クンデラ『不滅』(集英社文庫)の冒頭近くで、主人公アニェスは思考実験をしている。設定は以下のとおり。
アニェスが、夫ポールとともに自宅にいるところに、ある特別な訪問者がやってきた。その訪問者とは、地球と人類の創造者である。彼が告げたところによれば、人間はその死後、別の惑星に送られて別の生を与えられるという。それに引き続いて彼は、アニェスとポールにこう問いかける。以下72ページから引用する。
「(中略)つぎの生において、あなたがたはずっと一緒にいることをお望みですか、それとももう会わないことをお望みですか?」
アニェスはその質問を予期していた。だからこそ、訪問者と二人きりになりたいと思ったのである。ポールの前では、「もう彼と一緒に生きることを望みません」とは答えられないことを、彼女は知っている。彼のいるところでそんなふうに答えることはできないし、彼のほうにしても、彼のほうもまた来世の生をいまとは違うように生きたい、したがってアニェスなしで生きたいと思っているのは確からしいにせよ、彼女の前ではそうは答えられない。なぜならば、たがいに相手のいるところで、大きな声で、「つぎの生においては、わたしたちは一緒にいることを望みません。もう会うことを望みません」と言うことは、「わたしたちのあいだにいかなる愛もこれまで存在しなかったし、いまも存在していません」と言うのに等しいだろうから。それは彼らには大きな声では言えないことなのだ、彼らの共通の人生(すでに二十年間の共通の人生)は、愛の幻影の上に、二人とも心くばりして開発し維持している幻影の上にのっているのだから。それゆえ、この場面を想像して遂に訪問者の質問に到達すると、自分がいつも妥協するであろうこと、自分の願いに反して、自分の望みに反して、最後には「はい。もちろんですわ。つぎの生においても、あたしたちはずっと一緒にいたいとあたしは望んでおります」と、答えてしまうであろうことを彼女は知っている。
この問題のことを仮に『アニェス問題』と呼ぶことにする。
まず模範解答から。
アニェスの置かれている具体的な状況に限らず、いかなる状況であろうとも(たとえ配偶者のことをどれほど愛していても)、「もう会わないことを望む」と答えるのが正解だ。
問題は、もうひとつの選択肢、「ずっと一緒にいる」の「ずっと」にある。設問ではこれは事実上、無限(永遠)を意味している。これがもし、「次の生における一生のあいだ(そして次の次の生は存在しない)」であれば、その内容を検討してから答えるべきだろう。しかし永遠では話にならない。
なぜか。
まず、アニェスの置かれている具体的な状況にひきつけて答えよう。アニェスは愛の幻影を維持しなければならないが、その幻影は、永遠を要求するべきではない。「現在の生における一生のあいだ」と有限期間に限定された(現実の生活では自動的にそうなっている)からといって破壊されるような幻影は、そもそも価値が低い。
永遠を要求する幻影は、離婚などによって遡及的に破壊される。現実に破壊が起こるかどうかは問題ではない。その可能性がある、という点が問題だ。このような可能性に脅かされている幻影は、薄く弱い。安定性に乏しく、動機付ける力も弱い。
つまりアニェスは戦術上のミスを犯している。永遠を要求するような愛の幻影という、価値の低い地点を守ろうとしているのだ。
この理屈は、アニェスの置かれている具体的な状況にかぎらず、あらゆる状況で成立する。遡及的に破壊される可能性がある地点を占めるべきではない。
さて本題である。
このアニェスという登場人物は、私にとって大きな謎だ。強い親近感を覚えつつも、理解を絶する。価値の低い地点を守ろうとするのも、アニェスが馬鹿だからと片付けるのではなく、人物造形の一環として捉える必要がある。
アニェスは人類との無関係を望んでいる。彼女は、愛する亡父のことを空想して、印象的な振る舞いをさせている。以下41ページから引用する。
