2006年05月28日

1492:44

 私は設定厨だ。設定はできるだけ表に出さず、たとえ出すときでも説明はかっとばすのが格好いいと信じている、あのタイプの設定厨だ。
 しかし今回はあまりにもわかりにくいので、少々補足したい。
 このSSの千葉国では、いわゆる同性婚ができる。また、実子と養子、非嫡出子と嫡出子を区別しない。一人の子に複数の父親・母親を登記することもできる。子の保護と意思主義を徹底するとこうなるだろう、という制度を考えてみた。
 日本では、戦前の家制度の影響か、「親族関係のありかたは家族法によって定められる」と考える傾向が強い。しかし、当事者のなすがままではうまくいかないケースを処理するために家族法が持ち出されると考えるなら、一見アナーキーにみえるこの設定も、うまく機能するはずだ。

 
                        *
 
 陛下の御召車を中心として、前後に1台ずつ、3台の車列。これに加えて、交通量の多い道路では、警察の車両が少し離れて前を走る。
 要人の陸路輸送は目立つので、お国柄の話題になりやすい。要人車両が信号待ちに陥らないよう、信号を操作する国がある。都市部の幹線道路に、要人車両専用車線を設ける国がある。逆方向の極端には、国王が毎日のように路面電車に乗る国がある。
 たいていの場合、安全は決定的な要素ではない。権威づけや利便性のほうが先に立つ。多少の能力のあるテロ組織が、陸路輸送中の暗殺をたくらむなら、現場で食い止められる可能性はほとんどない。諜報活動で安全が確保されていると信じるからこそ、陸路輸送ができる。
 この諜報活動には、護衛官はまったく関われない。護衛官というと、国王警護のうえで最も重要なポストのように思われている。実際には、陛下をお守りする盾の厚さが100ミリとしたら、私のぶんはアルミ箔くらいの厚さしかない。陛下の安全のほとんどは、財団と内務省の手に委ねられている。
 けれどこのアルミ箔は、盾の一番内側にあって、陛下のお身体に触れている。
 陛下を公邸へとお運びする車列は、公邸の外側の検問線を素通りして、内側の線で停止する。前後を囲んでいた2台はそのまま走り去り、別の1台がやって来て、残りわずかな道のりを先導する。
 内外2つの検問線を通るたび、警官の敬礼に答礼する。交代車両の運転手と職員に、仕草で挨拶する。公邸に着くと、警護部職員、運転手、私の順で車から降りる。いままで何百回となく繰り返してきた手順。
 私が車のドアを開ける。陛下がおみ足を地面に降ろし、私の手をお取りになる。この手はすぐに離れてしまう。もともと飾りのようなもので、本当にお身体の支えとしてくださったことはない。
 陛下は私に向きあい、今日一日の労をねぎらってくださる。
 「今日は、すっごーく、楽しかったよ! ひかるちゃんのおかげだね。すっごーく、ありがとう、だね。
 あしたは、私がひかるちゃんを楽しくしてあげたいなー。ひかるちゃんみたいに上手にはできないけど、みててね」
 「そのお言葉だけでもう、私などの身には余るほど、楽しゅうございます」
 そして、いつもどおり私は一歩下がり、一礼しようとした。けれど今日の陛下は、私が下がると、一歩前に出てこられた。
 とまどう私に向かって、陛下は背伸びなさる。内緒話を耳打ちしてくださるときの仕草だ。私は反射的にかがんだ。
 いつのまにか陛下の腕が背中に回り、唇が重なっていた。
 「今度からは、ひかるちゃんから、してね。おやすみ」
 「――おやすみなさいませ」
 陛下が一歩下がってくださり、私は一礼した。
 続いて陛下は、警護部職員たちと運転手を軽くねぎらってから、邸内にお入りになった。遅番のメイドたち3人が玄関に並び、「お帰りなさいませ、陸子さま」と唱和してお迎えする。
 私の仕事はここで終わりだ。時計を見ると、10時近い。お風呂とベッドが頭に浮かぶ。
 警護部職員と運転手は車でいったん離れにゆき、そこから家に帰るが、私だけはここから官舎まで歩いて帰る。「お疲れ様でした」と言い交わして、ゆこうとすると、警護部職員のひとりに言われた。
 「式には呼んでくださいね」
 「立ち見でよかったら。そのかわり祭事手当が出ますよ」
 つまり、仕事だ。笑い声があがる。
 夜道をぶらぶらと歩きながら、さっき冗談めかして言われたこと――結婚について考える。
 一緒に過ごす時間でいえば、護衛官と国王はきわめて近い関係にある。警護中はほぼ常に2メートル以内にいる。話し相手を務めることも多く、私の場合、平均で一日2時間くらいはしゃべっている。
 護衛官の責任は重い。ある海外の報道雑誌が、千葉王位の歴史をもとに、国王の身の危険を計算したことがある。それによれば、国王が即位の8年後まで生きている確率は、50%を切る。
 関係の公的性格も婚姻以上といえる。護衛官の就任式は、国王の即位式の前座として行われ、TVで流れる。私の就任式の視聴率は40%を超えた。
 結婚は余計なことのように思える。
 私は、王妃よりも護衛官でありたい。婚姻という結びつきが、護衛官の職よりも重いとは、どうしても思えない。
 そんなことを考えながら、官舎の前に着いたときだった。
 「設楽さま」
 門の横に、緋沙子がいた。
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2006年05月27日

マイケル・ジャクソンがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!

