耳と美容について。
作中ではああ言っているが、美容業界的には耳はそれなりに注目度の高いパーツらしい。「エステ 耳」をGoogleで検索すると958,000 件。同様の検索で、鼻は775,000 件、首は888,000 件、口は1,570,000 件、目は2,800,000 件。首より上なのだから相当なものだ。それでもやはり雑誌などではいまひとつ重要度が低い気がする。
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「身体を洗うときに、耳って半端だよね。
髪も顔も首も、正しいやりかたみたいなのが、あるでしょう。正しいっていっても、どうせコスメ屋さんが売り込んでる奴だけどさ。でも耳って、あんまりそういうの聞かないよね。場所的には目立つのに」
そうおっしゃると、耳掻きを抜き取り、私の耳たぶを口に含んで、試すように噛まれた。
「なんかちょっとおいしそう」
「陸子さまのお口に合うでしょうか。どうぞ、ほかのところもお試しください」
「誘ってるー。いつそんなこと覚えたの?」
「たぶん、陸子さまとご一緒しているときです」
「恥ずかしがってるだけじゃなかったんだー。さすが、ひかるちゃんだね」
陛下は私の首に御手を置き、軽く抑えつけるようにしてから、おっしゃった。
「ひさちゃん、入って」
私は起き上がろうとしたが、陛下の御手がそれを許さなかった。襖がすべる音と、衣ずれの音がした。緋沙子の気配を、背中で感じる。
「たしか先日は、二人きりのほうがお好きとうかがいましたが」
私はうんざりした――いや、しようとした。けれど、心が動くのを、止められない。
「今日のお楽しみはそれじゃないの。
ひかるちゃんが、わかってるかどうかの、テスト。わかってなかったら、お勉強。
いい点取って、ひさちゃんを喜ばせてあげてね?」
私は、無駄なこととは知りながら、かなり厳しい言葉を選んで、申し上げた。
「恐れながら申し上げます。
平石さんにどんな非があるにせよ、赦すも赦さないも、陛下のお考えひとつでございます。平石さんを放り出すような真似は、陛下の寛大なお心にふさわしいこととは思われません」
この抵抗に苛立ったのか、陛下は、私の耳たぶを抓(つね)られた。
「ひさちゃんは悪くない、って、この前も言ったよね? 忘れちゃった? でも、ひかるちゃんて、こういうの絶対忘れないと思うんだけどなー」
私はなおも食い下がる。
「平石さんに非がないのなら、その行いに正しく報いてくださいますよう、お願い申し上げます。陛下は我が国の人心の要でございます。正しい行いが正しく報いられる、そう信じることが――」
おしまいまで言わせずに陛下は、私の口に手をかぶせて黙らせた。
「ほんとはもう、とっくにわかってるんでしょ? ひさちゃんのために、がんばってるんだ? なんか私、すっごく、悪いことしてるって感じー。
ぞくぞくするよ。
やっぱり、こうでなくっちゃね。せっかく悪いことしてるんだから。ありがとうね、ひかるちゃん。
ひさちゃんは、かばってもらえて、嬉しい?」
返事は聞こえなかった。けれど、仕草か顔色で伝わったのだろう、低い声で陛下はおっしゃった。
「でも、ひかるちゃんは、私のなんだよ」
陛下の御手がのびて、私の脇腹を撫でさする。
「恐れながら申し上げます。
今度のことは、お戯れというには、度を越しているように存じます。きちんとお話を――」
言いながら身を起こそうとすると、陛下は私の首を押さえつけ、身動きできないようになさった。
「お説教? 別にいいよ。でも、ひさちゃんを助けるのは、お説教じゃ無理だよね。もうあきらめたんだ?
それに、まだ答えてないよ。
問題――ひさちゃんはどうしてクビになるのでしょうか? ただし、ひさちゃんは悪くありません」
答えるわけにはいかなかった。
「無礼をお赦しください」
私の首を押さえつけている陛下の御手をつかんで、もぎはなそうとする。
けれど陛下のほうが素早くあられた。一瞬のうちに、私は仰向けに転がされ、陛下に馬乗りに組み敷かれていた。
「お説教でだめならケンカ? いいよ、ひさちゃんに見てもらお」
暴力を振るうとき、陛下のなさりようには、一切のためらいがない。私は、お身体に触れることさえ恐れ多い。これではケンカにもならない。
もう終わりだ、と決心した。ずるずると引き伸ばしても、なにも起こらない。
決心したせいで、走馬灯もどきに思い出す。陛下に初めてお目通りしたときのこと、即位式、緋沙子に初めて会ったときのこと――
私は決心を取り消した。もうひとつだけ、陛下に申し上げたいことがある。
「お願い申し上げます。悪いことをなさるお相手には、平石さんではなく私をお選びください。
陸子さまに苛(さいな)んでいただける平石さんが妬ましくて、いたたまれません」
それは素直な気持ちだった。この期に及んでも、私は平石さんに嫉妬している。
すると陛下は、得たりとばかりに微笑まれた。
「ひかるちゃんのルールって、そういうのなんだよね」
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