正木馨
右翼の街宣車は元社保庁長官の正木馨の家を取り囲まないのですか?
プリンスホテル、司法の決定に背いて右翼の街宣活動にひれ伏す
さて、教研集会とやらに出張ってくる右翼はどこから金を引っ張っているのだろう。
累犯で長期をくらいこんでいる懲役囚はしばしば、自分の犯罪を実に言葉巧みに正当化し、聞く者を同情に誘い込もうとするのだという。
正当化と犯罪と、どちらが先か。私見では、正当化のほうだと思う。
暴行やわいせつ行為の後、被害者に現金を支払い、施錠するよう説教する事件
累犯者の心理に巣食う怪物をまざまざと見せ付けてくれる事件だ。
やっと最新号に追いついた。2008年第3・4合併号のレビュー。
・池山田剛『うわさのウエディング!?』読み切り、『うわさの翠くん!!』番外編
あらすじ:学園祭でサッカー部一同が女装。主人公(翠)が謎の美少女として評判に。
適当だった。
採点:★★☆☆☆
・池山田剛『うわさの翠くん!!』連載第34回
あらすじ:主人公(翠)が彼氏役(司)から父親の事情を聞く。翠と司が結ばれる。
ようやく終わりそうな展開になってきた。
採点:★★☆☆☆
・水波風南『今日、恋をはじめます』連載第9回
あらすじ:主人公(つばき)は妹(さくら)とともに彼氏役(京汰)の家で勉強会をする。京汰は母親と別居しており、さらに母親と問題を抱えている模様。
8ページ目、「電流と磁界を逆にすると 逆の逆で力の向きは変わんねーんだよ」…… 主人公は成績優秀のはずなのに、国語レベルでつまづいているのはどうしたものか。
採点:★★★☆☆
・真村ミオ『クラッシュ☆2』新連載第1回、以前の読み切りの続き
あらすじ:彼氏役(淳平)とともに別荘に行く主人公(桃華)。二人きりと思っていたが、淳平のいとこ(敵役、安奈)がやってきて、二人の仲を邪魔する。
敵役の作り込みをはじめとして、全体に安易だ。
採点:★☆☆☆☆
・織田綺『箱庭エンジェル』連載第3回
あらすじ:地道に主人公(羽里)を口説く敵役(飛鳥)。つきあっているのかと彼氏役(桃)に思われるが、誤解を解く。さらに羽里と桃が事故キス。
7ページ目、「それにあいつは」の続きは、「来年は海外に出る予定」くらいか。
登場人物の魅力アピールがうまい。優れたバランス感覚のなせるわざか。
採点:★★★☆☆
・藍川さき『オレ様王子』連載第2回
あらすじ:主人公(砂羽)が彼氏役(蒼)の昔の初恋の相手と判明。
話を引き伸ばしている印象が強く、魅力が弱い。
採点:★☆☆☆☆
・青木琴美『僕の初恋をキミに捧ぐ』連載第57回
あらすじ:逞は「移植はできない」と書き置きして勝手に病院を抜け出す。繭の家で親密なひとときを過ごす二人。
前回指摘した辻褄の問題(逞が移植を拒否しても昴の心臓は別の誰かに回されるだけ)が相変わらず目立つ。「僕がいなくなれば 昴サマの家族は「移植をやめたい」って 言いやすいかな、と思って」とはまた大した動機だ。
採点:★★☆☆☆
・咲坂芽亜『姫系・ドール』連載第18回
あらすじ:主人公(歩)の記憶が戻る。敵役その1(鉄汰)が歩に迫るとともに、彼氏役(蓮二)に向かって「お前は歩のためにならない」「お前たちの終わりはすぐそこまで来ている」と言い放つ。
どうやらまとめに入ったか。
採点:★★☆☆☆
・車谷晴子『危険純愛D.N.A.』連載第10回
あらすじ:主人公(亜美)と彼氏役(千尋)が相思相愛を認め合う。
いよいよ見せ場。
採点:★★★☆☆
・くまがい杏子『放課後オレンジ』連載第11回
あらすじ:彼氏役(翼)が勝負を真に受けて、主人公(夏美)にキスしようとする。二人の気持ちは食い違い、さらに翼は陸上部の練習で夏美を厳しくしごく。
市川先輩が味を出してきた。しかし心理の流れが複雑すぎる気がする。
採点:★★☆☆☆
