2010年08月19日

解題その2

 『君が僕を』というタイトルの元ネタは、マルセル・デュシャンの大駄作、Tu m'です。
 まがりなりにも美術作品のはずなのに、作品を見る必要はない、話を聞くだけで事足りる、むしろ話のほうが本体で作品自体はオマケ――そんな悪しき現代美術の嚆矢として悪名高いデュシャンですが、『話のほうが本体』という手口が相変わらず幅を利かせている以上、名前を挙げるだけの値打ちはあると言わなければなりません。
 『話のほうが本体』という手口は、出オチ同然の一発芸に見えるのに、それがいまだに廃れないのは、なぜなのか。
 「見ればわかる絵」というのが嘘だからです。正確に言えば、ごく狭い範囲にしか通じないものだからです。
 神奈川県の溝ノ口という土地を知らなければ、『天体戦士サンレッド』は十分にはわかりません。ほとんどの絵画も同じようなものです。たとえば私は、モローの描くサロメに首をかしげたことがあります。どうしてあれが新約聖書のサロメなのか、さっぱりわかりませんでした。あれは新約聖書ではなくロマン派のサロメで、鶴屋さんとちゅるやさんのように別物だと知ったのは、ずっと後のことです。
 絵よりも話のほうが広い範囲に通じる――だから『話のほうが本体』という手口が今でも通じるわけです。
 そのことを当時誰よりもよく知っていたであろうデュシャンなのに、なぜ絵を描いて大失敗したのか。
 恩のある画商に頼み込まれて断れなかったからです。
 デュシャンにまつわる数々の話のなかで、私はこの話が一番好きです。というわけで私にとってデュシャンの代表作はTu m'であり、『君が僕を』もあんな話になりました。
 (万一に備えて言っておきますが、『頼み込まれて断れなかった』などといううらやましい事件が私の身に降ってきたわけではありません。どうか誤解なきよう)
 
 『君が僕を』完結編、『君が僕を4 将来なにになりたい?』(ガガガ文庫)、発売中です。

Posted by hajime at 2010年08月19日 18:15
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