監視カメラ網と顔認識技術を組み合わせたシステムについては、こんな記事がある。
これほどの技術を投入しても、犯罪発生率は30%下がったにすぎない。苛政は虎よりも猛しだ。
*
天気のいい日曜日のディズニーランドに行くのは、行列しにいくようなものだ。それでちょうどよかった。話すことがたくさんあった。日本政府の動き、千葉の政治的な雰囲気、財団の内情。
「警護部は増員されたけど、フルタイムのメイドはいま4人しかいない。バイトを入れてるけど、これが役立たずでねえ。お客の前には出せない連中だし」
私のいたころから比べると、王位継承者の数、つまり財団の財源が三分の一以下に減った。外交上の応接をすることが少なくなった現在、メイドの頭数が削られるのはしかたない。
「バイトを入れて、安全上は問題ないんですか?」
「全員が職員寮だから、素行はつかめてると思う。情報は、ある程度はしょうがないね。陛下がどんなかたか、もうあらかた知れ渡ってるから、いまさら神経質になっても」
あとから考えれば、パートタイムなのに職員寮に入っている、というところで疑問に思うべきだった。けれどそのときはなにも思わず、
「陛下の人気はいま上昇中のようですが」
と、次に行ってしまった。
昼過ぎに、
「あのレストラン、まだあったんだ」
と美園は園内のレストランを指さした。
「あれがなにか?」
「覚えてない? 前に来たときにあそこで食べたよ」
それで思い出した。
まだお昼どきということもあって、ここも行列だった。とはいえ、今日のような日は、どこに行くにも行列だ。かなり並んでから、やっと店内に入る。
「さて。
前置きは、これくらいでいいかな。
ひさちゃんと別れたでしょう。どうして?」
「よくご存じですね」
「車の名義を移したでしょう。ロシアでも自動車の登録名義は公示されてるの――ってのは建前だけど。
でもって、ひさちゃんを連れずに帰国するっていうからさ、こりゃ別れたな、って。そしたら帰国して一番最初に私に連絡つけてくれた。嬉しかったな」
今度は聞き逃さなかった。
「どうして一番最初だとわかりました?」
「成田空港に監視カメラがいくつあるか知ってる? 携帯の通信もモニターしてるし」
最近では監視カメラ映像の分析能力が向上していて、何万人もの人間を同時にリアルタイムで追跡できるという。
「護衛官の職務と関係のない情報をずいぶんお持ちですね。財団の機密保持能力が心配になってきますが」
「ああこれ財団抜きで内務省から直接。私、保安局員だったの。護衛官と兼任できないから今は違うけどね、形式上」
内務省保安局――いわゆる諜報機関だ。会議などで何度か局員を見たことがある。それぞれ別人だったのに、同一人物のように思えて仕方なかった。全員が全員、雰囲気がそっくりなのだ。
「……は?」
いったいなんの冗談かと思ったけれど、美園が握っている情報は本物だ。私に手を出したり、浮気がバレて離婚したり、でたらめなことばかりしているこの美園が、あの無個性な保安局員?
