2004年11月26日

TVアニメ『神無月の巫女』第8話

 百合の難しさのひとつに、「悪形が廃れていない」というものがある。作品の絶対数が少なく歴史も浅いため、自然淘汰があまり働いていない。重く捌けない悪形が、平気で生き残っている。
 典型例のひとつが、千歌音のようなキャラである。キャラとしては人気が出やすいが、話が悪形になりやすい。『神無月の巫女』の原作者である介錯は、こういう悪形をよくやる。捌けないことを気にしないらしい。だから私も、「またいつものパターンか」と思って見ていた。
 が、このアニメはどうも様子が違う。捌く気満々なのだ。
 おそらく、「理不尽な試練に耐える→耐えかねてブラック化→しかしそれは真の敵と戦うためだった!→知られざる尊い犠牲により平和が戻る→救済」という筋で来るのだろう。第8話は「耐えかねてブラック化」だった。
 千歌音のようなキャラでは、最後の「救済」が難しい。この救済は、自己犠牲を否定するものでなければならない。が、千歌音の自己犠牲は美しすぎて、否定するのが難しい。
 戦前の少女小説なら、救済なしに自己犠牲に陶酔していればよかった。今では、救済によって否定されることのない自己犠牲は、あまりに幼稚に見える。世界は進歩しているのだ。
 では、どんな力によって、千歌音の自己犠牲を否定するか。
 「恋の力で」、がおそらく正解だ。誰の恋かといえばもちろん姫子のである。ということは、千歌音と姫子が結ばれて終わるわけだ。
 他の有力な筋を潰しておこう。
 千歌音の自己犠牲を否定するためにソウマを使う、という筋が見えたかもしれない。が、第7話までソウマは千歌音を否定しつづけてきたので、最後に同じパターンを蒸し返すのは美しくない。
 千歌音の計画は失敗するがデウス・エクス・マキーナで助かる、という筋も一応ある。が、ファンタジー系の話ではデウス・エクス・マキーナは念入りに準備しなければならない。そんな準備は見当たらない。
 というわけで、TVアニメの『神無月の巫女』は今後の展開に注目である。

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2004年11月21日

宣伝

 畏友・夏葉薫氏が同人ノベルゲームを作っている。読者諸氏にも生温かく見守っていただければ幸いである。

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2004年11月20日

虎の尾を踏むには

 もし同人エロまんが家が、ペンネームを「天皇陛下」にしたら、たとえコミケ島中コピー誌30部の極小サークルであっても、誰かしら怒鳴り込んでくるのではないかと思う。
 しかしペンネーム天皇陛下は、いわばチャレンジャー系の虎の尾スタンプであり、意思さえあれば誰にでもできる。踏まれた側にしても、テロで応じるとは考えにくい。もっと、寸鉄人を刺すような、思想によるテロでさえあるような、うまい虎の尾スタンプはないものか。
 というわけで、ローマカトリックの歴史などを眺めている。昔はカトリックの尾を踏むのが流行ったのだ。
 ピオ9世の『誤謬表』は非常に参考になる。教皇がわざわざ「これは誤りだ」と言いたくなるからには、うまいところを突いているわけだ。秘密結社への言及も面白い。「敵は秘密結社だ」と主張しても正気を疑われない時代があったらしい。が、否定された80の命題を見ていると、どうもピオ9世の正気が疑わしくなってくるのは私だけだろうか。

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2004年11月12日

ツールにバグがあるように見えるときは

 ツールにバグがあるように見えるときは、寝るしかない。こういう精神状態を記録すべく、今日の日記を書いている。
 J2SDK1.4.2_04-b05では、ここのFigure 3にあるサンプルが、ParseExceptionを投げるように思えるのは、私のせいだろうか。

 結論:DateFormat#parseはロケールに暗黙的に依存して動作を変える。日本語ロケールでは、英語の月名に対してParseExceptionを投げる。
 ロケールは一種のグローバル変数である。それも、宣言なしに暗黙的に存在する。暗黙的に存在するグローバル変数に、暗黙的に依存しているわけだ。
 Javaは、Objectからのキャストにキャスト演算子を書かせる(この仕様を決めた糞馬鹿に三度アナテマ)くらいExplicitにこだわった言語だが、ライブラリではこんな仕様がまかり通っているとは夢にも思わなかった。
 SimpleDateFormatのスレッドセーフの件といい、DateFormat関係(というよりTaligentの書いたもの全部)は早急にまともなものと取り替える必要があると思われる。

