一外交官の目からソ連崩壊の過程を振り返った本である。
情報はよく集めたらしい。特に民族問題については、日本語で読める本のなかでは、もっとも詳しいかもしれない。しかし8月クーデターについては非常に疑問がある。
あれは偶然と意図と幻想が複雑に絡みあった出来事だが、あまりにも単純なストーリーを描こうとしている。少なくとも、軍のどこかのレベルで誰かが抗命したことはおそらく確かで、その抗命が起こるかどうかを確実に予想することはおそらく誰にもできなかった。神がサイコロを振っても見なかったふりをするのは頭のいい人間の悪癖だが、著者もこれに陥っている。
何事かを成し遂げる政治家には、運任せの瞬間が必ず何度もある。1991年、ゴルバチョフに運はなく、エリツィンには運があった。その運も、政治家の偉大さのひとつとして数えるべきだ。でないと、すべてが運だということになってしまう。
ゴルバチョフの評価にも抜けている点がある。ゴルバチョフは異常なほど演説や文章にこだわった。そのこだわりが彼の実行力を少なからず奪った。なぜ演説や文章をそれほど重要と感じたのか? この謎に説明を与えなければ、ゴルバチョフを理解したとは到底言えない。 7andy