かつてロリコンブームというものがあった。1980年代半ばのことだ。
ロリコンブームを吾妻ひでおやかがみあきらに結びつけるのは、記憶の美化もはなはだしい。ロリコンブームに乗って出てきたまんが家のほとんどは、ゴミのような絵を描いた。もちろん、そうしたゴミ描きのほとんどは、今日では忘れられている。だが私は確信を持って言える。彼らゴミ描きこそが、ロリコンブームだった。
(もちろん、素晴らしい絵を描く作家もいた。松原香織はロリコンブームの最良の部分だった)
蛭児神建は、個人的には、雑誌『プチ・パンドラ』の編集長として記憶している。ロリコンブームの爆心地近くで活動していた人物だった。
さて本書である。一言でまとめれば、気違いの泣き言だ。実在の人物のことが書いてあると思わなければ、それなりに面白い。7andy
褒めたので、例によってイチャモンをつける。気違いの泣き言にイチャモンをつけるのも馬鹿げているが、どうしても一つだけ言わなければならない。
95ページで、著者は自分をゴルバチョフにたとえている。どちらも、自分で始めた事業が暴走して自分の手に負えなくなった、と。
イチャモンをつける前に、物事を整理するため、気違いの言うことに反論する愚をあえて犯そう。
著者のこの言明は、ほとんど意味をなさない。ゴルバチョフが始めたのは、偉大な事業である。偉大な事業は、理念によって動く。その事業に携わる人々が、ひとつの理念を共有している。この理念は、ひとりの人間がスイッチを入れたり切ったりできるようなものではない。
ロリコンブームの渦中にいた人々が、なにかを共有していたことは確かだ。しかしそれは理念と呼べるものだったか。
もうひとつ。著者は、ゴルバチョフのように操縦席にいたわけではない。スイッチを切れると思うのは、まさに気違いの誇大妄想だ。
反論はここまでで、ここからがイチャモンだ。
著者がゴルバチョフを引き合いに出すのは、不適切なだけでなく、不愉快でもある。
ゴルバチョフは、今でも信じている。「社会主義は正しい」、と。だからペレストロイカを始めた。社会主義を立て直すために。しかし著者はどうか。「ロリコンは正しい」と信じているか。いや。それどころか、「ロリコンは間違っている」「ロリコンは病気だ」と信じている。
私は、社会主義が正しいとは信じられない。ロリコンが正しいとも信じられない。見解の相違でいえば、私とゴルバチョフの相違のほうが、私と著者の相違よりも大きい。
だが私は知っている。著者とゴルバチョフの、どちらが尊敬すべき人物であり、どちらが避けて通るべき人物であるかを知っている。一方は、正しいと信じたことを行い、世界をよりよい場所にしようとして、ある程度まで成功した。一方は、自分を変質者とみなし、同病相哀れむ仲間と篭るシェルターを求めた。
ただのイチャモンで終わるのも芸がないので、もう少しだけ続く。
本当に重要なことは、なかなか文字にできない。あまりにも当たり前すぎて、書くべきこととして認識するのが難しい。本書を読んで私はそのチャンスを得た。百合について、まだ書いていない、書くべきことがある。
百合は正しい。百合は、人類の明るい未来、21世紀のグローバルスタンダードだ。私はそう信じている。この「信じている」というのは謙遜した言い方で、本当は、信じているのではなく、知っている。あまりにも自明のことなので、書こうとは思わなかったくらい、知っている。
百合の現状は、けっして満足すべきものではない。だが、「百合は正しい」という感覚が広くみられることは、きわめて喜ばしい。百合が求めるのは、シェルターではなく、革命だ。
ある技術の将来性を見極めるには、どうすればいいか。.NET Frameworkはどのくらい未来があるのか? Sun Java Studio Creatorは?
難しい問題だが、私なりの答を得た。
本屋に行き、その技術に関する本がいくつあるかを数える。4つ以上見つからない場合は、この方法は使えない。そして、見つかった本のうち、薄い本がいくつあるかを数える。
将来性のない技術には、分厚い本しかない。
この方法で私は、ASP.NETに将来性がないことを知った。
悲しいことだ。ASP.NETは明らかに、JSFの10倍は優れているし、PHPとは同日に語ることさえできない。しかし、ASP.NETがWindows Server(約17万円)とSQL Server(約45万円~)を意味するかぎり、WebObjectsと同じ運命をたどるだろう。
また、これは本ではなくWeb上の情報からの印象だが、MozillaプロジェクトのXULにも、「分厚い本しかない」のと似た印象がある。カタログ的には本当に素晴らしいが、薄い本を書くことはできない、そんな技術だ。
親族・相続法にはお国柄が出る。カトリック諸国は離婚に厳しい。ソ連は非嫡出子と嫡出子を区別しない。
日本の戦前の親族・相続法では、家制度が前面に押し出されていて、大きな特徴をなしていた。戦前の民法では、「家督相続」や「分家」が法律行為だった。これは戦後に改正された。とはいえ、戸籍の編成や非嫡出子の相続などに、家制度の名残りが見える。
生物学上の血縁にこだわるのも特徴で、これは「特別養子縁組」という奇妙な制度に結実している。万世一系の手前があるからだろうか。
*
食後すぐに、私は緋沙子にメールを打った。『今日、帰りにうちによっていって』。