 マイケルが日本にやってくる。というわけで、日本でマイケルにやってほしいことを考えてみた。
 
・アキバでメイドカフェを貸し切り
 店員が小学生の男の子に入れ替わっていると、さらにいい。
 
・児童養護施設を訪問
 これは本当にやるらしい。
 
 また、マイケル来日記念ということで、その筋のDVDをご紹介する。
「天使の絵日記」澄んだ瞳に希望と輝く未来を映して・愛佳11才
山中知恵 10才 海風に誘われた妖精
吉沢真由美9才・天使の休息・いい湯いい夢
萌える少女に抱かれて 愛永(MANAE)8才
Honey honey神山あい7歳
 マイケルは男の子のほうが好きらしいが、あいにくその方面は見当たらなかった。本気のペドにはホモのほうが多いらしいので、こういうDVDを買っている人はまだ気合が足りないのだろう。

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2006年05月25日

陸戦を演出する4つの法則

 昔、アニメの宇宙空間は紺色だった。しかも爆発音が鳴り響いた。
 もちろん、アニメだけではなく、まんがも同様だった。たとえば『ワイルド7』の「ガラスの城」では、オートバイのサイドカーに積んだ超小型の多連装ロケットランチャーで、武装した客船と砲戦を演じていた。
 今日では、そこまで物理法則に反した描写はほとんど見られない。が、物理法則レベルで止まっていて、登場人物の行動のほうは変わっていない。まんが家やアニメ監督が、重火器や宇宙空間を体験するようになったとは思えないので、文化的な問題だろう。ほんの少しのことだけで、ぐっとそれらしくなるのに、その「ほんの少し」を知っている人があまりいないのだと思う。
 というわけで、「陸戦を演出する4つの法則」である。
 
1. 背を低くする
 突っ立っていては射撃の的になるし、流れ弾に当たる確率も高まる。立つよりは伏せ、伏せるよりは穴などに潜る。
 
2. 遮蔽物を活用する
 遮蔽物とは、砲弾の破片や銃弾を遮ってくれるものだ。砂袋を低く積んだり、地面に穴を掘ったりして作る。溝などの地形は天然の遮蔽物になる。
 
3. 砲と手榴弾を使う
 どういうわけか見逃されやすいが、攻撃の際には砲を使う。砲を描くのが面倒ならなくてもいいが、手榴弾だけは欠かせない。
 
4. 撃ち合っていると銃弾はあまり当たらない
 法則1と2を実行していれば、撃ち合っている最中の弾はそうそう当たらない。
 
 この4つの法則を守るだけで、「紺色の宇宙空間」のような光景だけは避けられる。もちろん完璧とは程遠いが、どうせ演出上の都合で完璧など不可能なのだから、これくらいで十分だろう。

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2006年05月23日

1492:43

 暴力について。ジョージ・オーウェル『気の向くままに』(彩流社 7andy)262ページより。
 「私は人々の頭上に爆弾を落とすことよりも、彼らを「フン族」呼ばわりすることの方がより大きな害をもたらすように思う。もし避けることができるならば、誰だって人を殺傷したくないことは明らかだが、単に人を殺すことだけが最大の重大事だとは私には感じられない。われわれはみんな百年以上は生きないのだし、また、たいていは「自然死」と呼ばれる、みじめでぞっとする形で死ぬ。最も悪いことは、平和な生活を不可能にするような行動をとることである。戦争が文明の骨組みを破壊するのは、それがもたらす物理的破壊によってではなく(戦争の結果は、最終的には世界全体の生産能力を増大することにさえなるかもしれない)、また人間の殺戮によってでさえもなく、憎しみと不誠実をはびこらせることになるからである。あなたの敵に銃弾を撃ち込むことによってあなたは敵にもっともひどい害を加えるのではない。そうではなく、敵を憎み、その敵についての嘘を作り出し、その嘘を信じるように子供たちを育てることによって、もっともひどい害を加えるのだ。それにまた、再度の戦争を避けがたくするような不当な講和条件をやかましく要求することによって、いずれ滅び去る一世代の人間に対してだけではなく、人類そのものに打撃を与えているのである。」