・水瀬藍『春になるまで待って』読み切り
あらすじ:春から通う高校に、冒険気分で行ってみた主人公。そこで彼氏役と出会い、一緒に校内を探検する。
アイディアがよく練りこまれており、画面も魅力がある。傑作だ。
採点:★★★★☆
・白石ユキ『アクマでコイビト。』最終回
あらすじ:主人公(凛子)が彼氏役(樹)の気持ちに気づく。
旋回軸がない。ぐだぐだだ。
採点:★☆☆☆☆
第40回につづく
まとめて追いついてみる。2008年第2号のレビュー。
・くまがい杏子『放課後オレンジ』連載第10回
あらすじ:バッティングセンターで当て馬(滉士)が彼氏役(翼)を挑発、主人公(夏美)のキスを賭けて勝負を始める。
旋回軸がさっぱり見えない。
採点:★☆☆☆☆
・織田綺『箱庭エンジェル』連載第2回
あらすじ:彼氏役(桃)との距離を縮める主人公(羽里)。そこに立ちはだかる敵役(飛鳥)。飛鳥は羽里に、「自分の彼女になるなら生徒会役員にしてやる、そうすれば桃と一緒にいられる」と持ちかける。
桃が普通に面白い。話のほうはスロースタートか。
採点:★★★☆☆
・藍川さき『オレ様王子』新連載第1回
あらすじ:柔道部の部長(彼氏役、蒼)に目をつけられ強引にマネージャーにさせられた主人公(砂羽)。「早くオレのことを思い出せ」と蒼はいう。
人間が粘着を捨てたら、人間でないもの――行政や企業や市場などのシステム――に逆らうすべがなくなる。どんな個人よりも、行政や企業や市場のほうがはるかに粘着なのだ。少コミも例外ではない。だから私は何度でも粘着して言う。少コミにおける暴力描写について。
少コミの暴力描写には、暴力の暗さ重さへの認識が欠けることが多すぎる。スラップスティックなら軽いのは当然だが(そこではすべてが等しく軽い)、この作品の世界観はそういうものではない。しかも格闘技の選手にとって暴力は最後の手段だ。
作者自身が暴力から隔離され安全な身であるからといって暴力を軽く描くのでは、想像力の怠慢というほかない。この世の板子一枚下は暴力でできている。
想像力を軽んじるこのような態度は、読むものに鋭く伝わる。特に、想像力の豊かな人間、つまりよい作品を描ける人間には必ず伝わる。現在の少コミがよい新人を欠く理由の一端は、想像力の軽視にあるのではないか。
採点:★☆☆☆☆
・池山田剛『うわさの翠くん!!』連載第33回
あらすじ:彼氏役(司)の父親の訃報を聞いて、司が行方をくらます。
サッカーをしていない回なので画面は見られる。
それにしても、当て馬(カズマ)が毎回のように忠犬っぷりをアピールするのはなぜだろう。
採点:★☆☆☆☆
・白石ユキ『アクマでコイビト。』連載第2回
あらすじ:彼氏役(樹)の誕生日にデートするはずが、ばったり出くわした彼氏役の友人(女)を同情と優柔不断のために仲間に加えてしまい、主人公(凛子)は後悔する。
今回は話になっていた。
採点:★★☆☆☆
・車谷晴子『危険純愛D.N.A.』連載第9回
あらすじ:彼氏役(千尋)とのあいだに血のつながりがないと聞かされて思い惑う主人公(亜美)。千尋にその件を尋ねてキスシーン。
順当にまとめに入ったが、敵役(臣吾)のほうは捌ける気配がない。ダシに使っただけか。
採点:★★☆☆☆
・水波風南『今日、恋をはじめます』連載第8回
あらすじ:主人公(つばき)の妹(さくら)が彼氏役(京汰)に接近を図る。かつて京汰がつばきにくれたワンピースがきっかけで、つばきの思いが京汰にばれる。
おそらくは作者の狙い通りの進行。
採点:★★★☆☆
・咲坂芽亜『姫系・ドール』連載第17回
あらすじ:彼氏役(蓮二)が主人公(歩)を連れ出し、記憶が戻るようにと自分の店などを見せて回る。
面白く演出できる展開のはずだが、ややアイディアを欠く。
採点:★★☆☆☆
・青木琴美『僕の初恋をキミに捧ぐ』連載第56回