それからタクシーを呼び、駅前のデパートに出かけて、和菓子を買った。陛下がおやつに召し上がるような、とまではいかないが、とりあえず見栄えはする。
午後九時、緋沙子からメールの返事があり、それからすぐに本人がやってきた。
「おみやげもご用意できませんでしたが――」
「いいって、そんなしゃちほこばったお招きじゃないでしょうが。いまお茶いれるね。今日は和菓子なんだよ」
あらかじめ居間に座卓と座布団を用意しておいた。お茶をいれ、お菓子を出す。細工の凝った和菓子を、緋沙子はしげしげと眺めていた。それからぽつりと、
「通販ですか」
私が通販ばかりしている、という話を昨日したばかりだった。私は笑いながら、
「駅前のデパートの地下」
「わざわざ買ってきてくださったんですね。ありがとうございます」
「ひさちゃんだって昨日、わざわざ買ってきてくれたんでしょう?」
「私のは通り道ですから。
私をお招きくださるときは、当日の午後3時までにご連絡いただければ、お菓子をお持ちします」
「なに言ってんの、それじゃお金が大変でしょう」
「そんなにたくさんお招きくださるんですか。嬉しいです」
まだ手をつけずにいた和菓子を眺めながら、緋沙子は目を細めて微笑んだ。
「あ、えーと、そういう意味もあるんだけど――」
そのまましばらくお菓子の件で話しあい、結局、緋沙子がお菓子を買ってきて、その代金は私が出す、ということになった。
和菓子がなくなったころ、私は二杯目のお茶をいれながら、緋沙子に訊ねた。
「立ち入ったこときくけど――ひさちゃんがイギリスに行くのを助けてくれたのは、誰?」
緋沙子は目を丸くして答えた。いまさらなにを、という驚きだった。
「陸子さまです」
予想どおりだった。
小学生だった緋沙子と接触のあった有力者は誰か。あやうく審判を逃れて鑑別所を出たばかりの緋沙子を、メイドとしてお側仕えにすることができるほど、財団に影響力を振るえる人物は誰か。陛下のほかにありえない。
「帰ってきたら公邸で雇う、っていう約束だったわけね」
「はい」
陛下は私に隠し事をなさらないものと、決めてかかっていた。けっしてそんなかたではないのに。
「ご両親はどうやって説得したの?」
「母は死んでいましたし、父は、私への性的虐待のために親権を停止されました。ほかに引き取り手がなかったので、私は千葉市の子供の家にいました。私は家出して行方不明になったという処理をされたはずです」
千葉市子供の家――陛下が11歳までおられた施設。
「それじゃあ――いまは――」
「陸子さまが用意してくださったマンションで暮らしています」
「ひとりで?」
「はい」
私は、言うべき言葉がみつからなくて、緋沙子を抱きしめた。
抱きしめたまま、どうしていいのか、わからなくなる。離れることができない。どうして、こんなにも、愛しいのだろう。自分がわからない。
「設楽さま――」
「なに?」
「設楽さまは私を哀れんで、こうしてくださっていると思います。でも私は、こうしていると、……欲情を催します」
それで少し正気に返った。いまなら離れられそうな気がする。けれど、言われたとたんに離れるのでは、『想像なんて、私に黙ってすればいいじゃない』と言い放った手前、きまりが悪い。
「別に、いいよ」
「誘って、おられるんですか?」
抱きしめる私の手を、緋沙子の手のひらが包む。
悪い気持ちはしなかった。それどころか――
私は身体を離した。
「そういうわけじゃなくて、その、」
緋沙子は、射るような鋭いまなざしで、言った。
「私で遊ばないでください。哀れんだり、欲情させたり、突き放したり、そういうのは嫌いです」
耳に痛かった。緋沙子をもてあそんだりしないよう、陛下にお願い申し上げたのに、その私がいつのまにか、緋沙子をもてあそんでいる。
「……ごめん」
「わかってくだされば、いいんです。……わかってて、そうしてくださるなら、いいんです」
わかってて――陛下のなさっていることだ。
「今度から、気をつける」
沈黙が落ちた。話題を探す。
両親のことは聞けない。子供の家のことも、楽しい思い出のはずがない。陛下との絆――それがいい。
「陛下に初めてお目見えしたのは、いつ?」
「先月です」
私は驚いて、
「それまで、手紙だけ?」
「主に電子メールでした。お電話も何度か」
ロンドンからも欠かさずメールをやりとりしていたことや、初めてのお目見え、公邸への初出勤などを、緋沙子は目を輝かせながら話した。私との出会いに話が及んで、私は訊ねた。
「私が陛下の内縁の配偶者だ、って吹き込んだのは誰?」
すました顔で緋沙子は、
「それは嘘ですと申し上げたはずです」
「カマかけたんだ?」
「ノーコメントです。それに、もし設楽さまのお答えがイエスでも、私は変わりなく陸子さまにお仕えするつもりでした」
「そうでしょうね」
『陛下を抱いたの』――そう告げたいという衝動が、また襲ってくる。
「……そうだ、設楽さまに嫉妬したこと、思い出しました。
設楽さまは最近、陸子さまに、裸のお姿をご覧いただきましたね。それだけではないと思いますが」
そのタイミングはまるで私の衝動を見抜いたようで、私は自分の頬が青ざめるのを感じた。
「うん」
「嫉妬しました。私はまだ自分の素肌を、あまりご覧いただいていません」
「着たまま、してるんだ」
「はい」
話題を変えようと思った。が、
「服とか汚れない?」
「気を使います」
「陛下も? ひさちゃんの服が汚れないように気をつけてくれてるの?」