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2004年11月11日

無謀と加齢

 香田証生氏の死は、感想を抱くのがなんとも難しいものだった。
 すべての人が死ぬべくして死ぬように、彼もまた死ぬべくして死んだ。多くの人々は老いによって死にゆっくりと近づいてゆくが、彼は愚かさによって死に急速に近づいていった。もし彼の愚かさが滑稽だとしたら、人が老いることも滑稽だろう。
 彼の死になんらかの感想を抱きにくいのは、それがなんともあけすけに、死そのものであるからだ。
 老いと死のペアは重々しいドラマになるし、運命と死もまた同様である。が、愚かさと死はどうか。「運命」のような観念を一切排除した純粋な愚かさを、死と組み合わせたとき、どんなドラマが生まれるだろうか。なにも生まれない。生まれるところか、組み合わせることさえできない。
 純粋な愚かさは、純粋な自由の領域にのみ存在する。もしその自由がわずかでも歪められているなら、愚かさは「運命」の臭いを発するだろう。純粋な自由は、死と触れ合うことができない。そこには死があるか、ないか、どちらかだ。純粋な自由には限界はない。私たちが普段暮らしている、不純な自由の領域で感じられるような、「ここで生が終わり死が始まる」といった界面は存在できない。
 つまり、純粋な愚かさと死のあいだには、どんな相互関係も想定することができない。
 彼の愚かさは、きわめて純度が高く、傍目にはほとんど純粋と見える。だから彼の死をなんらかのドラマで飾ることはできない。だから彼の死は、彼の愚かさと同じくらい純粋な、死そのものとして認識するほかない。
 人はみなあのように死ぬ。なるほど、人は死ねばみなホトケになるというのは、もっともらしい話だ。

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2004年11月09日

IQ and the Wealth of Nations

 アメリカ大統領選が一目でわかる図を発見した。amazon.com

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2004年11月06日

 G.K.チェスタトンの『新ナポレオン奇譚』を読んだ。
 無類に美しい。
 これほど美しいものに、あらすじなどを言っても始まらない。ミケランジェロの「ピエタ」の特徴を述べ立てても始まらないのと同じだ。ぜひ読者諸氏もこの美に触れることをお勧めする。
 ……と言っただけでは雲をつかむような話なので、ひとつだけ示唆しておこう。この美しさは、PS2用ゲームの『天使のプレゼント』に近いものだ。
 チェスタトンは宗教思想・社会思想の観点から論じられることが多いが、不幸なことである。先入観なしにこの作品を読んで、「政治的著作」と言ってのけるほどの低脳が世にさほど多いとは思えない。そのような評価があるのは、「チェスタトンの作品だから」という先入観のせいだろう。
 思えば、美しいものに向かって「政治的」と言いたがるのは、20世紀の流行だったような気がする。今世紀は、美しいものにただ溜息をつく時代であってほしい。
 余談だが、私が読んだ邦訳の表紙は、売ろう売ろうと力んでいる(そして空回りしている)編集者の顔が見えてきそうで切ない。イラストが宮崎駿なのは、よく頑張ったと褒めたいところだが、タイトルより大きな文字で「チェスタトンの1984年」と書いてあるのはいただけない(本書は1984年刊)。時事にからめて売るなら、『ノッティングヒルの恋人』という映画がかかったときに合わせて、原題の『ノッティングヒルのナポレオン』で売る、くらいのことをやってほしい。映画のほうはすぐにみな忘れてくれるが、オーウェルのほうは誰も忘れない。

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2004年11月02日

Cayenne

 Java用のO/Rマッピングフレームワークを調査した。結論:Cayenne
 なんといっても、とっつきやすい。付属のGUIツール以外、使うべきツールがなにもない。Hibernateだと、XDocletを使い、Antを使い、Middlegenを使い、という具合にツールが積み上がってゆく。確かに柔軟で、最適化もしやすいのだろうが、そういうことは実際に問題に突き当たってから考えるのが賢い。
 ちなみにCayenneを使うコツは、主キーの値を扱おうとせず、かわりにObjectIdを使うことである。

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