 
                            *
 
 平手打ちは初めてだった。けれど陛下の暴力は初めてではない。こづく程度のことはよくなさる。痣になるほどきつく蹴られたこともある。
 思えば陛下は、私などよりもずっと、暴力になじんでおられる。私はいままで、陛下のほかの誰にも、ぶたれたことがない。それどころか、実物の平手打ちを見たことさえない。だから私は、誰かを黙らせたいときに、平手打ちしようと思いつくことはないだろう。
 陛下はいつどこで暴力になじまれたのか。あのお優しそうなご両親が実はそうなのだろうか。けれど、子供の家のほうが、ありそうなことだ。捨て子であられた陛下に与えられた運命。それはいわば、生みのお母様が陛下に与えた、唯一のもの。
 私は落ち着いていると思う。お顔をうかがったかぎりでは、陛下も平静であられる。ただ、どうにも、気まずかった。
 こんなとき陛下はいつも素早くなさる。私のほうが先に気をきかせるべきなのに、いつも陛下は先んじてしまわれる。
 「ごめんね。痛かったよね? ――痛くしたからね」
 「出過ぎたことを申し上げました。お赦しください」
 「でも、ひかるちゃんだって、そうだよね? 痛くするつもりで、言ったんだよね?
 ひかるちゃんの言ったことって、そういうことだよ。
 殴られたら痛いよね。正義とか関係なくて痛いよね。ひかるちゃんの言ったことも、そうだよ。正しいとか間違ってるとか関係なくて痛いの」
 陛下の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
 「お赦しください」
 下を向いている私の顔を、陛下は、手のひらで包んで、正面を向かせられた。
 「ひかるちゃんなら、痛くしても、いいよ。
 ケンカ、したことないよね。しよっか。
 ――でも、これも、あとのお楽しみだね」
と、陛下は時計のほうをご覧になった。
 「私がこれ以上ここにおりますと、きりがなさそうです。いまのうちに下がりましょうか」
 「うん、そうして。またあとでね」
 今日は夕方から外出がある。
 私はいったん立ちあがってから、両膝をつき、陛下の御手をとって、申し上げた。
 「お慕い申し上げております、陸子さま」
 「ひかるちゃん、大好きだよ」
 目を見交わす。陛下の視線は、いつになく、弱く陰っているように思えた。
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2006年05月22日

クリヴィツキー『スターリン時代』(みすず書房)

 1937年10月、ソ連諜報機関に勤務する一人の将校が、ソ連と決別した。本書の著者、クリヴィツキーである。亡命先のあてもなく、ただスターリンから逃れるための決別だった。
 著者は生活費を得るために本書を書いた。著者の言うことを、アメリカ人のゴーストライターが書いたものらしい。惜しいと思う。もし著者本人が筆を執っていたら、粛清の真っ最中のソ連の雰囲気を、この上なく伝えるものになったはずだ。著者には文才がある。それはゴーストライターを通してもわかる。
 1941年2月、著者は死体で発見された。警察の調書では自殺とされたが、むろん疑わしい。
 
 ところで本書は、「キーロフ暗殺はスターリンの陰謀だ」という説の根拠のひとつである。私が読んだ本はほぼすべて、この説を妥当としていた。
 だが、本家本元たる本書をよく検討すると、この説にはアラが見える。たとえば、キーロフが暗殺された夜、「すでにスターリンとヤゴダの間に不和があるという噂があったが、その夜は、二人の間の公然たる断絶の発端となった。スターリンは、ヤゴダに暗殺者とその仲間を尋問させまいと全力をつくした」(120ページ)とある。これが陰謀だとしたら、「同族殺し」という重大な陰謀であるにもかかわらず、あまりにも雑だ。著者はスターリン陰謀説を強く押し出しているが、事実がそれを裏切っている。これはゴーストライターの功績かもしれない。
 近年の研究でも、キーロフ暗殺は背後関係のない単独犯との説が強まっている。これが正しいとすれば、ドイツ国会議事堂放火事件と同じことが、ソ連でも起こっていたわけだ(これも長らくナチスの陰謀説が唱えられていたが、否定された)。
 ついでに言うと、私はケネディ大統領暗殺についても、背後関係のない単独犯だという説をとっている。根拠はただひとつ――ソ連崩壊後に出てきたソ連の資料によって陰謀説が裏付けられた、という話を聞いたことがないからだ。
 歴史の神はサイコロを振る。ある種の「賢い」人には、けっしてわからないことらしいが。

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2006年05月17日

1492:42

 ロシアに「パーミャチ」という団体がある。もともとは、歴史的価値のある建築物などを保存する団体として始まった。しかし、すぐに民族主義団体へと変質し、反ユダヤ主義を唱えるようになった。
 この「パーミャチ」というのは、ロシア語で「記憶」という意味だ。
 「歴史」や「記念」ではなく、「記憶」を選んだところが興味深いと思う。歴史は史料によって検証することができるが、記憶は検証できない。記念とは広め伝えることだが、記憶は身体の一部であり、他人には伝えられない。
 記憶は独善的なものだ。

 
                       *
 
 この反応は予想していた。
 「恐れながら申し上げます。平石さんは思いを抱いていただけです。具体的な行動に誘ったのは私です。どうか私をお叱りください」
 「ひさちゃんが悪いなんて言ってないよ? あ、もしかして、わかってないんだ? いまから、お楽しみ、しちゃおうかなー。
 でも、もうすぐひさちゃんが来ちゃうのか」
 時計は4時近くを指している。
 「しょうがないなー。ひかるちゃんがわかるまでは、首にしないよ」
 「恐れながら――」
と私が言いかけると、
 「ひかるちゃんて、3人でするのとか好き? 私は嫌いだからパスね」
 お言葉の真意をはかりかねていると、
 「橋本さんて、きっとそういうの好きでしょう。あの人、根性ないからねー。私と一対一になるのが嫌なの。ま、かわいいけどね。なんか言ってきても、泣かせといて。
 そういえば橋本さんって脱いだら――って、お楽しみはあとあと」
 私はだんだんわかってきた。
 「……いなくなる人のことを気にしても仕方ない、橋本さんのことを考えなさい、と?」
 「まーね」
 そのとき稲妻のようにひとつの考えが降りてきた。
 「恐れながら申し上げます。
 陸子さまは捨て子にあらせられるので、平石さんを捨てることに執着しておられるのではないでしょうか。ご自分を捨てた生みのお母様の立場に、ご自分を置かれることで――」
 終わりまで言わせず、陛下は私の頬を平手打ちなさった。
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2006年05月12日