「はい。私もそのことをお尋ねしたのですが、そういうところに気を使うのも楽しみのひとつ、とのことです」
どう考えても、聞くべきでないことを聞いている。自分が嫌になってきた。今度は口に出して、
「……話題を変えよう」
すると緋沙子は、まるで予定していたかのように滑らかに、
「このお宅は、護衛官の官舎だと思いますが」
と、まったく別のことを言い出した。
こういうのも如才ないというのだろうか。少し違う気がする。とはいえ、ありがたいのは確かだった。
「そう。便利なんだか不便なんだか」
「護衛官に就任して、ここに引っ越してこられたときは、どんなお気持ちでしたか?」
「そっか、ひさちゃんは引っ越したばっかりだもんね」
初めてのひとり暮らしの話でひとしきり盛り上がり、そのうち新居を訪ねるという約束を交わすと、緋沙子の帰る時間になっていた。
バス停まで送ってゆく。バスが来るまで一緒に待とうとしたけれど、昨日と同じく、緋沙子に強く断られた。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
別れの挨拶のあと、ゆこうとして、立ち止まる。緋沙子の視線が、心にひっかかった。
「――どうしたの?」
「設楽さまこそ」
「なんか、気になって。気のせいかな?」
次の瞬間、緋沙子はなんの前置きもなく、それでいて予定していたように滑らかに、核心を突いた。
「今日の設楽さまは、ひとりになるのを恐れていらっしゃるように見えます」
どうして?――緋沙子に尋ねる前に考えてみて、答えはすぐに出てきた。
美園のことから逃れたい。その記憶、未来、感情、意思から、逃れたい。
「……うん」
「もしよろしければ、今晩はお宅に泊めてください」
その申し出に、私はぐらつきながらも、
「恐いっていうのは、なにが恐いのかわかれば、もう恐くないの。ありがとう」
今度はもう振り向かずに家へと歩いていった。美園のことを思いながら。
Continue
先ごろハリウッドで映画化され、しかも中国人が主役を演じたという、愉快ないわくのあるアメリカ製花柳小説である。
まず言っておこう。面白い。さすがはアメリカ人、少コミもどきの俗手が連発する。花柳小説にありがちな、安っぽい高級感がまるでない。考証面でも、芸妓の経済生活をしっかり押さえているところがいい。前借金による芸娼妓契約があった時代には、花柳街での金は果てしなく重かった。翻訳がまた素晴らしい。正確さは知らないが、綿密で美しい。
これで十分に褒めたと思う。
私は、滅びた人々のために書かなければならない。女郎・娼妓のために。
文庫版127ページから引用する。
(娼妓を指して)「着物や髪飾りは芸者のようなものでしたけれど、帯だけは背ではなくて腹のほうで結んでいるのでした。へんな結び方で、見たこともないと思っていましたが、じつはこれが娼妓の目印になるのです。夜っぴて帯をといたり結んだりしなくてはいけないとしたら、背中で結ぶのは手間がかかってたまりません」
これだけの労作をものした著者にしては、ずいぶん簡単なところで事実誤認をしたものだと思う。
そもそも帯は前で結ぶものだった。後ろになったのは近世からだ。かつての女郎・娼妓が廃れた前帯をやめなかったのは、現在の芸者が廃れた白塗り・和服をやめないのと同じこと、つまり、滅びつつある業界の通例である。戦後、芸者がホステスに生態的地位を奪われたように、近世には、女郎が芸者に生態的地位を奪われていった。
さらに、芸妓と娼妓の関係からいって、これは罪のない単純な事実誤認とはいいがたい。
芸者は女郎を否定することで発生した。芸者的世界観では、性行為がきわめて重視される。「性行為を売らない」という点が芸者のアイデンティティの中核であり、この点で女郎を否定し、差別化を図る。この差別化というのはマーティング的なものにとどまらず、芸者自身が、女郎に対して差別意識を抱く、ということでもある。
芸者的世界観では、女郎が売るのはなんといっても性行為であり、ほかのものはおまけにすぎない。「イメージを売る」という見方はまったくなされず、そのかわりに「芸」と「性行為」が重視される。もし、芸や性行為でなくイメージを売るのだとしたら、芸者も女郎も五十歩百歩ということになってしまう。芸者的世界観はこんな結論をけっして認めない。
主人公は一流の芸者として、「不見転の芸者は偽物」と切って捨てるが、それをいうなら、一日に複数の客と性行為をするような位の低い娼妓も偽物だ。娼妓の前帯を指して、「夜っぴて帯をといたり結んだり」と結びつけるのは、不見転の芸者をみて「芸者は体を売る商売」と断じるのと同じだ。
そろそろ、おわかりだろうか。この事実誤認は無邪気なものではない。芸者的世界観から発した、悪意のある差別的な誤解だ。
この誤解をする主人公が、人格的に問題のあるチンピラ芸者なら、まだ理解できる。だが主人公は一流の芸者だ。娼妓への差別意識が予備知識なしに読み取れるような描写も見当たらない。予備知識のない読者なら、この誤解を額面どおりに受け取り、娼妓への差別を受け継ぐ危険は大きい。
娼妓への差別が広まったところで、もう娼妓は滅びているから、誰も被害を受けない。だが、存在を許されないものはみな私の友である。だから、滅びた人々も、まぎれもなく私の友である。
津原やすみの「あたしのエイリアン」シリーズ(講談社X文庫ティーンズハート)には、大いに影響を受けた。
