中里一日記

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 中里一は現在、百合の同人ソフト『希望入りパン菓子』を制作しています。皆様のご愛顧をお願い申し上げます。

2003年9月25日

 「必要は発明の母」という。だとすると、発明のほとんどは孤児として生まれる。

 この見方はおそらく、「必要が発明を生み出す」といった単純なデマンド・プルのモデルよりも真実をとらえている。発明者は往々にして、自分の発明をあまり歓迎しない。そのような発明は、生まれてすぐに適切な養母とめぐり合えなければ、死ぬ。

 今回、私は発明者である。発明したのは、「貞操からペドへ」「処女から子供へ」というテーゼだ。

 19世紀の後半から20世紀の前半にかけて、貞操は、社会全体から価値を認められ、守るべきものとして称揚されていた。これを、「女性を抑圧するための男性の陰謀だった」などとみることはできない。『青鞜』メンバーの多数派も貞操の価値を唱えていた。彼女たちが騙されていたわけでもない。当時の女性解放運動にとって、有益で効果のある主張であることは確かだった。当時の社会において貞操は、女性の性的主体性のありかたとして、ほとんど唯一受け入れられるものだった。政治は、理想的な理想にもとづく芸術のための芸術ではなく、理不尽な事実にもとづく可能性の芸術である。

 (ついでに言えば、貞操の論理は女性中心に回っていたとはいえ、公正の理念に訴えることで男性へも適用されようとした。が、こうした意図の論理は事物の論理に敗れ、「労働者と農民の楽園」を信じたのと同じタイプの無邪気な少数の人々にしか作用しなかった)

 しかしGHQがすべてをご破算にしたあと、貞操は支持基盤の大半を失い、今日に至っている。ある種の人々から偏執狂的な情熱を引き出す力は残されているし、性的主体性のありかたのひとつとしていまだに有力だが、かつての隆盛に比べれば見る影もない。

 ――以上が、近現代貞操史のあらましである。

 ご覧のとおりこの説明には、男性側の支持基盤についての記述がない。通説ではこれは、「女性をモノとして扱う」などというあの粗雑で下品で見るも汚らわしい低劣なデタラメで片付けられてしまうが、このようなデマとはきっぱり手を切らなければならない。

 貞操の論理の、男性側の支持基盤の主要部分、それはパターナリスティックな保護欲である。

 (もちろん貞操は、現在と同じように当時も、ある種の人々から偏執狂的な情熱を引き出していた。しかしこの情熱が支持基盤としてあまり強力でないことは、今日の状況が示すとおりである)

 「保護すべき対象があるから保護欲が湧く」。これがパターナリズムの論理だ。かつては、「保護すべき対象」=「婦人」だった。束縛しよう、自由を奪おう、などという意図はまったくなかった。この保護の論理を象徴するのが、女性の行為能力についての民法の文面である。文面上では女性は、自由を奪われていたのではなく、特権を与えられていたのだ――「契約を自由に取り消せる」という特権を。

 「保護欲の働きにより、保護すべき対象が見出される(=作り出される)」。この視点に立つことで、保護欲・特権・パターナリズムの三位一体を批判できる。はじめに保護欲があり、これが保護すべき対象としての女性を見出し(=作り出し)、女性に特権を与え――こうして、良心の命ずるままに歩むことで、貞操や行為無能力が支持された。

 さて、ここまでは妥当な議論で来られる。ここから先が、今回の発明の核心であり、飛躍であり、妥当な議論だけではゆけない仮説である。

 上にみたようなパターナリズムは、性欲と結びつくのではないか?

 この結びつきが直感的にはよくわからないのは、「性欲」という概念がそのように形成されているからではないか?

『淫行』とは、広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性行又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解するのが相当である。

昭和60年10月23日最高裁大法廷判決

 この文中における「性的欲望」とは、まさにそのように形成された概念ではないか?

 もはや多言を要しまい。いまや社会は、女性にかわって子供を、貞操にかわってペドファイルを見出したのだ。

 さて、私はこの発明をまったく必要としていない。なにしろ、百合の普及発展に役立つ見込みがまるでない。この議論を展開することは、おそらく二度とないだろう。だから、心ある賢明な読者諸氏に、この発明の運命をゆだねたい。