「ついでにいうと、歳も3つサバ読んでる。これから一生サバ読んで通すから、いやあ得した。
陛下は保安局のやり口にお詳しいからね。お側仕えのメイドを中学生で揃えろ、なんて言ったのも、私みたいなのを入れたくなかったんでしょう。でもこっちも仕事だから、備えはあったわけ。つまり私。
国王財団に新卒で入れなんて、退職勧告みたいなもんだけどさ。辞めないで粘ってたら、陛下がご即位なさって、これだもん。人生っておいしいわ」
退職勧告同然の扱いを受けたということは、美園は保安局でもなにかやらかしたのだろう。
「……陛下はご存じですか?」
「たぶんね。でもまさか、『バレてますか?』なんてお尋ねできないでしょう。
でも、ひかるにはバラしちゃった。なんでかっていえば――もう護衛官をやめるから」
Continue
自分でコンテンツマッチエンジンを作ってみて、よくわかった。Googleは人間グリッドコンピューティングを実用化した。Googleの莫大な利益はそこから生じている。AdSenseとAdWordsのことだ。
何度でも言おう。コンテンツマッチは、アルゴリズムの問題ではない。たくさんの広告主を使って人力でマッチングさせることが、コンテンツマッチの本質だ。しかも広告主は、働いてくれるだけでなく、金までくれる。こんなにおいしい商売をしているのだから、あの時価総額にもなるわけだ。
本屋に行ったら、ゴーチエ『モーパン嬢』が新刊で並んでいた。新訳らしい。いまのところ上巻だけで、下巻は来月か。
なんとも古めかしい(本当に古いのだが)タイプの百合なので、歴史に興味があればどうぞ。
人に会うたびに「こばと会に入るんだ」と言ってまわっている今日このごろ、読者諸氏はいかがお過ごしだろうか。
方法論(ソフトウェア開発の)と恋愛論は似ている。どちらも自分語りの電波、つまり巣鴨こばと会文書だ。だから面白い。アジャイル方法論を人に押し付ける連中(1, 2)は、巣鴨こばと会メンバーによく似ている。
ただ困るのは、彼らがゾンビではなく経営陣だということだ。自分では体を張らずに、上から物を言う。最悪だ。
恋愛論のなかでも、「結婚できる・できない」という問題系では、女性はこの管理職の立場にある。
この問題では、女性は体を張らない。統計をみると、女性は結婚してもしなくても、平均余命は変わらない。しかし結婚しない男性は露骨に短くなる。そして男性の配偶者は(たいてい)女性だ。この客観的諸条件のもとでは、女性がなにを言っても、「上から物を言う」ことになる。
というわけで、上から物を言いたい女性諸氏は、「結婚できる・できない」という問題系で発言してみるといい。運がよければ暇人が食いついてくるかもしれない。
*
電話がつながるなり、
「あのねえ、私はそんな重たい女じゃないの。昔の男の携帯番号なんてすぐ消すよ? 昔どころか今の男でもうざいんだから――なーんてね。今の男なんていないよ。この仕事ヤバいわ。仕事っていうか陛下がヤバいんだけどさ。……って、愚痴は後回しだ。
昔の携帯番号なんてすぐ消すっていうのは本当。消さないのは、なんてのか、自分的に記念な奴。昔の男なんてぜんぜん記念にならないけど、昔の女は、けっこうグレード高い。それに、初めてだったしね。
こっちはこんな感じかな。
――ひかるさまはいかがお過ごしになられましたか?」
その声に、口調に、昔のさまざまな思い出が呼び覚まされる。
「いまちょっと泣けました」
「こーんないい女をほっといたんだから、そりゃあ泣けるでしょう。
いろいろ思い出した? 私の匂いが恋しい?」
「いま友達の車の中ですので」
「なにそれ。もっと節操のあるところでかけようよ。テンションあげてないと、こっちも泣けてきちゃうじゃないのよ。
あーやだやだ泣けてきた。あさっての朝10時に、うちに車で迎えにきてよ。うちはいま官舎。ディズニーランドいこう。じゃね」
電話が切れた。
由美が言った、
「車、貸そうか?」
「聞こえなかったふりしてよ」
「黙って役得って嫌いなんだわ」
「……車は貸して」
私はハンカチで涙をぬぐった。
*