たとえば、「うひゃあ」というセリフ。これは「名人に定跡なし」という類の手で、常識的にはやってはいけない。これを津原やすみは見事に使っていた。それがあまりにも印象に残っていて、今でもどうしても使いたくなる。
*
しばらくして余韻も冷めて、私は夕食をとりに行くことにした。
職員寮の食堂で、護衛官専用の夕食を受け取る。寮の住人は8人、夕食はそれぞれバラバラの時間にとるので、誰かと一緒になることは少ない。けれど今日は、メイドの遠野さんが、私のすぐあとに食堂に入ってきた。メイドといっても今は私服姿だ。
「設楽さまと一緒にお食事なんて光栄です」
「お礼を言うのは私のほうじゃない? 遠野さんみたいなかわいい子と一緒なんて、ついてるな」
「それ、オヤジみたいですよ」
遠野さんの突っ込みに笑いあったあと、
「設楽さま、お風呂あがりですね。シャンプーとコンディショナーは×××でしょう。ボディソープは×××。どうですか?」
「すごい、当たり。匂いでわかるんだ?」
「これでも美容担当ですから。
ボディソープがひさちゃんとかぶってますから――」
瞬間、遠野さんの顔色が変わり、
「――そういえばですね、陸子さまが最近、」
と無理やりに話題を切り替えようとした。
「ひさちゃんの話は?」
「これけっこう秘密なんですけど、」
「ボディソープがひさちゃんとかぶってるんでしょう? それで?」
「その話は、なしで。もうなにも聞かずに流すってことで」
「そう? 気になるイントロじゃない? いろいろ聞きたいな。ただで、とは言わないよ」
「本当に勘弁してください」
「陛下がひさちゃんをどんな風に抱かれてるか、知りたくない?」
遠野さんは視線を何度か左右に動かしてから、
「……ボディソープがひさちゃんとかぶってますから、別のに変えたほうがいいですよ。同じだと印象が薄くなります。フレグランスが使えればいいんですけど、勤務中はつけちゃいけませんし。
そちらのお話の出どころは、陸子さまですか?」
「ひさちゃんから」
「陸子さまがひさちゃんに手を出されて、それからすぐに設楽さまともエッチなさったっていうんで、すごい盛り上がってますよ。陸子さまを取られそうになった設楽さまが焦って、とか、そういうストーリーなんですか? 私はもうちょっと複雑じゃないかと思うんですけど」
「複雑」
「そちらのお話と関係ありますか?」
「ある。
その話をする前に、私と陛下がなにをしたことになってるのか、聞きたいな」
「今週の月曜に、出先でお二人が一緒に入浴なさって、そのとき陸子さまが設楽さまを誘惑なさって、それでたまらなくなった設楽さまが――そういうことをなさった、という話です」
「いつ聞いた話?」
「今日です」
橋本美園が、情報を漏らすように手配したにちがいない。狙いは緋沙子だ。
「そういうことするときに、架空の設定を決めてするのって、なんていうんだっけ。イメージプレイ?
陛下がひさちゃんを抱かれるときは、それをするんだって」
遠野さんは、食事のことなどすっかり忘れて、こちらに身を乗り出している。
私は緋沙子から聞いたことを、おおまかに話した。遠野さんは、化粧っ気のない頬を上気させ、目をきらめかせて、
「……陸子さま、惚れ直したわ」
「人としてどう? ひさちゃん、まだ15歳よ?」
「どっちかっていうと、そんな話をひさちゃんから聞き出してる設楽さまのほうが、どうかと思いますけど」
「こんなことわざわざ聞き出すと思う? 聞かされたの」
「うひゃあ。ひさちゃんもやるじゃない」
その反応がまるで陛下のようだったので、
「そういう見方って、ひねくれてない?」
すると急に、遠野さんは胸を張り、余裕ありげな微笑を浮かべた。
「そうですね。どうせ私はひねくれてます。ひさちゃんみたいな素直な子のことは、わかんないんです」
「なんか馬鹿にされてる気がするんだけど?」
「私は、ひさちゃんに愛してもらえない女ですから。私はひさちゃんのこと好きなんですけど。『陸子さまとどこまでいったの?』ってきいても、鼻息一発、フンッ、ですよ、フンッ。かっこよかったですよ。
でも設楽さまは、わざわざ聞くまでもなく、そんなことまで教えてもらえるんですもんね。人徳ですね」
「やっぱり馬鹿にしてない?」
「私はひねくれてます、って言ったじゃないですか。だから、こういう言い方しかできないんです」
その言い訳には、ひねくれた説得力があった。
私は話題を変えた。
「……ひさちゃんのキャリアのこと知ってる?」
「他人名義のパスポートでバッキンガム宮殿に潜入ですね? 知ってます」
「あんなでたらめなこと、どうやって実現したの?」
「そりゃ――」
言いかけてから、さっきと同じように、遠野さんの顔色が変わった。
「――どうやったんでしょうね?」
どうやら遠野さんは女中頭にはなれそうもない。
「知ってるでしょう」
「……知ってますけど、ひさちゃんにきいてください」
Continue
F#で.NET Remotingしてみる。
この記事のサンプルコードとほぼ同じことをしよう。まずはリモートオブジェクトのクラスを定義するソース(obj.fs)から。
module RemoteTest
open System
type MyRemoteObject =
class
inherit MarshalByRefObject
val hole : unit
new () =
{
inherit MarshalByRefObject();
hole = Console.WriteLine("Constructor called.")