1492:41

 ティッシュペーパーはどれでも同じ、なわけがない。
 少なくとも10年ほど前までは、クリネックスが一歩リードしていた。臭い話になって恐縮だが、鼻をかんだあとしばらく置いておくと、差がわかった。クリネックス以外のティッシュは独特の悪臭を放つようになるのに、クリネックスだけは臭わなかった。
 おそらく、パルプを精製するときの収率が絡んでいるのだろうと思う。収率を上げれば原料費は安くなるが、そのかわり不純物が増える。この不純物が悪臭の原因になっていたのだろう。

 
                        *
 
 ティッシュの箱の中身には、ちょうどいい量、というのがある。
 使い始めの満杯状態は、詰まっていて出しにくい。使い切る寸前は、引き出されたティッシュが箱の中に落ちてしまいやすく、これもよくない。
 陛下のお部屋にあるティッシュの箱はいつでも、ちょどいい量になっている。魔法ではない。メイドが毎日チェックして、ちょうどいい量を保っている。使い始めと使い終わりの分は、捨てているのだろうか。今度、誰かに訊ねてみよう。
 ――と、陛下はお話しくださり、
 「ひかるちゃんは、どう思う?」
 「余ったティッシュは、ほかの箱に詰め替えていると思います。無駄遣いが好きな人は、あまりおりませんので」
 あとで聞いた話によれば、高級なティッシュの箱は中身を詰め込んでいないので、最初から出しやすい。だから、使い始めのティッシュが余ることはない。使い終わりの分は、詰め替えたりはせずに箱ごと国王官房などに回される、という。
 岩崎さんに電話して、お風呂を沸かしてもらう。離れにあるお風呂は、天井がガラス張りになっていて、空が見えるという。あいにく私は見たことがない。お側仕えの者は、職員用のシャワーが別にあるので、それを使う。
 私が服を着ても、陛下はなにもお召しにならない。
 「散歩のとき汗かいたから、もう着たくない」
とのこと。
 岩崎さんが来て、お風呂の用意ができたことを告げる。岩崎さんに導かれて、陛下は一糸まとわぬお姿で、離れへとゆかれる。私はそのあとについてゆく。脱衣所の前には、美容副担当の宮田さんが待っていた。
 「またあとでね」
 私は職員用のシャワーを使う。
 陛下のお部屋に戻って、お帰りを待つ。緋沙子のことを申し上げるために。
 ほどなくして、
 「ただいまー」
 「お帰りなさいませ」
 私の表情を見ただけで、陛下は何事かをお察しくださったようだった。緩んでいたお顔が、鋭くなる。
 「公邸内のことで、お耳に入れたい件がございます」
 美園が持っていた写真のことから申し上げていった。緋沙子とのつきあい、美園への弱腰、そして日曜日の一部始終。陛下は、脇息に両腕を置いて身を乗り出しながら、熱心にお耳を傾けてくださった。
 話が終わると、陛下は二、三度、小首を傾げて、おっしゃった。
 「詳しく聞きたいところがいっぱいあるけど、お楽しみはあとにとっておくとして。
 橋本さんの処分は、どうするのがいいと思う?」
 「公にする必要はないと思います。そのかわり、陛下から一言いただければと」
 陛下はかすかに笑い声を漏らされ、
 「ひかるちゃん、いんらーん。
 ――って、お楽しみはとっておかなきゃね。あとでたっぷり、とっちめてあげるからねー。
 ひさちゃんは、どうする?」
 「友達づきあいは続けますが、もう身体の関係にはなりません。平石さんは、私の一番大切な人ではありませんので」
 「ふーん。ひさちゃん、首」
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2006年05月09日

デイビッド・コープランド、ロン・ルイス『愛させる技術』(小学館プロダクション)

 名著『モテる技術』(7andy)の著者たちによる女性向け版である。
  『モテる技術』と同じくひたむきな態度で、「男とよろしくやる」という目的を追求している。ただ、『モテる技術』ほどには面白くない。なにしろ著者たちが男なので、腰が引けている。
  実用性は高い。心の底から燃え上がる情熱を抱いて本書のアドバイスを実行するなら、男とよろしくやるくらい楽勝もいいところだ。そんな情熱を抱けるのなら、の話だが。『モテる技術』はこの点が断然強いので、それに比べると、どうしても見劣りがする。
  実用に役立てたい向きには、本書の実物をご覧いただくとして、実用性とはまったく無関係に、本書のもっとも感動的なフレーズを引用する。462ページから。

