化粧と持ち物にはいつも悩まされる。
化粧するシーンは問題にならない。問題は、化粧を直したり落としたりする手順を、どう組み込むか。物事は何事であれ、片付けるときのほうが難しい。学園ものにはこの問題が基本的にないので書きやすい。
持ち物は、なにをどこにしまっておくか。バッグを持っていない瞬間に持ち物が必要になると、致命的に間抜けなことになりかねない。
今回はポケットを使ってしまった。あまりよくないが、この際はしかたがなかった。
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私は昔から同性受けのする人間だった。
背も高くなければ、顔も女らしい部類に入ると思う。運動部どころか、まんがを描いていた。それなのに、なにかと好意を寄せられることが多かった。昔の友人にいわせれば、『ひかるは女くさくないから』とのことだった。
だから告白や、突然の抱擁は、これが初めてではない。唇を奪われたことまではないが、それは私が雰囲気に流されないからだ。
最後にそんなことがあったのは、もう5年以上も前だった。私も相手も、まだ子供だった。いまはちがう。彼女は国王公邸の女中頭で、夫も子供もいる。私は護衛官を務めて3年になる。遊びや軽はずみで済まされることではない。
さらに恐るべきことに、ここは公邸の裏庭だった。使用人の目があるかもしれず、それどころか、陛下までもがご覧になるかもしれない。
「橋本さん――」
「『美園』とお呼びください、ひかるさま。でなければ離しません」
「美園さん、人目があります」
「今夜、お電話くださいますか?」
「はい」
彼女は体を離した。
頬は頬紅をさしたように赤く、自尊心もいくらか影をひそめていた。いつもよりも髪飾りが似合う顔だった。
「こちらにお電話ください」
公邸のメイド服は装飾的だが、実用性も高い。たとえば、物を入れてもラインの崩れない実用的なポケットが多い。彼女は、そんなポケットの一つから名刺入れを出し、束の底から名刺を取ってよこした。携帯電話の番号が書き加えてある。
「……はい。
橋本さんのお気持ちはわかりますが、強引ですね。私の趣味ではありません」
「ええ、強引です。ですからさきほども、『さらってゆきます』と申し上げました。
貴重なお時間をありがとうございました」
彼女は一礼して去っていった。
いまさらながら公邸に目をやる。人の姿はない。それはそうだろう。でも平石緋沙子なら、隠れもせずにずっと見ているかもしれない。
平石緋沙子に会いたい、と思った。
ただ今日は会う口実がない。TV出演の件はまだ私には秘密のはずだから、口実にはできない。明日はぜひ会おう。TVを見て、嫉妬したと言おう。どんな顔をするだろう。
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