}
override x.Finalize() = Console.WriteLine("Destructor called.")
member x.sayHello s = "Hello, " ^ s ^ "!"
end
解説しよう。holeというunit型変数は、コンストラクタ中で手続きを実行するための非常手段だ。正しいやり方があるのかもしれないが、見つけられなかった。F#自体にはデストラクタの構文がないので、Finalize()をオーバーライドしている。正しく動くかどうかは自信がない。
リモートオブジェクトは.NETアセンブリとしてpublicなクラスでなければならない。F#が作る.NETアセンブリのクラスをpublicにするには、インターフェイスファイル(拡張子fsi)が要る。
module RemoteTest
open System
type MyRemoteObject =
class
inherit MarshalByRefObject
new : unit->MyRemoteObject
member sayHello : string -> string
end
本当にこれでいいのか知らないが、とりあえず現在のコンパイラ(バージョン1.1.8.1)ではこれで動く。
Visual Studioでこれらのファイルをビルドする際には、Custom Buildを使う必要がある。引数指定のなかで、インターフェイスファイルを先に、ソースファイルを後に書く。-a
-g obj.fsi obj.fsという具合である。
続いてサーバを。
module ServerTest
open System
open System.Threading
open System.Runtime.Remoting
open System.Runtime.Remoting.Channels
open System.Runtime.Remoting.Channels.Tcp
open Microsoft.FSharp.Idioms
#r @"obj.dll";;
open RemoteTest
let remoteObjectType = (typeof() : typ<MyRemoteObject>).result
let channel = new TcpChannel(16383)
do ChannelServices.RegisterChannel(channel, true)
do RemotingConfiguration.RegisterWellKnownServiceType(
remoteObjectType,
"MyRemoteObject",
WellKnownObjectMode.SingleCall)
let sync = new Object()
let _ = lock(sync) (
fun () -> Monitor.Wait(sync))
remoteObjectTypeがわかりにくい。F#には組み込みのtypeofがないので、こういう妙なことになる。lockはbooleanを返すので_にletしている。
そしてクライアント。
module ClientTest
open System
open System.Threading
open System.Runtime.Remoting
open System.Runtime.Remoting.Channels
open System.Runtime.Remoting.Channels.Tcp
open Microsoft.FSharp.Idioms
#r @"obj.dll";;
open RemoteTest
let remoteObjectType = (typeof() : typ<MyRemoteObject>).result
let channel = new TcpChannel()
do ChannelServices.RegisterChannel(channel, true)
let remote = Activator.GetObject(
remoteObjectType,
"tcp://localhost:16383/MyRemoteObject")
let msg = match remote with
| null -> "Remote object not found."
| _ ->
let remoteAsSimpleType = remote :?> MyRemoteObject
in remoteAsSimpleType.sayHello "World"
do Console.WriteLine(msg)
パターンマッチングで変数をletする。これがF#の醍醐味だ。
お高くとまっているのが私の芸風だ。この芸風で、損をすることもあるし、得をすることもある。
得なのは、オチのつかないことが書きやすい。雰囲気で許してもらう。
損は、自分ではよくわからない。わからないから、こんな芸風なのかもしれない。だがおそらく、ほとんどの人間は、わからないようにできている。もしわかるものなら、誰もがみな同じ芸風で、同じことを書くだろう。
*
自宅に戻ると、私はまず、ベッドのシーツを交換した。
できるだけ、なにも考えないようにする。いま思い出したくないことを思い出して、刺激されないように。
お風呂に入り、身体をすみずみまできれいにする。歯も磨く。
髪を乾かしてから、身につけていたものをすべて脱ぎ、ベッドの中にもぐりこむ。
私は、陛下のことを漠然と思い浮かべながら、自分の身体を慰めた。
現実的で具体的なことを想像すると、陛下のお気持ちが気になって、自分のことに集中できない。先日の入浴の際に拝見したお身体、肌が触れたときの思い、楽器のように鮮やかでかわいらしいお声、そんなものを漠然と思い浮かべる。
私の背中から電線がのびていて陛下につながっていて、私は陛下の一部で、陛下の思うがままに操られている――そんな空想もする。
