お知らせ:
『1492』を脱稿しました。11月12日開催のCOMITIA 78(ビッグサイト東4ホール)で初売りの予定です。また同日からダウンロード販売を開始します。
なお、冬コミには参加いたしません。
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オデュッセウスなら、どうやって千葉を元通りにするだろう。いくら不意打ちとはいえ、わずかな手勢と弓だけで、またたくまに108人を殺してしまう凄腕のテロリスト、オデュッセウスなら。
けれどそんなことは考えるまでもなく不可能だった。きっと三千年前のイタカでも、本当は不可能だった。映画のスーパーマンは、地球を逆回転させることで時間を巻き戻し、死んだヒロインを甦らせた。オデュッセウスの皆殺しも、これと同じだ。不可能なことを成し遂げるための妄想的な手段だ。
オデュッセウスなら、どうやって国王公邸に入り込むだろう。嘘を武器にする詐術の達人、オデュッセウスなら。
考えていくうちに、オデュッセウスの力はみな私にはないものだと気づく。
オデュッセウスはその怪力で、常人にはひけない大弓をひいた。私には普通の女の力しかない。
オデュッセウスは天性の詐欺師で、なんの仕込みもなしに巧みな嘘をついた。私には巧みな嘘など思い浮かばないので、基本的には正直でいることしかできない。
なんといっても、オデュッセウスはイタカの王だった。私は王ではなく、陸子陛下にお仕えするものだ。
オデュッセウスの力のない私は、自分の力でお側に帰り、自分の力でお仕えしなければならない。
大弓をひく怪力がなくても、人を欺く狡猾さがなくても、千葉を元通りにする神々の力がなくても、きっと私にはできることがある。
緋沙子が日記を閉じた。
明かりを消し、私とおやすみのキスをしあって、ベッドに入る。
寝室の暗さのなかで一心に、帰ることを考える。
美園はどう思うだろう。たとえ私が帰るのには賛成してくれても、護衛官の座を譲ってくれるとは思えない。ならメイドとしてお仕えしようか。でもそれでは私の力を役立てることはできない。ではやはり――
陛下の威厳を世に示し、ふたたび千葉の人心の要となるには、どうすればいいだろう。千葉が独立を失ったいまでもなお、陸子陛下が千葉国王として輝くには。マスコミは移り気で、行政的手段の裏づけがなければ捕まえておけない――
あらゆることが阻まれているように思える。けれど、私は不思議と確信に満ちて、そのことを考えつづけた。
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