 ちょっと待ってほしい。ほとんどの男性にとって、これからあるかもしれない、(まだ出会っていない)他の女性たちとの可能性をあきらめることは、今現在他の女性たちをあきらめることと同じくらいに、つらいことなのだ。多くの男性は絶対に誰にも悟られない無意識のところで、いつの日か魔法のような力で世界的なプレイボーイになって、世界一の美女と熱いセックスをすると信じている。

 全人類の半分が泣いた! 7andy

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今日のGoogle

 かつて帝政ロシアには、「よい皇帝・悪い皇帝」という信仰があった。
 政府のやりかたがひどいのは、皇帝がたまたま悪いか、あるいは皇帝の取り巻きが皇帝を騙しているからだ。取り巻きが失脚するか、あるいは皇帝が善人に交代すれば、物事はすべてよくなるだろう――ある種の救世主願望であり、問題を解決せずにいるための信仰である。こういう信念のことを「保守的」という。
 皇帝の善意をあてにするのは、どう考えても、いっぱしの大人のやることではない。では、どうすればいいか。
 近代、ここで道は2つに分かれた。
・三権分立式:行政府を法律で縛り上げて、おかしなことができないようにすればよい。立法府は行政府よりもずっと小さくて非専門的なので、民主的なコントロールが行き届きやすい
・レーニン式:行政府自体を徹底的に縮小して非専門的な仕事にしてしまい、官僚を廃して労働者に置き換えればよい
 歴史の教えるところでは、レーニン式は、まともに試されることさえなかった。レーニンは、公約を果たすことよりも、自分の権力を維持するほうを選んだ。つまりレーニン式とは、俗耳に入ることだけを狙ったデマゴギーだ。
 問題は、この嘘が効果的だったということだ。
 というわけで今日のGoogleは三本立てである。
人治国家
法三章
人治国家+法三章

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2006年05月07日

1492:40

 防弾装備について。
 作中では面倒なので『防刃防弾チョッキ』で通しているが、本当はこんな感じだ。写真ではただの厚ぼったいTシャツに見えるが、750グラムと重い。それでもこの製品は防刃が弱いので、これよりもさらに厚ぼったいものをイメージされたい。また、両脇は開いていて、マジックテープで前後を留めるようになっている。そうやって体に密着させることで目立たなくするわけだ。
 こんな薄い布で止められる銃弾は、それほど多くない。しかし、これを着用した人体なら、かなりの銃弾を止めたり逸らしたりできる。

