クリス・カーマイケル『ミラクルトレーニング』(未知谷)には、「鍵は「シンプル」」という見出しの一節がある(103ページ)。主にピリオダイゼーションのことを述べた一節だが、それ以上のニュアンスを多分に含んでいる。この本の中でもっとも重要かつ意味深長な一節だと思う。
トレーニングは単純でなければ機能しない。だが、単純なものを作り出す過程は、けっして単純ではない。この過程についての私の考えと実践を、以下にまとめてみる。できるだけ単純に。
・一週間のどの曜日にどんな強度と長さのワークアウトを何度やるか、あらかじめ決めておく
予定は常に物事を単純にする。この一週間の予定のことを以下では「プロトコル」と呼ぶ。
・一定の期間はひとつのプロトコルだけを行う
・その期間(メゾサイクル)はできるだけ短くする
トレーニングの効果をあらかじめ予想することは難しい。才能のある人には効いても、自分には効かないかもしれない。そして世間でもてはやされるトレーニングは、ほぼ100%、才能のある人に効くトレーニングだ。ツール・ド・フランス優勝者のトレーニング内容は誰もが知りたがるが、生まれつきプロ選手になれない人のトレーニング内容には誰も興味を持たない。
効かないトレーニングを一年続けたら、一年無駄にしたも同然だ。もっと短い期間で、トレーニングの効果を評価しなければならない。
短い期間とは、どのくらいか?
おそらく、トレーニングレベル(競技レベルではない)の高い人ほど、長い期間を要する。完全な初心者なら1週間でも長いくらいだろう。今の私は3週間にしている。今の私の場合、パーソナルベストを出すためのコンディショニングに1週間ほどかかるので、2週間では効率が悪すぎるという理由で3週間になっている。
・プロトコルはできるだけ単純にする
「前にこのプロトコルをやったら効いた」という場合、効いたのはプロトコルのどの要素なのか。幕の内弁当的なプロトコルでは、どれが効いたのかわからない。
・プロトコルの効果を測定するベンチマークを決め、メゾサイクル終了のたびに測定する
プロトコルが効いたかどうかを「体感」するのではオカルトだ。ベンチマークを取る必要がある。
どんなベンチマークか。メゾサイクル終了のたびに測定するのだから、年に一回のヒルクライムイベントでは話にならない。週に一回行く峠も、天候や体のコンディションの問題があるため、誤差が大きい。
ほとんどの人にとって唯一現実的なのは、固定ローラーとパワーメーターを使ったトライのはずだ。これならほぼベストコンディションでのトライができる。
なににトライするのか? ここでも「シンプル」の原則が働く。私の環境では、一定時間の平均出力が単純なので、そうしている。コンピュトレーナーなどの機材があるなら、同じくらい単純でもっと楽しいトライがあるかもしれない。
一定時間とはどれくらい? 私は諸々の理由から主に5分間、サブとして60分間を設定している。この「諸々の理由」は説明すると長くなるので、詳細編に回す。
・ベンチマークのためのコンディショニングにおいて体感は無視する
体の言うこととベンチマークの言うことは違う。脚が重い? きつい? なんの目安にもならない。
自分のコンディションを知る方法はただひとつ、限界を超えようとしてみる、すなわちパーソナルベスト(PB)を出そうとしてみることだ。
もしPBが出なければ、その日のコンディションが悪いか、あるいは実力が下がっている。
何度トライしてもPBが出なければ、コンディショニングが間違っているか、あるいは実力が下がっている。
前にPBを何度も出した実績のあるコンディショニングをやっているのに、何度トライしてもPBが出なければ、実力が下がっている。
ということは、
・メゾサイクル終了後のベンチマークは、PBを出すまでトライしつづける
どこまで食い下がるかは、それまでの成り行き次第。
これまでは3日のコンディショニングでPBを出せていたのに今度は2週間かけてもPBを出せない、となったら、そのメゾサイクルのプロトコルには疑問符がつく。
PBを出せない事態が何度も続くようなら、根本的になにかがおかしい。
以上を時系列でまとめると、こうなる:
1. プロトコルを決める
2. 3週間そのプロトコルを続ける(メゾサイクル)
3. 1週間かけてベンチマークのPBを出す
4a. PBが出た→そのプロトコルは効くので、近いうちにまたやる
4b. PBが出せなかった→そのプロトコルは効かなさそうなので、当分やらないことにする
4c. どんなプロトコルでもPBが出せない時期が長く続いている→なにかがまずいので全体的に見直す
ワークアウト編に続く。