朝、美園のところに行く前に、木更津の街をひとめぐりした。
駅の近くのアニメショップは、どうやらまだ営業しているようだった。陛下のご贔屓をあてこんでできた店で、その狙いどおり、陛下はよくここに立ち寄られていた。いつ行っても閑散としていて、そのうち潰れるのではと心配していたけれど、杞憂だったらしい。
港の出口にかかる高さ27メートルの歩道橋、中の島大橋に登り、街を眺める。緋沙子の住んでいたマンションが見える。公邸は、木立に囲まれているので、ここからは見えない。離れの端っこが見えるだけだ。けれど、その端っこにさえ、胸がしめつけられる。
海のほうも眺める。この橋は海の上にあるので、足の下から水平線まで、ずっと海が続いている。欄干が低くて、ちょっと恐いかわりに、眺望を遮るものもない。もやのない晴れた日には、地球の丸さを目で見ることができる。あいにく今はまだ朝もやが残っていて、それほどではない。
初めてここに登ったのは、いつだったか。護衛官に任じられて、研修を終えて官舎に入って――たしか日曜日だった。
あのとき私はまだ通販を使っていなくて、休日のたびになにかを買いに、千葉市や品川まで行った。ものすごいお金持ちになったような気がして、いろんなものが欲しかった。まんが家のアシスタントをしていた21歳の女にとっては、指定職4号俸は使い出があった。欲しかった靴を全部買った。その嬉しさも、買い物をする時間がもったいないと、気づくまでのことだったけれど。
橋を渡り、中の島に降りる。島の西側は潮干狩り用の砂浜で、フェンスに囲まれていて入れない。私は東側にある公園を歩く。この公園にあるのは芝生と木立だけで、遊具やベンチはない。野球ができるくらいの面積をひとり占めして、あてもなく歩く。中の島には人家がないので、朝からここに散歩にくるような人はいない。
一度、ここで警護をしたことがある。なにかのイベントだった。どんなことがあっただろう――そうだ、陛下はおっしゃった。『海っていいよねー。どきどきする。ひかるちゃんは?』。なんとお答えしたかは、覚えていない。
公邸周囲の検問線を、ひさしぶりに通る。
身体検査・荷物検査・車両検査は昔と同じだったけれど、ビデオ撮影が追加されていた。顔や身振りの特徴を指紋のように数値化する技術を使ったもので、街頭の監視カメラなどのデータと照合・分析することで、その人物に怪しい行動歴がないかを調べる。
内側の検問線にいた警官のひとりが、昔の顔見知りだった。笑いながら敬礼してくれたので、こちらも笑いながら答礼した。
美園は門の前で待っていた。助手席に乗り込みながら美園は、
「おはよー。
儒教の二十四孝って知ってる?」
なんの前置きもなしに話が始まる。美園だ、と実感する。
「いいえ」
「昔の中国の親孝行物語のベスト24決定版、って感じの奴なんだけどさ。このなかに、70歳のジジイが幼児プレイする話があるんだわ。ジジイが赤ちゃん役で、相手はジジイの親、95歳!
なんで幼児プレイするかっていうとね、子の自分が老けこんでると、親は己の歳を感じて辛いから、親孝行のために、自分は赤ちゃんのふりをする――っていうんだわ。頭おかしいね。
でも、さっきお化粧してたら、幼児プレイジジイの気持ち、ちょっとわかった。
自分が老けてるのは嫌じゃないけどさ、私が老けたのをひかるに見せるのは、辛いなーって」
私は車を止めた。
「運転中に泣かせないでください」
「それじゃ今のうちに徹底的に泣かせるぜ。
私が離婚したの知ってる? 知らなかったでしょ。そのへんの情報はきっちり押さえてるからね。子供はあっちに取られた。離婚原因が私だし、男の子だから家の後継ぎって奴だったから。もっと産んどけばよかったなあ。ああそうそう、離婚原因は私の浮気ね。男。子供の養育費も払ってる。泣けるでしょう。
離婚もヤバかったけど、陛下は現在進行形でヤバい。もういっぺん浮気したら刑務所に行ってやる、って言われたよ。私を殺して刑務所に行くんだって。自分も死んでやる、じゃないってのが、いいよね。おっと、自慢話になっちゃった。