9月16日

 「リトルモニカ物語」というエロゲーをやっている。

 ビジュアル面は実によくできている。キャラもいい。が、話に知性がない。うーむ。

9月15日

 団藤重光の「法学の基礎」を読んだ。

 この本を「実によくわかる、ためになる」とうなずきながら読める人は、この本を書ける人ではないかと思う。

9月13日

 熊谷独の「最後の逃亡者」を読んだ。

 ソ連を見る目に、魅力がない。たとえば、家庭用には不釣合いに大きなサイズの規格品がひとつきりしかないというヤカンの描写だ。辛辣なユーモアでこのヤカンを描けば、それだけでソ連社会の抱える問題の何割かを指摘することができる。が、著者はけっして、「ソ連社会の抱える問題」という視点を受け入れない。現代日本の視点から、ソ連社会を全否定する。

 たとえば、ソ連の電気掃除機を描写して、「ろくに吸い込まない」という。では、この掃除機を使っている人物(生粋のソ連人)は、「まともに吸い込む」掃除機なるものに触れたことがあるのか。もしあるとして、その掃除機が特別に優秀なのではなく、「まとも」の基準であると信じるに至った経緯はどんなものなのか。

 万事がこの調子なので、ソ連の闇が伝わらない。著者の頭のなかにだけある書割の世界を、さらに著者の独善的な視点で批判する、そんな一人相撲に陥っている。

 ちなみに、ソ連の闇をもっともよく表現していると思える描写は、ゴルバチョフの「ペレストロイカ」にある。この日記でも再三引用しているが、またしてもお目にかけたい。34ページから。

 こんな噺がある。何かの建築物を作っている人々のところへ旅人がやってきて、いったい何をしているのかと一人ひとりに聞いてまわった。ある者が腹だたしげに答えた。「見てのとおり、朝から晩まで、こういうつまらん石を運んでいるだけですよ」ほかの者が立ち上がり胸を張って誇らしげに言った。「ほら、私らは神殿を建てているんですよ!」

 緑の丘に立つ輝く神殿という高邁な目標を思い描くことができる者にとっては、どんなに重い石も軽くなるし、どんなに激しい労働も喜びになるのだ。

9月9日

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 バイオノートZを触っている。

 Windows XPマシンなのにメモリが256MBというのは、なにかの冗談だろうか。512MBほど足したところ、別次元の速さになった。もし読者諸氏のマシンのメモリがまだ256MBであれば、買い足すことを強くお勧めする。

 そういえば以前、某氏の家で、メモリ128MBのマシンを見たことがある。CPUがAthlonで、クロックが1GHz台前半だったので、「Athlonだから・クロックが低いから遅い」ということにされていた。大間違いだと証言する。

9月8日

 Visual Reading Story『希望入りパン菓子』、乞う御期待。

今日の出来事:

1.シグマリオンIIを開いた。

2.キーボードのキーがひとつ抜けていた。

3.バイオノートZなるノートパソコンを買った。

4.ノートパソコンをWindows Updateした。

5.Updateが始まってから終わるまでの束の間に、Nachiにやられていた。

6.駆除した。

9月7日

 某計画のネット上での情報開示、いよいよ明日に迫る! 刮目して待たれたし。

9月6日

 G・K・チェスタトンの「棒大なる針小」を読んでいる。

 当時は俗流唯物論がよほど盛んだったらしく、著者は至るところで反論している。また、「存在の驚異」が至るところで主張されている。「存在の驚異」というと大げさだが、つまるところ「人間の頭の外にあるものは、頭の中にあるものよりも面白いはずだ」という信念である。

 この二つのモチーフの繰り返しがなかったら、この本はもっといいエッセイ集になっていただろう。そもそも「存在の驚異」というからには、ポケットからお馴染みのモチーフを取り出すことなく、徒手空拳で立ち向かうべきだ。

9月4日

440BXでは使えない

 よく石を起こしたものだと思う。

9月3日

 アンヌ-マリ・デルカンブルの「マホメット」を読んだ。

 イスラム美術のカラー写真が大半を占める、美しい本である。感心させられると同時に、イスラム世界にはルネサンスが訪れなかったことを痛感した。


 今日もまたCSSやIEと格闘している。

 Dreamweaver MXのCSS対応はかなり怪しい。特に、position:relativeに対応していないのは辛い。

9月2日

 噂に聞くところでは、いまフランスでは扇風機がブームで品不足らしい。もちろん猛暑のせいだ。

 このため、扇風機を買うには、医師の処方箋が要るようになったという。まるで社会主義国家だ。こんなことをしているから、労働人口の2割もの公務員が必要になるわけだ。


 CSSやIEと格闘している。

 いまだにCSS2の重要なところがまともに動かないのはどうしたわけか。たとえば、ブロック要素のセンタリングが(Strictには)できない。

9月1日

 眠い。きゅう。

 

今月の標語:

三角大福

 

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