(中略)父は沈みつつある船に乗っている。あきらかに、救命ボートは全員を受けいれることはできそうにないので、甲板では押しあいへしあいが猛烈になっている。父はまず最初は他のひとびとと一緒に走りはじめるのだが、激しく足を踏みつけあうのも辞さずに、身体と身体をぶつけあう乗客たちの白兵戦にぶつかったり、道筋を妨げているというので、あるご婦人から拳で激しい一撃を受けたりして、ふいに立ちどまり、ひとりだけ離れてしまう。結局、喧騒と罵詈雑言のなか、荒れくるう波の上にゆっくり降りてゆく、すしづめのボートを父はただ見まもるだけ。
(中略)憎しみというものの罠は、憎しみがわれわれをあまりにきっちりと敵に結びつけてしまうことである。それが戦争の猥褻さである。相互に流される血の親密さ、眼と眼を見つめあってたがいに刺しちがえる二人の兵士の淫蕩な接近。アニェスはそう確信している。というのは、父が嫌悪したのは、まさしくそういう親密さなのだ。船の上での押しあいへしあいが彼の心を嫌悪感でいっぱいにしたので、むしろ溺死するほうを選んだのだ。たがいに打ちあい、足を踏んづけあい、相手を死地に送りあうひとびととの肉体的な接触は、海の清浄さのなかでの孤独な死よりも、ずっと厭わしいと父には思えたのだ。
この振る舞いは、アニェスがかくありたいと願う自分自身でもある。
アニェス問題における彼女の振る舞いは、人類との無関係を望むこととつながっている。愛の幻想も、できるだけ価値の低いものであってほしいと彼女は願っている。動機付けられることを望まないのだ。そのためにかえって物理的には夫ポールに結びつけられてしまうという逆説が、(アニェスの具体的状況における)アニェス問題のキモである。
『不滅』の作中では、物理的に結びつけられた状態を選んだまま、アニェスは死ぬ。踏み切らないまま、やらかさないまま死んでしまうあたりが、糞大人の糞文学たる所以だ。
では、やらかしてしまったら、どうなるのか――という話をいま書いている。が、やはりどうにも理解できない。アニェスとは長い付き合いになりそうな予感がする。
フィクションの倫理について。
まず、読み手と書き手の態度から。
説教くさいフィクションは、倫理的に問題がある。「ここから教訓を引き出せ」と要求する態度には、なにかしら邪悪なものがある。書き方だけでなく読み方にも同じ倫理が適用される。フィクションから教訓を引き出そうとする読み方も、やはり邪悪だ。「性描写」が「ソフト」だの「ハードコア」だのと云々する態度は、ポルノ業者の片棒担ぎとしか思えない。
フィクションとは、他の手段をもってする説教の継続ではない。なんの継続でもない。美と快がすべてだ。そのためにフィクションは嘘を描くのだ。
美と快による評価を逃れようとする態度は邪悪だ。そのような態度は、フィクションを成り立たせるための基本的なルールに反している。ニセ托鉢やインチキ募金のようなものだ。
もうひとつ、因果関係の倫理がある。
ありうべからざる奇跡として「強姦されてハッピーエンド」が起こるフィクションは、まさにそのありえなさのゆえに、美しく快い。だが、物理法則のように当然に「強姦されてハッピーエンド」が起こるフィクションは、なにかしら邪悪だ。
昔は、読み手と書き手の態度に問題があることが多かった。今では、因果関係に問題があることが多い。少コミも例外ではない。
では第6号のレビューにいこう。
・水波風南『狂想ヘヴン』連載第9回
あらすじ:彼氏役(蒼以)が乃亜の弱点を突く。水泳部の活動再開が成り、頭数あわせのため乃亜が水泳部員にさせられる。
罪について。
水泳部を潰した工作についての蒼以の反応をみるかぎり、乃亜の悪行三昧は、水泳部問題にとどまるものではなさそうだ。
この第9回で蒼以は、乃亜に反逆しながらも、乃亜の過去の悪行三昧を不問に付す態度を見せた。水泳部を潰した工作を公にしないままで、水泳部を活動再開させたのだ。
この時点で蒼以は、乃亜の過去の悪行三昧の共犯者になった。「脅されて従っていた」という言い分はもう通らない。もし水結が蒼以に同調して、乃亜の過去の悪行三昧を不問に付すなら、水結も共犯者だ。おそらく、そういう展開になるだろう。
そして、もっとも重要なこと――蒼以には、自分が共犯として罪を重ねているという意識がまるでない。演出上も、共犯の罪の存在など、まったく読み取れない。それどころか、乃亜の過去の悪行三昧までもが消え失せたかのように読める。