仕事のときの服にはけっこう張り込んでるんだけど、見てくれてた? あれと養育費で、給料全部ふっとんでるんだわ。おかげで貯金はぜんぜんなし。泣けるでしょう。
そして真打はこいつ」
美園は右足をダッシュボードの上に置いた。靴はサンダルで、爪にはペディキュアがしてある。一瞬、生身の足に見えた。
「よくできてるでしょ。左足の型を取って、コンピュータで左右反転させて作ってあるの。高いんだよ。
これはね、今は別にいいんだわ。普通に歩けるし。歳をとってからが問題でね。長生きしたら、関節を痛めて車椅子になるだろうって。泣けるでしょう。そうなったら、ひかるが車椅子を押してよ――冗談だって。男くらい見つけるよ。
泣ける話は、これで全部かな。
人生なんて四苦八苦よ。仏教の四苦八苦、知ってる? 生・老・病・死、怨憎会苦、愛別離苦、……あと二つ、なんだったっけ。まあいいや。
でもね、楽しかった。
さーて、ディズニーランドにレッツゴー」
美園は威勢よく号令をかけると、おとなしく黙って、私が泣きやむのを待ってくれた。
Continue
誰のどんな言葉か思い出せないが、うろ覚えで引用する。「発見とは、未知の大陸にたどりつくことではなく、新しい物の見方をすることである」。
少コミを、新しい見方で読もう。
私はいまのところまだ、これといった新しい見方を発見できていない。精進あるのみだ。
さて、第22号のレビューである。
・悠妃りゅう『恋するふたりの蜜なやりかた』新連載第1回
あらすじ:地味な主人公が運に恵まれて、華やかな彼氏役(嵐)とつきあいはじめる。
読んで素直に頭に入る。これといった欠点はないものの、彼氏役のアピールが足りない。また、3回連載なのに、次回へのヒキが見当たらない。本誌巻頭のプレッシャーに手が縮んだか。
採点:★☆☆☆☆
・池山田剛『うわさの翠くん!!』連載第6回
あらすじ:振られ役(カズマ)の純情と恋心をアピール。
カズマのアピールは、この作品の柱だけあって、うまく機能している。振られ役に魅力がないと、こういう話は成り立たない。
が、主人公(翠)の魅力がいまひとつアピールできていない。
翠はとんでもないことを平然とやってのける。男子校に潜入したり、男子校の制服姿のままで女物の服を買って着替えたりしている。そのすごさが、いまひとつアピールしきれていない気がする。
採点:★★★☆☆
・車谷晴子『アイドル様の夜のお顔』連載第2回
あらすじ:理想のアイドル(ワイルド系)のそばにいて、いい目をみる。
彼氏役に言い寄ろうとする女をいい加減に描いたうえに、彼氏役がその女を貶める――よくあるパターンだが、最悪のパターンでもある。
これのどこがどう話になっているのか、今回もわからなかった。
採点:☆☆☆☆☆ 本当はもっと低い。
・青木琴美『僕の初恋をキミに捧ぐ』連載第28回
あらすじ:前回に引き続き、繭と逞が再接近。
話の旋回軸がまだ見えてこない――と前回と同じではつまらないので、もう少し詳しく。
この作品の開始時点では、「逞は遠からず死ぬ」がヒキの材料だった。単純だが強いヒキだ。そのヒキが、照の死によって、どんな意味合いに変化したのか? それがまだ見えてこないので、「旋回軸が見えない」というわけだ。
また、「旋回軸」の概念について。
同じヒキで延々とひっぱりつづけるのには無理がある。が、ヒキを別のものに取り替えるのもまずい(彼氏役を取り替えるようなものだ)。ヒキの連続性を保ちながら方向を変えてゆき、しかも全体としては一貫性のある動きをさせたい。そこで、ヒキで直線にひっぱるのではなく、円弧にひっぱる。その円弧の中心が旋回軸だ。
採点:★★★☆☆
・千葉コズエ『7限目はヒミツ。』新連載第1回
あらすじ:転校を機に、無理めなイメチェンを図った主人公。その孤独に気づいていて、友達になる彼氏役。
少コミには珍しく、彼氏役が癒し系だ。
作者は新人らしいが、新人離れした画面を作っている。たとえばロングの使い方だ。ネームもいい。なにげない説得力に満ちている。いろんなものが、実によく伝わる。
素晴らしい。好きだ。
採点:★★★★★
・水波風南『狂想ヘヴン』連載第4回