あらすじ:繭が逞に「心臓移植を断ってもいい」と言い出す。
繭の動機の辻褄があわない。昴の家族が移植を拒否しないかぎり、たとえ逞が断っても心臓は別の待機者に回されるだけで、逞の選択と移植実行のあいだには因果関係がない。
採点:★☆☆☆☆
・紫海早希『恋心・カイドク中』読み切り
あらすじ:主人公は幼馴染の男(彼氏役)とかつて付き合っていたけれど別れ、今では友人。しかし主人公に恋愛感情が起こり、彼氏役の思いを気にする。
旧校舎がどうのこうのが取ってつけたようで、ぎこちない。ほかの流れは滑らかで説得力があるので惜しい。
採点:★★★☆☆
・浅野美奈子『先輩と同棲宣言』読み切り
あらすじ:彼氏役に告白した主人公。彼氏役は「今すぐうちにこい」「同棲しろ」と言い、主人公は言いなりになる。それからも主人公は自発的に、あるいは彼氏役に命令されて、愚行を重ねる。やがて主人公は両親に連れ戻されるが、そのあと彼氏役が家にきて両親に会ってくれる。
最近、「思想的にヤバい小説はどんなものがあるか」という話を友人としたとき、これといって例が挙がらなかった。思想的にヤバいまんがならここにある。「嫌われ松子なみに判断力のない主人公が愚行を重ねるが、嫌われ松子のような末路をたどるどころか、経験からなにひとつ学ばないまま世間的な幸せをゲットする」という思想は、まったくもって突き抜けている。
チャンピオンREDは秋田書店の核実験場と名高いが、おそらく思想的な逸脱度では少コミのほうが上だ。願望充足まんがの到達点がここにある。
採点:☆☆☆☆☆ 採点不可能と言いたい
・蜜樹みこ『ラブナイフ』最終回
あらすじ:主人公(明希姫)と彼氏役(天宮)が結ばれる。明希姫は友人や、好きでもないのに付き合っていた男と対決する。
明希姫の敵となる友人たちに、正義面やおためごかしや陰湿さが欠けており、問題がひどく矮小化されている。
この作品で最初に提起された問題はこうだ――「自分の属している集団が悪であり、自分にとって有害なものだと悟ったとき、どうすべきか」。
主人公は集団から抜けるなりして秩序を乱すことになるが、「秩序を乱す」という一点においては主人公は悪であり、敵に正義がある。敵は当然、このわずかな正義を最大限に振りかざす。面倒を嫌う傍観者(中学や高校のような閉鎖空間では恐るべき存在)は、秩序を乱す主人公の肩を持とうとはしない。そしてなにより、敵の掲げる「既存の秩序に従え」という正義は、主人公自身にも内面化されている。主人公はたくさんの戦線で戦う羽目になる。主人公がこのように孤立無援であるがゆえに、主人公を助ける運命のスーパーヒーローとして彼氏役を際立たせることができる。だからこれは、少コミ的においしい条件が揃った、非常にいい問題なのだ。
しかし作者は、この問題からおいしさを引き出すかわりに、問題を矮小化してしまった。大失敗である。
採点:★☆☆☆☆
第39回につづく
インターネットは本物のおもちゃ箱だ。本物のおもちゃ箱には、ナイフとピストルが入っている。ナイフで自分の指を切り落とすもよし、ピストルで自分の足を撃つもよし。それでこそ本物の遊びであり、本物の人生だ。
「子どもの自分の死についての権利」であるが、これは文字通りに理解しようとすると、尊厳死や自殺などにつながる議論と誤解されかねないが、そうした議論とは若干違った視点からの提案である。
これについて、彼はこう説明する。
我々は、死が子どもを奪い去るのではないかと恐れるあまり、子どもの生活の中から危害となるかもしれないようなものをことごとく排除してしまった。しかし、生きることにはいつでもいのちの危険は忍びよってくるし、memento mori(死を思い起せよ)、生の裏面は死である。死の可能性、あぶなかしさのない生は、十分に生きられた生ではないと言うのである。