陛下を思ってこうしたことは、まだ一度もなかった。けれど私の心と身体はごくあっさりと、それを受け入れた。
すぐに結末に至らないように事を引き伸ばしながら、じっくりと味わう。
いまの私の様子を、陛下がご覧になっている――そばにおられて目でご覧になるのではなく、背中の電線を通じて、遠くからこっそりモニターしていらっしゃる――そんな空想がわいてきて、私の身体にぴったりとはまる。
その空想がわいてからほどなくして、結末に至った。
それはとてもぴったりくる空想だったので、もっと続けたかった。けれど、身体がいうことをきかない。身体を使うのをあきらめて、じっとしたまま、事を反芻する。
もし、いま陛下がそばにおられたら、と思う。
いまなら、自分のことに集中する必要がないので、陛下のお気持ちを推し量ることも苦にならない。陛下のぬくもりと匂いを乞いたい。いったい陛下はどんなお顔で、どのように応じてくださるだろう。
Continue
ふと思いついて検索してみたところ、typoばかりで頭にきたことを、まずお知らせする。
一婦多妻は、百合というジャンル自体につきつけられた難問である。
百合的な世界観には、一婦多妻はあまりなじまない。「その一婦は王様か?」ということになり、多妻とのあいだに露骨な権力関係が浮かび上がる。露骨な権力関係は、BLでは基本的な萌え要素であり容易に扱えるが、百合では注意を要する。
かといって、避ける一手ではつまらない。絵面的に素晴らしいし、話も無茶ができる。虎穴にいらずんば虎児を得ず。挑戦者諸氏の健闘を祈る。
予告どおりVisual Studio 2005 Proを買い、F#している。まずはWebサービスを試した。
結論からいこう。この記事のサンプルコードとほぼ同じことをするサンプルを、以下に示す。
#r @"awsecommerceservice.dll";;
open com.amazon.webservices
let rec searchRequest = new ItemSearchRequest() and do
searchRequest.Keywords <- "Star Wars";
searchRequest.SearchIndex <- "DVD";
searchRequest.ResponseGroup <- [|"ItemAttributes"; "Images"|];
searchRequest.ItemPage <- "1"
let rec itemSearch = new ItemSearch() and do
itemSearch.AWSAccessKeyId <- "14HA028HBEN2D7NVSVG2";
itemSearch.Request <- [|searchRequest|]
let ecs4 = new AWSECommerceService()
let searchResponse = ecs4.ItemSearch(itemSearch)
let items = searchResponse.Items.(0)
do Printf.printf "Total Results : %s\n" items.TotalResults
do Printf.printf "Total Pages : %s\n" items.TotalPages
let printItem = let c = ref 1 in fun (item : Item) ->
Printf.printf "%d\n" !c;
c := !c + 1;
Printf.printf "Title : %s\n" item.ItemAttributes.Title;
Printf.printf "Detail : %s\n" item.DetailPageURL;
Printf.printf "Small Image : %s\n" item.SmallImage.URL;
Printf.printf "Medium Image : %s\n" item.MediumImage.URL;
Printf.printf "Large Image : %s\n" item.LargeImage.URL
do Array.iter printItem items.Item
読者諸氏が手元でこのコードを実行するときには、AWSAccessKeyIdをAmazonから取得してそれを使うことをお勧めする。
バグと死は避けられない。F#のコンパイラ(バージョン1.1.8.1)のバグにより、日本語の文字列リテラルは正しく処理されない。というわけでサンプルコードは日本語を使っていない。
さて本題に入る。1行目から。
Visual StudioのF#プロジェクトには、「参照の追加」のたぐいが一切ない。IDEが認識する形で.NETアセンブリを参照するには、1行目のように書く。
この awsecommerceservice.dll は、Amazon Webサービス ECS4のWSDLから生成したものだ(.NET Framework
SDKのwsdlコマンドを使う)。このファイルを置くフォルダは、F#プロジェクトファイル(拡張子fsharpp)と同じでなければならない。さらに、Visual
Studioを起動するときは、このプロジェクトファイルをダブルクリックして起動しなければならない。「参照の追加」のたぐいが一切ないというのは、そういうことだ。
[| "ItemAttributes"; "Images"|]の[|...|]というカッコは、.NETの配列を作るための方言だ。中身の型から配列の型を型推論してくれる。
let c = ref 1とc := !c + 1。F#では変数は不変なので、可変変数(?)が欲しければ、変数を参照として作る。詳しくは各種のO'Caml入門を参照のこと。
let c = ref 1のあとのinがわかりにくい。inの右が主役で、左は脇役である。脇役がletした変数は、主役の中で使われる。脇役の位置は右のほうがわかりやすいと思うが、文句はML系言語の設計者にどうぞ。