目を疑う、とはこのことだ。
水泳部問題に限っても、被害をこうむったのは、水結と夏壱だけではない。汚名を着せられたままの元水泳部員たちがいる。彼らを存在しないことにするつもりなのか。
作者には、いわゆる「罪の意識」というものがまるで欠けているのではないか、と思わざるをえない。目の前の仲間が許してくれればオールオッケー、目の前にいない被害者なんか幽霊以下、という意識でいるのではないか。
もし次回、水結と夏壱が共犯者になることを拒み、乃亜の弾劾へと話が進むなら、納得できる。この展開では、蒼以が乃亜をかばうことになるが、その過程を通じて、乃亜を強力なライバルとして位置づけ直すことができる。が、そうはならないだろう。
採点:☆☆☆☆☆
・池山田剛『うわさの翠くん!!』連載第13回
あらすじ:寮で風邪が流行。サッカー部員たちのアピールタイム。
男子校潜入モノの醍醐味、バレる・バレないのスリルが足りない。
採点:★★☆☆☆
・織田綺『LOVEY DOVEY』連載第15回
あらすじ:主人公(彩華)と彼氏役(芯)の仲を疑う当て馬(涼)。キスシーンを目撃されるが強引に乗り切る。そんな涼を彩華へとけしかける純。
涼の味がうまく押し出せていないのが惜しい。
採点:★★★☆☆
・麻見雅『大神さん家のオオカミくん』新連載第1回
あらすじ:血のつながらない兄二人と同居することになった主人公。
絵や話や演出をどうこう言う以前に、生理的に好きになれない。前世の縁が悪かったのだろう。
採点:☆☆☆☆☆
・車谷晴子『極上男子と暮らしてます。』連載第3回
あらすじ:主人公と彼氏役が両思いに。
麻見雅といい車谷晴子といい、「強引な彼氏役を描くのは無能な作家」という法則を唱えたくなってきた。
採点:☆☆☆☆☆
・しがの夷織『めちゃモテ・ハニィ』連載第16回
あらすじ:彼氏役はもうじき海外留学に行ってしまうと知った主人公。その事情を聞かされた当て馬(前回登場のパティシエ)が、主人公に迫る。
いよいよ連載を終わらせにかかったか。確かにこれは、とっとと次に行くのが正解だ。
採点:★☆☆☆☆
・藤原なお『JAPANラッキーガール』読み切り
あらすじ:悪運にとりつかれている(と信じている)主人公。幸運アイテム(と思い込んだ)のペンダントをもらうが、なくしてしまう。しかしペンダントなしでも彼氏役に告白して結ばれる。
そつなくまとめている。だが、彼氏役に味が足りない。
採点:★★★☆☆
・くまがい杏子『はつめいプリンセス』連載第13回
あらすじ:貧乏デート。
健康ランドといい、オチの傘といい、冴えている。
採点:★★★☆☆
・新條まゆ『愛を歌うより俺に溺れろ!』連載第24回
あらすじ:男海山高校の姫コンテストで秋羅がライバルと対決。
手筋手筋で手堅く進んでいる。
採点:★★☆☆☆
・青木琴美『僕の初恋をキミに捧ぐ』連載第36回
あらすじ:繭が生きていた。昂に死亡フラグ。
わけがわからない。
・死体のそばで「愛してる」とぬかして気分を出す逞と繭
・なんの仕込みも説明もなく取り違えられている携帯電話
死について。
死が重々しく扱われている話のわりに、死体の扱いが驚くほど軽い。人ひとり死ぬ話をやっておいて、死亡フラグひとつ立てただけとは。
他人とはいえ死体に直面した逞が、自分の(そして照の)死を思って脅える、などといった手もあっただろう。それが、死体のそばで「愛してる」ときた。わけがわからない。
演出も無理がある。ありていにいって、知能の低いサルのような読者だけを残すような演出だ。もしかすると単行本で改稿するつもりで描いたのだろうか。
採点:☆☆☆☆☆ 本当は採点なしにしたい
・山中リコ『キミをいただき!』読み切り
あらすじ:テストで万年2位の主人公は、万年1位の彼氏役を意識している。それは彼氏役の思うつぼだった。
話が雑然としていて、まとまりや要点がない。
採点:★☆☆☆☆
・咲坂芽亜『姫系・ドール』最終回
あらすじ:主人公がモデルになってコンテストに出場したら、トラブルが発生。しかし彼氏役と二人で乗り切る。
前回に引き続き、絵のテンションがおかしい。
採点:★★☆☆☆
第19回につづく