 
                         *
 
 「ひかるちゃん、お布団敷いて」
 緊張していたせいか、一瞬、反応が遅れた。陛下は少し不安そうになさり、
 「――露骨だった? でも、途中で出すのもつまんないでしょ?」
 私は仰せの通りにした。
 枕を布団の上に置いたときに、和室と布団の組み合わせから、古風な新婚旅行を連想して、
 「枕が2つあると、それらしいのですが」
 「あ、それ、いい! 岩崎さんに出してもらって」
 私は携帯電話で岩崎さんに連絡した。枕はすぐに届き、布団の上に2つ並んだ。
 「あとは、夜で、お風呂あがりで、浴衣かー。
 夜は、どうしようもないよね。
 お風呂あがりだと、ひかるちゃんが盛り上がらないから、これもしょうがないか」
 「私はお風呂あがりでもいっこうに――」
 「せっかくお散歩して、汗かいたんだよ?」
 陛下はお召し物の袖をつまんで示された。こんな淡い匂いが届くほど近くはないのに、私の鼻は、陛下のお身体の匂いをかぎとっていた。私は顔を赤らめて、そむけてしまう。
 「あーっ、ノリ悪ーい。
 ……って、私もだね。もういいや。寝る」
 陛下はお布団に入ってしまわれた。私は笑って、
 「おやすみなさいませ」
 「おやすみー」
 陛下は、お布団の左側を空けるように、右側に寄っておられる。私はジャケットとネクタイだけ脱いで、お布団に身を滑りこませた。
 陛下の指先が、私の指に触れる。
 握るのは、陛下のご安眠を妨げることになる。まさか本当に眠っておられるのではないだろうが、そういう設定になっている。握るかわりに、指が離れないように、触れつづけているように、注意する。
 ベルトや防刃防弾チョッキをつけたままで布団に入るのは、どうも落ち着かない。陛下も、私ほどの重装備ではないとはいえ、落ち着かないのは同じはずだ。
 「そのお召し物のままでは、お身体が休まりません。脱がせてさしあげます」
 「おねがーい」
 そうおっしゃったものの、陛下はお身体を起こしたりはなさらない。このまま脱がせるように、との思し召しだろう。私は掛け布団をはいで、スカートのファスナーから外していった。
 何度もうつぶせと仰向けを入れ替え、腰や背中を浮かせていただき、次は下着というところまでたどりついた。その先へゆく前に、私は手を休めて、お召し物を畳む。
 そこへ陛下が、
 「ひかるちゃんは、そっちのほうが好きなんだよねー?」
 そっちというのは――お召し物のことだとすぐに悟る。
 「私は、」
 「むきにならないの。笑顔。これ、命令ね」
 私はとっさに笑顔を作った。
 「はい」
 「わかった? ほんと? じゃあね、命令。
 私の服のほうが、私よりも好きなんだって、認めなさい」
 笑顔を崩さないようにしながら私は、
 「お言葉ですが、」
 「め・い・れ・い。ひかるちゃんはー、私のいうことをー、きくの」
 「……かしこまりました。
 私は、陸子さまよりも、陸子さまが召されたあとの衣服のほうが、好きです。認めます」
 「私の服が、どんな風に好きなの? いつもいっしょにいたい? 手をつないでほしい?」
 それで陛下のお考えがわかってきた。
 「いいえ。ただ匂いをかいで――」
 この癖が陛下にばれたときに、仰せつかった。匂いをかぐのを、『ちゃんと楽しむこと。「自分でもわけがわからない」、じゃなくて』。宿題を調べられている小学生のような気分だった。
 「――気持ちを満たしたいだけです」
 「それって、布団のなかでもできるよねー?」
 逆らう理由もない。
 自分の服を脱ぎ、シャツの下の防刃防弾チョッキも脱ぐ。
 脱いだとき、陛下の視線を感じて目を上げると、まさに私を見つめておられた。恥ずかしくて、腰に手を回してしまう。けれど陛下が目をそらしてくださる様子はない。私はブラジャーに手をかけた。すると、
 「下着は脱がないで。それと、私のシャツブラウス、持ってきて」
 そうして私は布団に戻った。
 すべきことはわかっていた。お互いの息がかかる距離で、陛下と向き合いながら、
 「お願い申し上げます。陸子さまのお召し物の、ぬくもりと残り香を楽しむことを、どうかお許しください」
 本当はもう楽しんでいた。お布団には、陛下の匂いがしみついている。
 「いいよー」
 お召し物を鼻に近づける。
 落ち着くと同時に、高揚する。きっと私はいま妙な顔をしている。目を細めて、微笑んでいるような、眠たそうな。
 その最中に、陛下は私の手から、お召し物を奪い取ってしまわれた。奪い取って、ご自分の胸に押しつけながら、
 「ほら、もっと、くんくんして」
 一瞬そうしかけて、やめて、そのかわりに、まず陛下の唇に指で触れ、次に、唇で触れた。
 「こっちのほうが好きなんでしょ?」
と、お召し物を示される。
 「浮気でございます」
 私は素早く自分の下着を脱ぐ。脱いだものを枕元に置こうとした手を、陛下はおとりになり、
 「ひかるちゃんの、くんくんしちゃうよ」
 そうおっしゃって、そうなさった。
 私は理不尽なくらい昂ぶった。お身体の上におおいかぶさり、自分の肌をこすりつける。気のきかないやりかただとはわかっていても、どうしても、こうしたかった。
 「私の服にしてるみたいに、して」
 大いに不満だったが、陛下の仰せには否応もない。
 「……かしこまりました」
 「胸とか、いいんじゃないかな?」
 陛下は華やかな下着を好んでお召しになる。その下着に包まれた胸に、鼻を近寄せて、匂いをかぐ。
 匂いをかぐ行為には、言葉も接触もない。お互いの表情も見えない。陛下はこんなことを楽しまれるのだろうか。お顔をうかがうと、目が合う。
 「楽しくない?」
 「陸子さまが退屈なさっているのではと、気にかかりました。これといって動きのないものですので」
 「私の服にするときも、そんなこと気にしてる? 服は退屈しないよ?
 私は、ひかるちゃんがひとりで勝手にさかってるのが、好きなの。ええとね、だから、私でオナニーしてほしいの」
 陛下はいつも、言いにくいことを、ためらいなくおっしゃる。私はあまりそういうことを言えないたちなので、どう申し上げたものか困ってしまう。
 「陸子さまのお召し物で、そのような真似をしたことはございません」
 「おまんこ使うばっかりが能じゃないよ。ひかるちゃんが匂いをかぐっていうのは、鼻で気持ちよくなるんでしょ?」
 それで私は、陛下のお身体をてっぺんからつま先まで、匂いをかいでゆくことにした。胸から始まって、わきの下、首、口、耳と進んでいったが、髪まできて、やめた。
 「申し訳ございません。鼻が疲れて、匂いがよくわからなくなってきました」
 鼻そのものより、精神的に疲れた。匂いをかぐのは疲れることだと、初めて知った。
 「それじゃ、ひとやすみしよ」
 けれど私は休まず、陛下の下着を脱がせてさしあげた。
 補正力のある下着なしで横になると、陛下のあのとても女らしいお胸も、存在感がない。それが寂しくて、胸のふくらみを作るようにまさぐってみると、その手ごたえに驚いた。もしこれが胸なら、私のは胸ではない。
 「ひかるちゃんに揉まれたら、もっと大きくなっちゃうよ?」
 陛下がご自分の胸をどのように思っておられるのか、私は知らない。誇りとなさっているのか、厄介に感じておられるのか。その両方だろう、と見当をつけた。
 「大きくなったぶんは、私が支えてさしあげます」
 その胸に唇で触れ、歯を立てて、甘く噛む。緋沙子がしてくれたように。
 
 事の終わりまで、緋沙子の名前はあがらなかった。
Continue

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2006年05月05日

DELETEと参照

 Houndを通じてかれこれ1年以上、RDB(PostgreSQL)とORM(Cayenne)につきあってきた。そろそろ、この世界の味がわかってきたので、書きとめておく。
 結論:DELETEは深遠な哲学的問題だ。

