どういうわけか私の周囲には、少コミ読者が少ない。私もすでに現役ではないが、少コミで育った。特に、すぎ恵美子が好きで、『くちびるから魔法』に始まり足掛け10年くらい読んでいた。
少コミのせいだけではないだろうが、私は俗手が好きだ。「メガネを外すべきか、外さざるべきか」のような俗手を見ると、手に汗を握ってしまう。
*
翌朝のブリーフィングの終わりに、橋本美園はさっそく動いてきた。
「設楽さま、これを」
私は名刺サイズのメモを渡された。財団職員がアポイントメントの管理に使うものだ。内容は――今日の警護を終えた後すぐに、公邸事務所の第一会議室で。用件の欄は空白。空白の用件欄は、メモのようなものには書けない機密を意味する。
「お越しいただけますか」
「……はい」
逃げ回ることで事態がよくなるとも思えない。
橋本美園は微笑んだ。笑顔を投げかけた、というべきかもしれない。私は意表を突かれながら、反射的に笑い返す。
と、机に置いていた手の上に、橋本美園の手が重ねられ、軽く握られる。
全身が小さく震えた。
穏便に手をどけてもらうには、と考えた瞬間、手が離れる。
「ありがとうございます」
橋本美園は会議室を足早に出ていった。
午後7時、陛下は公邸にお戻りになった。
「今日もありがとうね、明日もお願いね、大好きだよ、ひかるちゃん」
「陛下のお許しのあるかぎり、いつまでもお仕えいたします」
陛下とのご挨拶で、今日の警護が終わる。
さて今日はこれから、橋本美園と対決――というほど大袈裟なものでなければいいのだけれど。
いったん家に戻って着替えようか、とも考える。私が予想外の格好をしていれば、橋本美園はやりにくくなるのではないか。けれど、メイクをやりなおすと、かなり時間がかかる。そのあいだ待たせたら、それだけ負い目を感じてしまうだろう。
結局私は、警護のときに着るマニッシュなパンツスーツ姿のままで、まっすぐ公邸事務所に向かった。
会議室のドアを開けると、橋本美園はメイド服だった。ただ、着替えたのだろう、その服はまるで新品で、チリひとつついていない。頭には、女中頭のしるしの髪飾り。
けれど、身に着けたすべてのものよりも、まなざしに、力がある。まるで意思の力を形にしたような。
そのまなざしに気圧されて、私は、会議室の扉を閉めるのをためらった。
「お待たせしました。どういったお話でしょうか」
橋本美園は無言で、ポケットからカードのようなものを何枚か取り出し、私に示した。
それを見た私は――会議室の扉を閉めた。
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