あらすじ:乃亜が彼氏役(蒼以)の占有を主張するため水泳部廃部工作をバラす。その隙に、当て馬(夏壱)が主人公に言い寄る。
水泳部廃部工作が明らかになったことで、蒼以が別の顔を見せる準備が整った。
採点:★★☆☆☆
・みつき海湖『告白禁止令!』読み切り
あらすじ:クールな彼氏役を自分に惚れさせようと悪戦苦闘する主人公。
私は、クールな彼氏役にはあまり感心しないたちなのだが、話を盛り上げるのに好都合であることは認めざるをえない。
読んで素直に頭に入るし、話にもなっているが、それ以上のものがない。
採点:★☆☆☆☆
・織田綺『LOVEY DOVEY』連載第8回
あらすじ:幼馴染(敬士)が微妙にアピール。
ヒキらしいものが見当たらないのが気になる。
採点:★★☆☆☆
・しがの夷織『めちゃモテ・ハニィ』連載第9回
あらすじ:彼氏役(大輝)と同棲を始める主人公。
いちゃいちゃしている。次回、この楽園をどう壊すか。
採点:★★☆☆☆
・水瀬藍『天然×恋愛÷モデル』読み切り
あらすじ:怖そうな彼氏役は実はいい人。
登場人物の心理、画面、ネーム、あらゆるものが図式的で、ぎこちない。
採点:★☆☆☆☆
・新條まゆ『愛を歌うより俺に溺れろ!』連載第18回
あらすじ:馬鹿話。
今回はちょっと新條パワーが出ていた。
採点:★★★☆☆
咲坂芽亜『ラブリー・レッスン』連作読み切り
あらすじ:守りの過剰メイクから、攻めのナチュラルモテメイクへ。
話が散漫で、画面のメリハリが弱い。連載で息切れしたか。
採点:★★☆☆☆
第12回に続く
Googleもすなるコンテンツマッチといふものを、Houndもしてみむとて、したなり。
というわけで、いまHoundの広告はコンテンツマッチになっている。マッチングのエンジンは私が作った。
自分で作って初めてわかったことを、いくつか書き留めておく。
・広告主を働かせろ
Googleのコンテンツマッチがよくマッチするのは、アルゴリズムが偉いのではない。広告主を働かせる仕組みが偉い。たくさんの広告主が頭をひねって最大の効果を狙うからこそ、あれほどマッチする。広告主を働かせずにコンテンツマッチするのは、あまりにもつらい。Amazonおまかせリンクがあまりマッチしないと評判だが、よくやっているほうだと思う。
・作るには時間がかかる
私の後に続く挑戦者諸氏に一言。コンテンツマッチエンジンを作るのは、とにかく時間がかかる。あなたか天才プログラマでないかぎり、夏休みの自由研究で挑戦するのはお勧めできない。
・形態素解析は不要かもしれない
マッチング用インデックスはbi-gramで作っている。固有名詞に反応してくれないので駄目そうに思えるが、なかなかどうして、ちゃんと反応してくれる。
なお、このコンテンツマッチエンジンは、来月中にWebサービス(SOAP)として公開する予定である。
A guaranteed Terabyte of Internet-based storage space for EVERYTHING and for EVERYONE running Windows in the world.
たしかにこれはしょぼい。「絶対にスパムや成りすましのありえない、非常に安価なメールシステム」という身近な夢のほうが、どう考えても壮大だ。
そこまでいかなくても、ほぼ完璧なスパムボット対策(ポルノグリッドでも破れない)くらいはなんとかなってほしい。
スパマーは、同じ意味のメッセージを大量にばらまかざるをえないという性質上、ほぼ完璧な防御も不可能ではないはずだ。たとえば、同じ特徴を持つメッセージの流量が特異的に増えたことを検知して弾けば……と思ったが、これでは佐賀のような事態に対応できない。やはり人工知能的なものが必要か。
先日の続き。
こんな状況を想定しよう。hoge.gifのリクエストが集中しているので、負荷分散のため、ノードBもhoge.gifをキャッシュすることになった。さて、ノードBがhoge.gifを取得しようとしたとき、どこから持ってくるのが一番速いか?
