ネタ切れなので、歴史のひとこまをお届けする。本編とはなんの関係もない。
1917年末、ドイツは第一次世界大戦の行方を決することにした。
ロシアの脱落により西部戦線への兵力集中が可能になったが、1918年後半にはこの優位は失われると予想された。米軍が大西洋を渡って西部戦線に到着しつつあった。米軍による増強の前に、フランスとイギリスを降伏に追い込まなければならない、とルーデンドルフは考えた。
1914年にドイツ軍はパリに迫ったものの阻止された。西部戦線はそのときから膠着を続けていた。技術的な理由により、西部戦線を突破することは不可能だった。しかし、当時の職業軍人の多くは、突破は可能だと信じていた。ルーデンドルフも信じていた。
1918年3月、ドイツの突破作戦が始まった。カイザー攻勢である。
*
ルール。不安をかきたてる言葉だった。理由はわからない。
「ひかるちゃんは、順番をつけてるの。一番目とか、二番目とか。ひさちゃんのこと、『私の一番大切な人ではありません』って、このあいだ言ったよね?
もうひとつ。役割でものを考えてる。護衛官とか、国王とか。
お仕事には、そういうのも必要だよね。ひかるちゃんに護衛官になってもらったのも、そういうところが欲しかったから、っていうのもあるし。ひかるちゃんが役割してくれないと、私なんて、うざったいガキにしか見えないよ。だからそれはいいんだけど。
ひかるちゃんは、お仕事以外でも、役割でものを考えてる。
役割と順番、ふたつあわせて――自分は本妻で、ひさちゃんは愛人、みたいに思ってるでしょ?
でなきゃ、さっきみたいなセリフ、出てこないよ。ひさちゃんは愛人だから遊びだけにしといて、重たいことはみんな自分に、って思ってない?
ひかるちゃんの、そういうとこ、いじめたくなるんだ」
反論したかった。役割や順番は大切なことだと言いたかった。けれど、口をつぐむ。いまの私がすべきことは、緋沙子を助けることだ。
これはチャンスだ。
陛下が、ご自分の考えをおっしゃっている。陛下の望みがはっきりすれば、それをかなえる方法もわかる。そのなかには、緋沙子をお側にとどめておける方法も、きっと見つかる。
先日は、ひどく不躾にお尋ね申し上げてしまった。『ご自分を捨てた生みのお母様の立場に、ご自分を置かれることで――』。あのとき、陛下のお心を痛めてしまったことは、辛く恥ずかしい。けれど、悪いことをしたとは思わない。陛下がご自分の望みを見つめなおすきっかけになったはずだ。
「私は陸子さまを縛るような身ではございません」
「縛れないから、妬かない? 逆だよね」
「私のことよりも、陸子さまの望みをおっしゃってください。私をどんな風にいじめてくださるのでしょう?」
陛下のお顔が、愉悦をはらんで微笑む。
「ひかるちゃんの考えてる、役割とか順番とか、そういうルール、壊しちゃう。
このあいだ、ちょっと壊れちゃったよね、ひかるちゃんのルール――私の夏休みが明けて、実家にお迎えにきてくれたとき。
ひかるちゃんが、あんな変態だったなんてねー。ひかるちゃんのルールじゃ、絶対いけないことでしょ?
でも、ひかるちゃん、嬉しそうだったよ。こうしてほしいんだなーって、わかっちゃった」
その物語に、惹き込まれそうになる。緋沙子のことを忘れて、その物語にひたりそうになる。けれど私は誘惑をふりほどいて、申し上げる。
「私をそのようにしてくださって、そうすると陛下は、どんな望みをかなえられるのでしょう?」
陛下は、二、三度、まばたきをなさった。
そのあいだに、愉悦をはらんだ笑みが消え失せる。けれど、興をなくされたのではない。無表情というほかないけれど、なにか強い力を潜ませたお顔だった。たとえるなら、仏像のような。
やがて陛下はおっしゃった。
「登山家はどうして山に登るのでしょう? そこに山があるから、だね。
じゃあ、どうして私はひかるちゃんの上にのっかるのでしょう? そこにひかるちゃんがいるから、だよ。
ひかるちゃんは、望みをかなえるための手段じゃない。
ひかるちゃんが、私の望み」
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