 
 本題に入る前に、RDBの濫用について片付けておこう。
 RDBは、あらゆるコンピュータ技術のなかで、もっとも濫用されている。積もりに積もった装飾をはぎとってみれば、RDBというシロモノは、ある面で比類なく優れているかわりに、それ以外の面では恐ろしく融通がきかない。オブジェクト指向がミニバンだとしたら、RDBはF1マシンだ。装飾に隠されてはいるが、本質は変えられない。このことを忘れて設計した人々は、あとで莫大な額のツケを請求される(こうしてOracleが儲かるわけだ)。
 手始めに、行ロックを退けよう。トランザクションを開始するときには、トランザクションを終了するまでの全SQL文を用意しておかなければならない。アプリケーションがトランザクション中にクエリの結果を見て処理するのは、トランザクションの濫用だ。この濫用パターンを仮に、『見る前に跳べ』アンチパターンと名づけよう。
 いま永続化にRDBを使う理由はなんだろうか。私見ではそれはスケーラビリティに尽きる。ロックとクエリとデータサイズがスケールアウトすること、これがRDBの魂だ。商用RDBMSのロックマネージャは、いま利用できる実装のなかでは、もっともよくスケールアウトするロックマネージャだ。なのに、『見る前に跳べ』アンチパターンは、ロックマネージャのキャパシティを浪費する。RDBを使うべき理由自体を掘り崩しているわけだ。しかもロックマネージャのキャパシティは見えにくい。その結果、「ワカったときにはもう遅い」という状態に陥る。最近ではココログがこの罠にはまった。
 もうひとつ、分散ファイルシステムの代用としてRDBを使うという悪習を退けよう。このパターンにはすでにぴったりの名前がある。『ゴールデンハンマー』アンチパターンだ。噂によると、この世には、画像までRDBに入れる馬鹿がいるらしい。
 粗粒度のデータはRDBに入れるべきではない。あまりにもわかりきったことを説明しているようだが、これを説明しなければならないのが現実らしい。分散ファイルシステムを設置するまでもないくらいデータが小さいのなら、普通のファイルシステムを使えばいい。(ただ、Linuxではこれをやると稼動率が下がるかもしれない。ファイルシステムが腐っているのだ。FreeBSD等をお勧めする)
 
 『見る前に跳べ』アンチパターンを退けたので、見てから跳ぶことになる。それには、「アプリケーショントランザクション」(以下「APPトランザクション」と略す)という概念が必要になる。
 この概念は『Hibernate イン アクション』(7andy)で詳しく説明されている。RDBのトランザクション単位の外で、必要なレベルの一貫性を確保しながらデータを操作することだと考えればいい。不変であることが求められる行には楽観ロックをかける。不変性が必要なければUnrepeatable readを覚悟する。トランザクションの隔離というあの迷宮が、ここにも広がっているわけだ。隔離レベルはただひとつ、Read committedである。
 APPトランザクション中では、必要なデータをRDBから得るために、複数のRDBトランザクションを必要とすることがある。たとえばこんな状況だ。
 
 テーブルA・B・Cがある。テーブルB・CはAを参照している。テーブルAには楽観ロックをかけるが、B・Cには不変性は必要ない。
 テーブルCはAに対して非常に大きな多重度を持つ。このため、単純にテーブルAの外部キーでSELECTしただけでは、結果のデータが多すぎる。テーブルAの外部キーだけでなく、さまざまな条件で絞り込む必要がある。その条件を得るには、テーブルBのデータを処理し、さらに外部からデータXを得る必要がある。データXは時間につれて変化するため、あらかじめ処理結果をキャッシュしておくことはできない。
 そのため、アプリケーションは最初に、
RDBトランザクション1:テーブルAとBをJOINしてクエリをかける。
 これで得られたデータを処理する。その結果を生かして、
RDBトランザクション2:テーブルCにクエリをかける。
 さて、RDBトランザクション1と2のあいだで、テーブルB・Cの内容が変更された場合、なにが起こるだろう。UPDATEとINSERTは問題にならない。だが、テーブルCにDELETEがかかっていて、それがRDBトランザクション2で得られるはずの行を消していたら? 楽観ロックをかけたわけではないのに、楽観ロックに失敗したのと同じことになる。不変性は必要なくても、行の存在は必要、というケースがこの世にはある。並行性の高いアプリケーションを作ろうとしたら、必ず遭遇する(Houndがこれだ)。
 この問題は、ごく些細なことに見えるが、根が深い。
 当面の解決策はある。たとえば以下のとおりだ。
・APPトランザクションの開始時刻をアプリケーション内で保持しておく
・テーブルCに削除時刻のカラムを加え、DELETEのかわりにこれを使う
・RDBトランザクション2のクエリに、APPトランザクション開始時刻の条件を加え、開始後に削除されたものは見えるようにする
・APPトランザクションの生存期間より古い削除時刻の行を定期的にDELETE
 これで望みどおりの挙動が得られる。
 だが、この解決策は、根本的にダメだ。
 まず、テーブルCにかかわるすべてのクエリに、自明性の乏しい条件を加えなければならない。保守のコストはおそらく数倍になるだろう。テストで問題を検出することの難しさを思えば、数倍ではすまないかもしれない。
 古い行を定期的にDELETEする、という動作は、追記型RDBMSのVACUUMを連想させる。目的はそれぞれ異なるが、似た作業をやっていることは確かだ。なにかしら間違った枠組みで物事を捉えているのではないか、と考えさせられる。
 では、RDBMS側でこのような挙動をサポートする、というのはどうか? 
・あらかじめAPPトランザクションの生存期間を設定しておく
・DELETEの際には記憶領域は初期化せず、削除時刻を隠しカラムに記録しておく
・RDBトランザクションを開始するときにAPPトランザクション開始時刻を渡す
・APPトランザクション開始時刻後にDELETEされた行は存在するものとして扱う
・VACUUMの際、APPトランザクションの生存期間を過ぎていない行の記憶領域は初期化しない
 これでは足りない。同一APPトランザクション中で、以前のRDBトランザクションでDELETEしたはずの行が読めてしまう。
 だがこれを防ぐには、RDBMSがAPPトランザクション自体をサポートせねばならず、それは結局『見る前に跳べ』と同じことになってしまう。
 