あとは一目瞭然だろう。
「意味は皆無だが、気持ちはわかる」という言葉がある。
最近のコンピュータ業界では、Web 2.0とSOAが東西の両横綱だ。この東西というのはプログラマ(Web 2.0)とスーツ(SOA)を指す。
というわけで、両横綱を合体させてみた――SOA 2.0。
自分の家のお隣さんは、できれば常識的な善人であってほしい。少なくとも、トラブルメーカーであってほしいと願う人はいないだろう。
同じくらい確かなこととして、フィクションの登場人物は、できれば悪人であってほしい。
しかし小説では、主人公を悪人にするのが難しい。悪人のほうが考えることが複雑なので、文字にすると長ったらしくなる。この点、まんがやアニメがうらやましい。
*
「――お側仕えの者が勤務中にカメラを持つことは禁止されているはずですが」
「だから、この写真は偽物と?」
橋本美園の自信には、確かな裏づけがあった。
それは、私を写した写真だった。陛下のお召し物を、胸の前に掲げ、かがみこむような姿勢で下を向いている図。顔は微笑んでいる。
一枚ではない。背景とお召し物とアングルはそれぞれ違う、ただ私の姿勢はどれも同じ写真が、3枚。
写真から目を離せないでいると、いつのまにか橋本美園は私のすぐそばまで近づいていた。
「橋本さんは、この写真を利用することはできないはず――」
私が言い終わらないうちに、彼女は私の肩をつかんで回し、テーブルに仰向けに押し倒した。身をよじる私の上に覆い被さり、唇を重ねる。
「どうか私のことは、美園、とお呼びください。呼んでくださるまで、何度でもこういたします」
また、唇を重ねられる。私は抵抗する気力も失せかけていた。
「美園さん、どうか――」
「『さん』や敬語はご無用に願います」
今度は、舌が唇を割って入ってきて、前歯の先端に触れる。
「美園、やめて」
「無礼をお赦しください」
橋本美園は覆い被さるのをやめて、私が身体を起こすのを助けた。足で地面に立つと、ぐらぐら揺れているような気がする。テーブルに片手をついて身体を支える。
少し落ち着いてから私は、
「……お話がこれだけとは――」
「敬語はご無用に願います」
そうして、くちづけられる。私は逃れようとはしなかった。
私はたどたどしく、敬語でない言葉を紡ぐ。
「……話は……ほかにも、あるんじゃ、ない?」
感触の記憶が、唇から離れない。指でそれをぬぐおうとしかけた。けれど、橋本美園の視線が、それをさせない。もしぬぐったりしたら、また深々と刻まれるのではないか、と。
「ええ、ございます。少々お待ちください」
彼女は自分のエプロンの下に手を入れ、胸のあたりをちょっと探った。それに続いて、背中に手をやり、ワンピースのファスナーを途中まで降ろした。そうしながら、
「ひかるさまにぜひご記憶いただきたいものがございます。――こちらです」
私の顔の前に、布を差し出す。ブラジャーだった。
「これの、匂いを」
彼女はいつのまにか私の腰に右腕を回していた。その腕に力をこめながら、ブラジャーを私の鼻に、軽く押し当てる。橋本美園の健康な汗の匂いが、鼻孔に広がる。
逃れようと思えば、できないことはない。けれど、逃れて、どうすればいいのだろう。
私が逃れようとしないのをみると、腕の力が弱まり、腰から外れた。
その手の指先が、私の下腹部を、そっとなぞる。
「やめて」
私は橋本美園を突き飛ばした。全力で押したはずなのに、彼女はちょっとよろけただけだった。力が入らない。
「どうか無礼をお赦しください」
「……こんな話ばっかりなら、……帰る」
「この写真はどうなさいますか?」
「美園の、好きにすれば」
「かしこまりました」
橋本美園は写真をポケットに戻した。
あれは最後の手段だ。橋本美園との関係が完全に破綻しないかぎり、使われることはない。
「どうぞ、おかけください」
私は言われるままに椅子に腰かけた。
橋本美園は、電気ポットや急須などの茶道具を、部屋の隅に用意していた。それでお茶の用意をしながら、
「ひかるさまが素直にしてくださらないので、思いあまって無礼を働いてしまいましたけれど――」
思いあまって? 見え透いた嘘を、と思った。私が部屋に入った瞬間の、あの意思に満ちたまなざしは、忘れようとしても忘れられるものではない――
「――陸子さまは、なにもしてくださらないでしょう?」
「私は、暴力を振るわれて喜ぶような趣味は、ないの」
敬語を禁じられていると、まるで下着姿をさらしているような心細さがある。
橋本美園は、茶道具の次はメイクボックスを取り出した。
「お化粧が崩れていらっしゃいます。お直しいたします」
私は橋本美園のなすがままにさせた。
「陸子さまは、ひかるさまのお身体に触れてくださらないでしょう?」
唇のあたりをいじられているので、返事をすることができない。
「抱きしめてくださらないでしょう? くちづけてくださらないでしょう? ひかるさまがそうするように仕向けるだけでしょう?」
かなり詳しく聞き出したらしい。私は口でなじるかわりに、眉を険しくした。
「陸子さまは、貪欲であられます。ひかるさまのような女らしいかたを相手にしても、女の喜びを求めてやまないかたです」
それに嗜虐的なところもあられます、と付け加えたかった。
「ひかるさまのお身体だって、人一倍、女の喜びを求めておられますのに」
下唇のふちをいじる橋本美園の指に、陛下が触れてくださった感触が重なる。その指を払いのけたい衝動がわきあがり、こらえる。もしそんなことをしたら、ここが私の弱点だと思われるだろう。
「私は悪い人さらいでございます。悪者でございますので、恐れながら、ひかるさまを脅すようなこともいたします。でも、それだけでひかるさまをさらってゆけると思うような、虫のいい考えは持っておりません。
ひかるさまのお身体が求めておられるものを、満たしてさしあげます。この人さらいの手で」
それまでメイクに使っていなかった右手の小指が、唇を割って、前歯に届く。私は顔をそらしてその指から逃れた。
「また最初からお直しいたしましょうか?」