漫画家のすぎ恵美子さん死去
死因は胃がんとのこと。
すぎ恵美子は、一昨年末から昨年春にかけて、かなり長いこと入院していた。独身らしいので、告知はされていただろう。
最後の連載となった『水戸黄門外伝 DokiDokiアキの忍法帳』は、学年誌の「小学5年生」に掲載だったので、目を通していない。
私が最後に読んだ作品は、「Cheese!」2006年7月号増刊に掲載された読み切りの、『カノジョノアソコ』だ。私はこれを読むためにCheese!増刊を買った。軽やかで切れ味のいい、すぎ恵美子らしさにあふれた佳作だった。
思い返してみると、晩年の連載は冴えない。掲載誌の対象年齢が高すぎて相性が悪かったらしい。たとえば『砂糖菓子少年』だ。
『砂糖菓子少年』は、20代なかばの主人公(女性)が、小学6年生の無邪気な少年(外見は20歳くらい)に魅力を感じる、という話だ。長年のすぎ恵美子ファンなら、この設定に違和感を覚えるだろう。性的虐待にかかわる話になるからだ。
すぎ恵美子は、実生活とは無縁な妄想としての性は描かなかった。BLの「強姦されてハッピーエンド」は、妄想としての性の典型例だ。といっても、すぎ恵美子は、実生活にありがちな話を描いたわけではない。実生活の延長上にあるものを、実生活の誇張として描いた。BLの「強姦されてハッピーエンド」は『魁!! 男塾』のバトルのようなものであり、すぎ恵美子の描く性は『グラップラー刃牙』のバトルのようなものだ。
『魁!! 男塾』の世界では、死はたいした問題ではない。たとえ死んでも、話の都合で生き返る。それと同様に、BLの世界では性暴力はたいした問題ではない。話の都合で(被害者と加害者が)ハッピーエンドになる。『グラップラー刃牙』の世界では、死んだ人間は死んだままだ。それと同様に、すぎ恵美子の作品世界では、性暴力は深刻な問題になる。
性的虐待の可能性がすぐそばにあるような設定では、おのずと手が縮む。シリアスで重厚な作品ならそれも活かせるが、すぎ恵美子の魅力は軽やかさにある。『砂糖菓子少年』は、すぎ恵美子らしい軽やかさがなく、重苦しい印象を残す作品になった。
私はこのあたりから、すぎ恵美子の新作を読まなくなった。『R-18』も『ラブ・クリニック』も1巻でやめてしまった。『お兄ちゃんにはわかるまい!』には多少の手ごたえを感じたが、未完になってしまった。
『愛†少女』は、主人公が限られた短い命を生きる話だ。軽やかな作品ばかり描いてきた作者には珍しい。いまから思えば、もしかすると、作者自身のことが反映されているのかもしれない。死んでなおハッピーエンド、というオチをかなり強引につけたのも、それが原因かもしれない。
残念ながら、『愛†少女』もあまり好きな作品ではない。
すぎ恵美子の長期連載のなかで、最高傑作はどれか。
普通に考えれば、『♂(アダム)と♀(イブ)の方程式』『くちびるから魔法』『げっちゅー』のどれか、ということになるだろう。
『方程式』は大ヒット作だ。少女まんがにおける性に転機をもたらした、エポックメーキングな作品でもある。代表作を選ぶなら『方程式』だろう。
『くちびるから魔法』は、私見では、すぎ恵美子の絵がもっとも美しかった時代だ。すぎ恵美子を知らない読者に、古本屋でめくってほしいのは、『くちびるから魔法』だ。
『げっちゅー』は最長連載である。すぎ恵美子の魅力が満載とはあまり言えないが(軽やかさが足りない)、新しいもののほうが印象的なのは人の常だ。
以上3作のどれかを選ぶのが普通だろう。しかし私は、『子供じゃないモン!』を推す。
すぎ恵美子は、おなじみのワンパターンを繰り返すことのできない作家だった。たとえば彼氏役の造形にもそれは表れている。彼氏役の印象が、作品ごとにずいぶん違う。だが、ワンパターンを避けるということは、安定性を欠くということでもある。上記3作のどれも傷が多い。
『子供じゃないモン!』は、完成度という点で、上記3作よりも優れている。すぎ恵美子の魅力満載という点でも、高く評価できる。後世に記憶されるのが『方程式』だとしても、最高傑作は『子供じゃないモン!』だ。
(読み切りについては記憶に自信がないので、最高傑作を選ぶのは、全集が出たときにしたい。出るとも思えないが)
