2007年11月14日

BLバブル

 「BLバブル」という言葉がある。その意味をはっきりと述べた例は、寡聞にして知らない。なのに、「BLバブル」なるものが存在したと信じる人々がいる。過去または近未来に、その「BLバブル」が崩壊した・すると信じる人々がいる。
 意味のはっきりしない言葉では、それが存在したかどうかを論じることもできない。だから仮に「BLバブル」を以下の2つのテーゼで定義してみる。
 
テーゼ1:BLが売れない時期→売れる時期→売れない時期、という歴史的な変遷があった
テーゼ2:売れる時期は、市場のファンダメンタルとは乖離した、一過性の異常な現象だった
 
 人気作家番付のデータをもとに、BLの売れ行きの変遷をみてみよう。BL作家のうち現在のトップ4、斑鳩サハラ・ごとうしのぶ・あさぎり夕・秋月こおの、文庫の年間ベスト順位を2000年から2006年まで列挙してみる。また、年間ベスト順位を記録した時点のRも示す。

 
斑鳩サハラ:
 2000年:R1317 2位 夏の感触
 2001年:R1395 5位 秒殺LOVE
 2002年:R1469 5位 今夜こそ逃げてやる!
 2003年:R1483 8位 蒼穹に銀鱗のウオ
 2004年:R1473 15位 しょせん発情期
 2005年:R1495 20位 花束なんか欲しくない
 2006年:ランクインなし
 
ごとうしのぶ;
 2000年:R1157 11位 花散る夜にきみを想えば
 2001年:R1279 6位 ピュア
 2002年:R1378 5位 フェアリーテイル おとぎ話
 2003年:ランクインなし
 2004年:R1342 1位 夏の残像(シーン)
 2005年:ランクインなし
 2006年:R1485 6位 薔薇の下で 夏の残像 3
 
あさぎり夕:
 2000年:R1717 2位 猫かぶりの君 4
 2001年:R1831 1位 永遠までの二人
 2002年:R1898 2位 無口な夢追い人(ドリーマー)
 2003年:R1972 5位 無口な婚約者(フィアンセ)
 2004年:R1719 15位 貴公子と迷子のウサギ 後編
 2005年:R1758 13位 親猫は恋に落ちる
 2006年:R1484 15位 星降る夜の恋がたり
 
秋月こお:
 2000年:R1157 5位 マエストロエミリオ
 2001年:R1023 4位 バッコスの民
 2002年:R1016 5位 王様な猫の戴冠 王様な猫 5
 2003年:R1317 7位 闘うバイオリニストのための奇想曲(カプリチオ)
 2004年:R1406 5位 その男、指揮者につき...
 2005年:R1388 9位 バイオリン弾きの弟子たち
 2006年:R1424 12位 人騒がせなロメオ
 
 BL作家として史上最高のR2001(文庫 2003/07/14 順位)をマークしたのはあさぎり夕。コバルト文庫という強力なレーベル(後述)で2003年前半まで常勝を誇った。しかし2003年8月を境に急落し、その後も回復していない。
 (強力なレーベル:レーティングシステムの性質上、ベストセラーリスト入りする作家の頭数が多いレーベルで書いている作家のほうが、Rの変動が速い)
 トップ4のうち、BL専門でないレーベルで主に書いていた作家は、あさぎり夕だけだ。ほかの3人は、BL全体が地盤沈下しても、あまりRは下がらない(上がりづらくはなる)。あさぎり夕の急落は、純粋に作家個人の現象なのか、それともBL全体とリンクした現象なのか? それを知る手がかりを順位に求めてみる。
 2000年から2002年までの年間ベスト順位と、2004年から2006年までを比べてみて、後者のほうがいいと言えるのは、ごとうしのぶだけだ。
 とはいえこの順位も注意を要する数字だ。集計期間の先頭が発売日なのと、半ばが発売日なのとでは、順位に大きな差が出る。また人気シリーズと単発では売れ行きが異なる。だから年間ベスト順位を取って変動を抑えているが、年間の作品数が少ないと、変動がより大きく出てしまう。4人とも、2000年から2002年までのほうが作品数が多いので、年間ベスト順位の比較は割り引いて考えるべきだ。それでもやはり、テーゼ1(売れない時期→売れる時期→売れない時期)を支持する結果である。
 
 テーゼ2(市場のファンダメンタルとは乖離した、一過性の異常な現象)を支持する根拠も、番付のなかに探すことができる。
 BLトップ4全員が、1998年、すなわち週間ベストセラーリストの集計・発表が始まった時から週間ベストセラーリスト入りしている。対するに、いま全体トップの時雨沢恵一は2000年から、2位の佐伯泰英は2002年からだ。これは、有力な新人作家の参入(時雨沢恵一)や、無名ロートル作家のブレイク(佐伯泰英)があったことを示している。BLはというと、トップ4以下は吉原理恵子(1998年から)、遠野春日(1999年から)、妃川蛍(2001年から)、金沢有倖(1998年から)、崎谷はるひ(1999年から)と続く。
 以上から、BL市場の過去10年の状態について、以下のように推測することができる:
 
・有力な新人作家が登場しない。たとえ登場しても、人気を得られない
・無名ロートル作家のブレイクを可能にするような、作家側の意欲的な試みがあまり活発でない
 
 BL市場がこのような状態に陥った原因、そして過去10年間にわたってこの状態のままだった原因は、わからない。それを探るには、作家人気番付とは異なるアプローチが必要とされるだろう。
 過去10年間にわたって――そう、バブル崩壊を境にして絶えたのではない。BL市場は、観測しうるかぎり昔(1998年)から、このような状態だったのだ。これでは先細りは避けられない。
 新人作家が現れないかまたは浮かび上がれず、ロートル作家が挑戦できない市場は、ファンダメンタルが弱いと表現していい。「BLバブル崩壊」というのも、雪崩を打つような急激なイメージではなく、なだらかに先細りが生じたというイメージなら、おそらく適切である。
 
 まとめ:
・1998年からの観測によれば、BLの売れ行きは2003年ごろを境に悪化した。
・BLの売れ行き悪化は必然的に生じた。BL市場が長年にわたり挑戦者に冷たかったことが原因である。
・2002年ごろまでのBLの売れ行きは、BL市場の価値創造力に比して過大であり、これは「バブル」と表現してもいい。
・しかし2003年ごろに起きたのは、「崩壊」というような急激なものではなく、なだらかな先細りである。

Posted by hajime at 2007年11月14日 19:35
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