 問題をまとめてみよう。
・行の存在は、UPDATEやINSERTでは破壊されないが、DELETEでは破壊される
・そのためDELETEは、APPトランザクションに対して、不要な不変性を押し付ける
 「不要な不変性を押し付ける」という性質は、DELETEにだけ存在する。DELETEは深遠な哲学的問題なのだ。
 
 この問題を根本的に解決するには、通常のRDBのデータモデルをやめ、参照とガベージコレクションを採用するしかない。それはDELETEのない世界だ。
 アプリケーションと密に結合しなくても、ガベージコレクションは可能だ。データベース上で参照されなくなってもAPPトランザクションの生存期間が過ぎていない行は削除しない、というだけのことだ。
 現在のRDBMSの実装上でも、参照とガベージコレクションの真似をすることはできる。最初の解決策(削除時刻のカラムを追加する)をもう少し複雑にすればいい。保守不可能なこと請け合いだが。
 歴史をみると、どうやらOODBは必要とされなかったらしい。だが、DELETEのないRDBは必要だ。現在、マルチコアCPUと分散処理が普及しつつある。並行性の高いアプリケーションはこれから桁違いに増えるだろう。
 私は挑戦者を待っている。金銭で報いることはどうやらできそうにないが、理解することはできるだろう。

Posted by hajime at 01:32 | Comments (0)

2006年05月02日

1492:39

 風邪は、罹っている最中はひどいものだが、治ったあとがいい。風邪をひく前よりも健康になるような気がする。手術のあとの発熱では、こうはいかない。

 
                          *
 
 お見舞いにきた理事たちを適当にあしらって追い返すと、陛下は気持ちよさそうに背伸びをなさり、さらにくるりと一回転なさった。
 「遊ぼ!」
 陛下はすっかり快復された。熱も引き、喉の調子もいつもどおりとのこと。とはいえ、昨日の午後のうちに、今日のご予定はあらかたキャンセルされている。夜にチャリティコンサートへのご出席があるだけだ。
 庭にお出でになり、草木や花をつぶさにご覧になってゆく。陛下は、きれいに整えられた草木よりも、不ぞろいなものや、ぽつんと生えている雑草のようなものを楽しまれる。以前、植え込みの中にひょっこり生えていた色鮮やかな茸を見つけたときは、ずいぶんご執心なさっていた。
 庭だけでは物足りないと、公邸のそばにあるロシア陸軍基地へと足を向けられる。途中から、基地隊司令官のリュビーモフ大佐が散歩に合流する。
 陛下、私、警護部職員2人、道案内役の下士官、リュビーモフ大佐、その通訳、これといって用事のなさそうな将校が2人。これだけの人数が連れ立ってぞろぞろと歩けば、人目につくことおびただしい。陛下に気づいた兵士たちがみな、飛び跳ねるようにして手を振ってくれる。
 草木は目にうるわしく、土は心地よく歩ける。けれど建物は、あまり気持ちのいい眺めではない。この基地隊も、在千ロシア軍の常で、定員を半分以下に割り込んでいる。人の住まなくなった古い兵舎や、使われなくなった格納庫が、朽ちるままにされている。風情があるともいえるが、千葉の独立を支える身にとっては、心もとない。
 散歩から戻ると、ちょうど昼食どきだった。メイドたちと一緒の食事はただでさえ賑やかで、さらに今日の陛下は、まるで昨日のぶんを取り返そうかという勢いではしゃいでおられた。
 昼食がすんで、執務室に下がろうとしたとき、
 「ひかるちゃん、こっちー」
と、陛下がお招きくださり、お部屋にご一緒した。
 お部屋に入るまぎわに、陛下はおっしゃった。
 「岩崎さーん、当番が終わるまで女中控室で待機」
 当番のメイドは、お部屋の隣に控えて、陛下のご用をうかがう。今日の午後からの当番が、岩崎さんだ。
 女中控室は離れにある。当番のメイドを女中控室にやれば、陛下のお声を聞く者はいない。つまり、陛下は私と二人きりになる。
 私は身が引き締まるのを感じた。
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Posted by hajime at 09:43 | Comments (0)