初期作品について。
1977年12月号デビューだが、私の記憶が正しければ、『雪・ゆき・ストーリー』(1980年)より前の読み切りは単行本になっていない。デビュー作としていつも略歴等に書いてある『12月のミステリー』を読んでみたいものだが、まだその機会がない。
初期作品から構成は確かで、こういう能力は才能なのだと思わされる。すぎ恵美子の魅力のひとつである、頭のネジの外れた変な発想も、ちゃんと出てくる。『雪・ゆき・ストーリー』の彼氏役など、よく編集者がOKを出したものだと思う。
最初の長期連載『AOI・こと・したい』が、タイトルのインパクトもあって有名だが、いまから読むなら『USAGIちゃんねる』のほうがいい。当時の時代風俗が垣間見られて楽しい。
変な発想で、軽やかに、切れ味よく。
楽しかった。
ありがとう。さようなら。
タダほど高いものはない――電子メールのことだ。
予言しよう。いまから100年後、2107年2月11日にも、人類はまだ電子メールに依存している。
人々が受け取るスパムの量は10^4倍に増加している。つまり全メール流量の99.999...%はスパムだ。
その文面も、人工知能によるスパムフィルターを突破するべく、これまた人工知能を駆使して書かれたものになる。よくできたスパムを、文面からだけでスパムと見分けることは、まったく不可能になる。
あらゆる障壁を突破して人々が読んでしまうスパムの量は、10~40倍に増加している。メールアドレスを名刺に書くことは、スパムの検討に毎日2時間を費やすことに等しくなる。なのに電子メールの利用率は現在と変わらない。
小手先のスパム対策でメールをはじくISP(hotmail、yahoo)に対策するため、メールサーバの設定は極度に難しく流動的になり、個人や小規模団体がメールサーバを運営することは完全に不可能になる。
誰もが嬉々としてスパム対策のコストを支払い続けて電子メールを延命する現状をみるかぎり、こうした未来は確実に――QWERTY配列が永遠に続くのと同じくらい確実に訪れるだろう。
この本は、本屋でぱらぱらと眺めるときにはお買い得に見えるが、驚異的なまでに役に立たない。
驚異その1:文章の量が過剰で、内容が乏しい
これほど密度の薄い文章をよくこれほど大量に書けるものだと驚く。具体的な例が非常に少ない。画像が具体例のつもりだろうか。必要なのはエピソードだ。ひとまとまりのストーリーだ。
驚異その2:アンチパターンが皆無
普通、UIは減点法の世界だ。あまりにも素晴らしいデザインなので細部の欠点など霞んでしまう、ということは滅多にない。
常識どおり平凡に作ればいい、というものでもない。常識どおり平凡に作ったものが、とんでもない減点になることがある。その常識は、製作者の常識であり、ユーザの常識ではないからだ。
減点法の世界では、アンチパターンの出番だ。人間はみな同じように間違える。ここやここで紹介されているような、印象的な失敗例が必要だ。それがない。少ないのではなく、ゼロだ。
(どこかを見落としているかもしれないが、それは印象的な例ではなかったということだ)
というわけで、本書は驚異的なまでにお勧めできない。上でご紹介したJoel on Softwareの『プログラマのためのユーザインタフェースデザイン』を読むほうが、百倍は役に立つし、読む時間はずっと少なく、しかも無料だ。
7andyへのリンクは貼っておくが、「この顔を見たら地雷回避」というためのものだ。間違っても購入なさらないように。7andy
すれっからしの私から、いたいけな読者諸氏に、ひとつ忠告する。
雑誌の投稿欄の記事がみな本物の投稿文だと思ってはいけない。往々にして編集プロダクションのでっちあげだ。特にエロ投稿文は、十中八九が編集プロダクションのライターによる捏造だと思っていい。
エロ文章はあるフォーマットに厳格に従っている。このフォーマットから逸脱すると、滑稽で荒んだ感じの文章になる。そしてほとんどの素人は、このフォーマットに合わせて書くことができない。だから素人の投稿文は役に立たない。そこで編集プロダクションのライターが、よくても大幅な修正、悪ければ捏造をする。
