしれない、と予想なさったのでは」
「慈しんだ? そんなに大切にしてるように見える?」
「……少なくとも私よりは、あの子のことを深く理解しておられます」
「そりゃそうね。でもそれで、納得できる? ひっかからない?」
『ま、そうなったら、ひさちゃんには辞めてもらうけどね』『ひさちゃんは戦わない。弱いふりして、ひかるちゃんをたぶらかしてるだけ』――緋沙子の気持ちを踏みにじって恥じないといわんばかりの、お言葉の数々。
「美園さんがなにが言いたいのか、わかりません」
「日曜日に教えてあげる」
私が返答に迷っていると、電話が切れた。かけなおす気力は、わいてこなかった。
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