2007年02月14日

すぎ恵美子を追悼する

 漫画家のすぎ恵美子さん死去
 死因は胃がんとのこと。
 すぎ恵美子は、一昨年末から昨年春にかけて、かなり長いこと入院していた。独身らしいので、告知はされていただろう。
 最後の連載となった『水戸黄門外伝 DokiDokiアキの忍法帳』は、学年誌の「小学5年生」に掲載だったので、目を通していない。
 私が最後に読んだ作品は、「Cheese!」2006年7月号増刊に掲載された読み切りの、『カノジョノアソコ』だ。私はこれを読むためにCheese!増刊を買った。軽やかで切れ味のいい、すぎ恵美子らしさにあふれた佳作だった。

 
 思い返してみると、晩年の連載は冴えない。掲載誌の対象年齢が高すぎて相性が悪かったらしい。たとえば『砂糖菓子少年』だ。
 『砂糖菓子少年』は、20代なかばの主人公(女性)が、小学6年生の無邪気な少年(外見は20歳くらい)に魅力を感じる、という話だ。長年のすぎ恵美子ファンなら、この設定に違和感を覚えるだろう。性的虐待にかかわる話になるからだ。
 すぎ恵美子は、実生活とは無縁な妄想としての性は描かなかった。BLの「強姦されてハッピーエンド」は、妄想としての性の典型例だ。といっても、すぎ恵美子は、実生活にありがちな話を描いたわけではない。実生活の延長上にあるものを、実生活の誇張として描いた。BLの「強姦されてハッピーエンド」は『魁!! 男塾』のバトルのようなものであり、すぎ恵美子の描く性は『グラップラー刃牙』のバトルのようなものだ。
 『魁!! 男塾』の世界では、死はたいした問題ではない。たとえ死んでも、話の都合で生き返る。それと同様に、BLの世界では性暴力はたいした問題ではない。話の都合で(被害者と加害者が)ハッピーエンドになる。『グラップラー刃牙』の世界では、死んだ人間は死んだままだ。それと同様に、すぎ恵美子の作品世界では、性暴力は深刻な問題になる。
 性的虐待の可能性がすぐそばにあるような設定では、おのずと手が縮む。シリアスで重厚な作品ならそれも活かせるが、すぎ恵美子の魅力は軽やかさにある。『砂糖菓子少年』は、すぎ恵美子らしい軽やかさがなく、重苦しい印象を残す作品になった。
 私はこのあたりから、すぎ恵美子の新作を読まなくなった。『R-18』も『ラブ・クリニック』も1巻でやめてしまった。『お兄ちゃんにはわかるまい!』には多少の手ごたえを感じたが、未完になってしまった。
 
 『愛†少女』は、主人公が限られた短い命を生きる話だ。軽やかな作品ばかり描いてきた作者には珍しい。いまから思えば、もしかすると、作者自身のことが反映されているのかもしれない。死んでなおハッピーエンド、というオチをかなり強引につけたのも、それが原因かもしれない。
 残念ながら、『愛†少女』もあまり好きな作品ではない。
 
 すぎ恵美子の長期連載のなかで、最高傑作はどれか。
 普通に考えれば、『♂(アダム)と♀(イブ)の方程式』『くちびるから魔法』『げっちゅー』のどれか、ということになるだろう。
 『方程式』は大ヒット作だ。少女まんがにおける性に転機をもたらした、エポックメーキングな作品でもある。代表作を選ぶなら『方程式』だろう。
 『くちびるから魔法』は、私見では、すぎ恵美子の絵がもっとも美しかった時代だ。すぎ恵美子を知らない読者に、古本屋でめくってほしいのは、『くちびるから魔法』だ。
 『げっちゅー』は最長連載である。すぎ恵美子の魅力が満載とはあまり言えないが(軽やかさが足りない)、新しいもののほうが印象的なのは人の常だ。
 以上3作のどれかを選ぶのが普通だろう。しかし私は、『子供じゃないモン!』を推す。
 すぎ恵美子は、おなじみのワンパターンを繰り返すことのできない作家だった。たとえば彼氏役の造形にもそれは表れている。彼氏役の印象が、作品ごとにずいぶん違う。だが、ワンパターンを避けるということは、安定性を欠くということでもある。上記3作のどれも傷が多い。
 『子供じゃないモン!』は、完成度という点で、上記3作よりも優れている。すぎ恵美子の魅力満載という点でも、高く評価できる。後世に記憶されるのが『方程式』だとしても、最高傑作は『子供じゃないモン!』だ。
 
 (読み切りについては記憶に自信がないので、最高傑作を選ぶのは、全集が出たときにしたい。出るとも思えないが)
 
 初期作品について。
 1977年12月号デビューだが、私の記憶が正しければ、『雪・ゆき・ストーリー』(1980年)より前の読み切りは単行本になっていない。デビュー作としていつも略歴等に書いてある『12月のミステリー』を読んでみたいものだが、まだその機会がない。
 初期作品から構成は確かで、こういう能力は才能なのだと思わされる。すぎ恵美子の魅力のひとつである、頭のネジの外れた変な発想も、ちゃんと出てくる。『雪・ゆき・ストーリー』の彼氏役など、よく編集者がOKを出したものだと思う。
 最初の長期連載『AOI・こと・したい』が、タイトルのインパクトもあって有名だが、いまから読むなら『USAGIちゃんねる』のほうがいい。当時の時代風俗が垣間見られて楽しい。
 
 変な発想で、軽やかに、切れ味よく。
 楽しかった。
 ありがとう。さようなら。

Posted by hajime at 2007年02月14日 00:47
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