では第5号のレビューにいこう。
・池山田剛『うわさの翠くん!!』連載第12回
あらすじ:振られ役(カズマ)のアピールタイム。
少女まんが的に難しいところ(たとえばサッカーは難しい)はちっともないのに、迫力に欠ける。
どこがどうまずいと指摘するのは難しいが、とりあえず、主人公の胸の描き方はどうか。記号的に描かれている胸では、それを見てしまう男も記号的になる。
採点:★★☆☆☆
・くまがい杏子『はつめいプリンセス』連載第12回
あらすじ:主人公(しずか)が惚れ薬を間違った相手に飲ませてしまい、彼氏役(はじめ)が一苦労。
オチのつけかたがいい。得がたいバランス感覚だ。
採点:★★★☆☆
・車谷晴子『極上男子と暮らしてます。』連載第2回
あらすじ:主人公を真面目に口説く彼氏役。
相変わらず関連性と因果関係の厚みに乏しい、散漫な話だ。たとえば、彼氏役の行動パターンが変化した理由が、それまでの自己中心的な行動パターンとあまり整合しない。
採点:★☆☆☆☆
・しがの夷織『めちゃモテ・ハニィ』連載第15回
あらすじ:ケーキ教室に通う主人公(愛)。その講師をしたパティシエが愛に惚れる。それを見抜いてリアクションを取る彼氏役。
この作者のネタ振りを真面目に拾う気にはなれないので、適当に読んでいる。
採点:★☆☆☆☆
・咲坂芽亜『姫系・ドール』連載第2回
あらすじ:コンテスト用のレディースのデザインに挑戦する彼氏役。一山あって主人公と相思相愛に。
話は普通だが、絵のテンションがおかしい。作者に精神的になにかあったのかと思わせる。
採点:★★☆☆☆
・織田綺『LOVEY DOVEY』連載第14回
あらすじ:「恋愛禁止」の校則を徹底しようとする当て馬(涼)が登場。
前回登場の純とあわせて、6話くらいかかるような大作戦をやるつもりだろうか。
採点:★★★☆☆
・水波風南『狂想ヘヴン』連載第8回
あらすじ:彼氏役(蒼以)が乃亜に公然と逆らう。それと並行して、乃亜に操られていた当て馬(夏壱)が正気に戻る。
蒼以が乃亜に逆らうときのセリフが、第5回の描写と矛盾している。乃亜の報復能力はハッタリだと蒼以は言うのだが、乃亜の報復能力の確かさは、蒼以の親の反応によって裏付けられている。報復能力というのは戦略核兵器と同じで、たとえ相手の能力が多少疑わしいとしても、それを実戦で試すには、相当な無謀さが要る。
構成からみて、乃亜をこれ以上引っ張るとはあまり思えないが、もし引っ張るのなら、乃亜の報復能力が本物でしかも発動すると面白い。これは夏壱が仲裁役として使える展開になる。
採点:★★★☆☆
・青木琴美『僕の初恋をキミに捧ぐ』連載第35回
あらすじ:交通事故で繭が死んだ?
いちおう「?」とはしてみたものの、ここから夢オチだの取り違えだので生きていたことにするのは、演出的に無理がある。照の死のときも、これくらいの演出で普通に死んだ。
構成的にいえば、照の死と呼応することになるので、ありえない手ではない。しかし具体的にどう展開するのか、わからない。前回に妄想したとおりに、逞と昂と頼が野郎ばかり三人でうじうじと死んだ二人のことを回想する、という展開になったら神だ。
採点:★★★★☆
・あゆみ凛『恋なんかじゃない!?』読み切り
あらすじ:互いに男女を意識していなかった幼馴染の主人公と彼氏役が、意識して結ばれる。
「型にはまって嬉しいな」思想=DQN=右翼=スターリニスト。
採点:★☆☆☆☆
・新條まゆ『愛を歌うより俺に溺れろ!』連載第23回
あらすじ:秋羅にライバル登場。
やっと連載回数が「23rd」になった。
採点:★★☆☆☆
・悠妃りゅう『はずかしいほど、キミと』読み切り
あらすじ:主人公は地味な委員長眼鏡っ子(理子)、実はグラビアアイドル(こころ)。片思いの彼氏役はこころのファンだが、あるとき理子がこころだと見抜く。
今までの作品に比べて、目覚しく進歩している。眼鏡をまともに使っている。整合性や流れもいい。
採点:★★★★☆
・伊吹楓『感じるすぺしゃるオーダー』最終回
あらすじ:主人公が彼氏役と結ばれる。
特にどうということもなく普通に終わった。
採点:★★☆☆☆
第18回に続く