私は、橋本美園の小指に、なすがままにさせた。前歯に沿って動き、唇の内側を撫でまわす。
「ひかるさまは、少しずつ許してくださるのですね。いずれ、お身体のすみずみまで、すっかり許してくださるのでしょうね。――待ちきれません」
橋本美園は空いていた左手で、私の右手を取ると、小指の先を噛んだ。抑えようとしたけれど、身体がぶるっと震える。
「私のは噛んでくだいませんの?」
私は応じなかった。
けれど橋本美園は、手を離すと、私の拒絶などなかったかのように、
「お直しが終わりました」
と告げると、急須に手を伸ばした。そうして私にお茶を出すと、今度は自分のメイクを直しはじめた。
「……美園の、気持ちは、わかった」
「ありがとうございます。でも、せっかくですが、その必要はございません。私の気持ちよりも、私の身体を、どうか受け入れてくださいますよう」
そう言って橋本美園は、右手の小指を立てて、自分の鼻に近づけ、目を細めた。右手の小指――さっき私の唇の内側を撫でまわした指。
その仕草に、記憶を呼び覚まされる。寒気をこらえるように背中が丸くなる。
「美園は、おうちで、うまくいってないの? 旦那さんとか、家族とかと」
「理想的な家庭とは申しかねますが、それなりにうまくいっていると思います。
でも、私は悪者でございます。悪者はおのれの悪事にすべてを捧げます。私の悪事は、ひかるさまをさらってゆくこと」
「さらってゆく、って、よく意味がわからない。美園にさらわれたら、私はどうなるの?」
「私と同じ、悪者になります。護衛官のお仕事も、陸子さまへの愛も、悪事のために捧げておしまいになります」
その悪事とは――聞きたくなかった。
「でも美園は、本当にそうなってほしいわけじゃ、ないんでしょう? 私がだめだから、見てられなくて、なんとかしたいんでしょう?」
美園は困ったように笑い、
「まだ私の気持ちをお疑いでしたか。私の行いが至りませんでした。お赦しください」
と言って、席を立ち、私の背後にきた。
「――いけません、ひかるさま。私のような悪者に背後を取らせては」
美園は私の喉首を手のひらで包んだ。
「いまからひとつ、私とひかるさまで、力くらべをいたしましょうか。私は、ひかるさまのお召し物を、すべて脱がしてさしあげます。ひかるさまは、それに抗います」
本当にやりかねない、と直感した。
美園のほうが私より身長は高いものの、女中頭になって力仕事を離れてから長い。こちらはトレーニングを欠かしていない。本気でやれば、勝てる。けれど。
私は、喉首を包む美園の手を握り、口のそばまで運んだ。小指を選び出し、口に含んで、軽く歯を立てる。
「また、許してくださいましたね」
「……私、帰る」
私が立ちあがったところを、美園は抱きしめた。帰すまい、というのではなく、味わうように。
「ひかるさま、どうか、私の匂いをご記憶にとどめてくださいますよう。お身体のどこを許してくださるよりも、ひかるさまに嗅いでいただくほうが、満たされる思いがいたします」
とたんに嗅覚が鋭くなり、匂いを嗅ぎはじめてしまう。石鹸やシャンプーや化粧品のかすかな匂いのなかから、美園の匂いを嗅ぎあててしまう。さっき、ブラジャーを鼻に押し当てられたときの、健康な汗の匂い。私の鼻は、美園の匂いを、もう覚えていた。
Continue
F#を触った。O'Camlの.NET版である。
Visual Studio 2005 Professionalで動く。デバッガもIntelliSenseも使える。LINQまで使える。なにか猛烈に来る予感がいま私のアンテナに着信している。
というわけで予告する。私は明日、Visual Studio 2005 Professionalを買う。そしてF#で書く。なにを書くかはお楽しみだ。
IE7のβ2が公開されたので、さっそく試している。
結論からいうと、まだお勧めできない。不具合はいくつかあるが、
・フォームのテキスト入力欄でIMEが効かなくなることがある
これが大きい。また、
・ギコナビでポップアップが効かない
・MSXMLを使ったJavaScriptを実行すると警告が出る(Houndのこと)
というのもむかつく。それでも十分なメリットがあればいいが、使える新機能は、
・画面ズーム
・検索ボックス
くらいしか見当たらない。なお、
・メモリ消費量はIE6と同等またはそれ以上
と思われる。
正式リリースではずいぶん変わってくるだろうが、現段階ではIE7は、
・セキュリティ強化
・Webアプリの強化
が主な目的と思われる。
時にはアニメの話をしようか。
『ローゼンメイデン トロイメント』を最後まで見た。金は足りても尺が足りないアニメだった。
水銀燈が安いのが悲しい。おそらく尺が足りないせいだ。めぐ×水銀燈を厚くできないので、安い手で支えるしかなく、そうなると水銀燈も安くなる。小難しいアニメなら、しのぐ手はいくらでもあるが(しのぐために小難しくなるのだ)、この作品はそうではない。
薄いといえば、前シリーズで巴×雛苺が薄かったのは個人的には残念だったが、作品的にはあまり影響がなかった。しかし今シリーズではその影響が出てしまった。
そもそも12話では、人形6体プラス主人公を支えるだけで手一杯になる。人形が増えて人形師まで出てきたら、もはや限界だ。薔薇水晶の性格がほとんどわからないのは、そのせいだろう。
どうすればよかったか。後知恵でいうなら、動機の構成を変えるのがいい。
まず、前シリーズを、水銀燈×真紅とみなす。今シリーズでは、敗れた水銀燈がいじけて癒し系のめぐに心を移し、それに嫉妬した真紅が「アリスゲームなんて馬鹿馬鹿しい(めぐのために戦うのではなく、私だけを見なさい)」と言い出す――という具合に動機を構成する。こうして、めぐ・水銀燈・真紅のラインで重点を形成する。
水銀燈 vs 蒼星石は、「水銀燈がめぐのために戦う」というところを前面に押し出す。雛苺の最期は、水銀燈と真紅の対称性を押し出す。薔薇水晶と人形師は重点に絡まないので、ただの背景くらいにする。
こういうことは、あとから他人が考えればみな自明なのだが、作っている最中の当人たちには、けっしてわからない。