ヤヌシュ・コルチャックの思想が、あなたのナイフとピストルになることを希望する。
では2008年第1号のレビューにいこう。
・織田綺『箱庭エンジェル』新連載第1回
あらすじ:なよやか系の男性モデルの鞠亜に憧れて、同じ学校に転校してきた主人公(羽里)。実物の鞠亜はカリスマ性のある変人だった。
彼氏役の傾向をちゃんと変えてきているのが好ましい。主人公はもう少しひねったほうが面白いか。
採点:★★★☆☆
・くまがい杏子『放課後オレンジ』連載第9回
あらすじ:彼氏役(翼)とのキスや告白のせいで動揺した主人公(夏美)は、自分の競技で失敗して記録なしで終わってしまう。夏美を動揺させたことを恥じる翼。一方、当て馬(滉士)が夏美に言い寄り、翼に向かって「夏美は自分の彼女になった」と宣言する。
全体に感情の流れがぎこちない。競技直後の興奮の異常さを、画面で表現できていないのが原因か。
滉士の使い方が、今のところあまりにも露骨に当て馬くさい。これは少コミ全体に共通する欠点で、見るたびにますます鼻につく。
採点:★★☆☆☆
・白石ユキ『アクマでコイビト。』新連載第1回
あらすじ:主人公(凛子)を使い走りにする彼氏役(樹)。樹は外面のいい男で、凛子以外の人間を使い走りにすることはない。あるとき凛子は、ほかの女の子と同じように外面よくしてほしいと希望し、樹はそのようにするが、凛子は不満を覚える。
心理上の因果関係がデタラメで、話が話として成立していない。
少コミは、無礼な男との付き合いに「よかった探し」をする話が多いような気がするが、もしこれが人気のある話なのだとすると、レディコミ的なアノミー(現在の結婚をひたすら正当化)が少コミ読者にも浸透しているのだろうか。その状況を思うと、暗澹たる気持ちになる。
採点:★☆☆☆☆
・蜜樹みこ『ラブナイフ』連載第2回
あらすじ:主人公(明希姫)は、好きでもないのに付き合っていた男(陽平)と別れる決心をして電話でその旨を話す。その翌日、明希姫と彼氏役(天宮)に中傷と暴力が加えられ、友人たちの定める秩序に服するよう求められる。
陽平のファッションが不自然で、首をかしげる。明希姫の友人たちとファッションの系統がかけ離れていて、暴力団的な同化と服従を強制する集団であることが伝わらなくなっている。もし陽平の腰が引けているなら、このファッションで辻褄が合うが(前回の時点ではこの線かと予想していた)、先頭に立って暴力を加えるのなら不自然だ。
中傷と暴力も、暴力団的な陰湿さを欠き、迫力がない。
採点:★☆☆☆☆
・車谷晴子『危険純愛D.N.A.』連載第8回
あらすじ:彼氏役(千尋)が一人暮らしを始める。主人公(亜美)は、敵役(臣吾)がその姉と深い仲であること、二人のあいだに血のつながりのないこと、さらに千尋と亜美のあいだにも血のつながりがないことを臣吾から聞かされる。
まとめに入ったか。
臣吾の秘密がバレる過程が単純すぎて味わいに欠ける。
採点:★★☆☆☆
・咲坂芽亜『姫系・ドール』連載第16回
あらすじ:主人公(歩)が記憶喪失になる。歩は彼氏役(蓮二)に恐怖を覚え、敵役その1(鉄汰)の家についてゆく。
大ゴマ連発や、蓮二と友人の意味のなさそうな殴り合いに、引き伸ばし感がありありと漂う。
採点:★★☆☆☆
・水波風南『今日、恋をはじめます』連載第7回
あらすじ:彼氏役(京汰)への片思いに震える主人公(つばき)。
作者の狙いが炸裂。
採点:★★★☆☆
・池山田剛『うわさの翠くん!!』連載第32回
あらすじ:主人公(翠)が敵役に強姦されかかるが、彼氏役(司)が助けてくれる。
これを読むのも罰ゲームだが、描くのも罰ゲームだろう。
採点:☆☆☆☆☆
・青木琴美『僕の初恋をキミに捧ぐ』連載第55回
あらすじ:昴の恋人が病院に現れて愁嘆場。苦しむ逞。
修羅場にあっても、逞や繭は感情が動揺するだけで価値観が動揺しない。それが薄い感じをもたらしている。昨日あまりにも確かだと思えていたことが、今日は噴飯物に思え、さらに明日は再び真実だと悟る、という価値観の動揺はメロドラマに欠かせない。
採点:★★☆☆☆
・あゆみ凛『太陽をつかまえて!』読み切り
あらすじ:よくわからない。
まったく意味がわからない。『ハヤテのごとく!』のナギが描いているまんが(作中作)を100万回読んで出直せと言いたい。
採点:☆☆☆☆☆
・真村ミオ『あの頃の私達は。』読み切り
あらすじ:よくわからない。
「形だけで愛のないお付き合いでした」でもなく、「彼には私の言葉が通じませんでした」でもなく、ただただ主人公の思い込みだけで話が進んでいる。
採点:☆☆☆☆☆
・市川ショウ『HOBBY☆HOBBY』最終回
あらすじ:主人公(美名)の気持ちをよそにラジコン勝負に熱中する彼氏役(和哉)と当て馬(滸)。美名の父親がツッコミを入れて気持ちよく解散。
うまくまとめて終わった。
採点:★★★☆☆
第38回につづく
私の新作『どろぼうの名人』(名義:中里十)が、第2回小学館ライトノベル大賞ガガガ部門の最終選考に残りました。この賞は、第1回の最終選考作品はすべて刊行されているので、『どろぼうの名人』は商業誌でお届けできると思います。
主人公は佐藤初雪、ヒロインは川井愛のフルスイング百合です。乞うご期待。
フランク・ヴァートシック・ジュニア『脳外科医になって見えてきたこと』(草思社)を読んだ。
医師、それも外科医は体育会系の世界だと聞く。勤務条件が肉体的にハードなせいだろうと漠然と思っていたが、実は体育会というより海兵隊だった。
著者はハートマン軍曹のように率直だ。「また内科のローテーションでは、医師というものに授けられた恐るべき権威を目のあたりにすることになった。他人を――しかも合法的に――侵せるという力。人間の直腸に手袋をはめた指を差し入れ、脊椎に針を押しこみ、結腸にホースを通すことのできる資格だ」(47~48ページ)「わたしはこれからの年月のあいだに、食べた物を吐かせたり鼻血を出させたりするどころか、もっとひどいことを――もっとずっとひどいことを――他人の体にするだろう。それでもこのとき、わたしはひとつの里程標を過ぎた。血まみれのゼリーのこびりすいた経鼻胃管を投げ捨てながら、医師であることにまつわるあるものの存在をうすうす感じはじめていた。うっとりするような力の感覚を」(50ページ)。これは医師も患者も知っていることだが、知っていることと語ることは違う。これを出版物で公言し、しかも読者に真に受けてもらうには、ハートマン軍曹の率直さを要する。
その率直さを鍛えるのは、次から次へと患者が死んでいくという、実も蓋もない体験だろう。死はあまりにも実も蓋もない出来事なので、ほとんどの人は、葬式だの悲嘆の涙だので覆い隠して直視しない。だが医師は、それも脳外科医のように患者の平均余命がごく短い医師は、覆い隠している暇などない。実も蓋もなさに耐える力が養われ、率直に語ることができるようになる――のだろうと思う。
それに脳外科医の患者は、万事がうまくいけば、死の淵から劇的に回復する。「飛行艇乗りの連中ほど気持ちのいい男達はいないって、おじいちゃんは いつも言ってたわ。それは海と空の両方が奴らの心を洗うからだって」(『紅の豚』より)。回復と死の両方に洗われた心は、本のページの向こうにいてくれるぶんには、たまらなく魅力的だ。目の前にいたらハートマン軍曹のように恐ろしいかもしれないが。
グレゴリオ暦で生活されている皆様にはあけましておめでとうございます。
新年の初笑い:虚構の皇国
皇国趣味は今でも新ネタが作られているから楽しそうだ。