ノードAから、が一番速い。なにしろメモリ上にキャッシュしている。
ノードAだけがhoge.gifをHDDから読み込むのなら、他のノードがHDDからhoge.gifを読み込めても意味がない。
というわけで、hoge.gifが書き込まれたHDDは、ノードAのローカルHDDだけでいい。ストレージを共有する必要はない。つまり、シェアードナッシングだ。
以上の議論では、リクエスト(GET /hoge.gif)とそれを処理するためのデータ(hoge.gif)が一対一に対応している。このときには、ハッシュ関数の引数は、「GET /hoge.gif」という文字列で十分だろう。
しかし、もう少し中身のある処理をするなら、これほど単純にはいかない。
「GET /bar?user=maria」というリクエストを考えよう。このリクエストを処理するには、mariaというユーザに関するデータが必要だとする。そして、「GET /fuga?user=maria」というリクエストもあるとする。これを処理するにもやはり、mariaというユーザに関するデータが必要だとする。
文字列「GET /bar?user=maria」と「GET /fuga?user=maria」のハッシュ値は異なる。同じ値を返すようにハッシュ関数を作ろうとすれば、それはすでにハッシュ関数とはいえない。ハッシュ関数の引数には、「maria」という文字列を入れなければならない。
というわけで、文字列「maria」は、mariaというユーザに関するデータのありかを示すタグになる。こういうタグのことを仮に、「ノードタグ」と呼ぶことにする。ディストリビュータは、リクエストを受け取ったときに、ノードタグを取り出して配分先を判断する。また、ノードタグを取り出せるようにリクエストを設計する。
リクエストはこれでいいとして、次はデータ構造だ。
ユーザに関するデータのような構造化されたデータは、RDBに格納することが多い。普通のRDBMSは集中型の権化のような代物だが、ここでは特殊なRDBMSを仮想する。このRDBMSでは、CREATE TABLEのときに、ノードタグとして使われるカラムを指定できるようになっているものとする。そして行の粒度で各ノードに分散される。
(この行の粒度、最小の粒度のことを、仮に「レコード」と呼ぶことにする)
maria固有のデータはこれでいい。が、複数のユーザ情報間で共有されるデータもある。たとえばRDBのインデックスだ。それはどこに置くのか?
どこでもいい。「hoge.gifならノードA」式に、とにかく決まってさえいればいい。それを持っているノードはほぼ常にそれをキャッシュしているので、HDDから読み込むよりも速く読み込める(しかも負荷分散もできる)。また、任意のレコードを持っているノードはクラスタ全体に分散しているので、クラスタ全体のメモリがキャッシュとして使えるのに等しい。
ここまで読んできた暇人の読者諸賢の頭には、山のような疑問が浮かんできたことと思う。
1. レコードの粒度が小さすぎてネットワーク遅延が厳しい
2. トランザクション処理は? キャッシュ無効化は?
3. 冗長性は? レプリケーションは?
まず1から。
送信側がプリフェッチのようなおせっかいをする必要がある。が、なにを送ればいいかをレコードから調べるのは大変だ(アンマーシャルして参照を掘り出すことになる)。そこでレコードには参照をメタ情報としてつける。おせっかいで送るときは、このメタ情報を見るだけで、なにを送ればいいかがわかる。
(この参照情報はガベージコレクションにも使える)
2。
トランザクションは分散なので2相コミットになる。
キャッシュ無効化には、楽観ロックに似たテクニックを使う。まず、レコードにUUIDをつける。RDBの主キーのようなIDではなく、楽観ロックに使うタイムスタンプのようなIDだ。このUUIDのことを仮にContent IDと呼ぶ。レコードがUPDATEされたときには、無効になったContent IDをマルチキャストで投げる。もちろん、このマルチキャストがIPマルチキャストである必要はないし、まとめて投げるためにしばらく溜めておくこともできる。
(なお、UPDATEされて消えた行内容も削除せずに残しておく。この行内容のことを仮に「サブレコード」と呼ぶことにする。レコードはmutable、サブレコードはimmutableだ)
3。これが本日のハイライトだ。
結論からいうと、ガベージコレクション=レプリケーションになる。
まず、並列分散ガベージコレクションをマーク・アンド・スイープでやる方法から。
ガベージコレクション(GC)を、レコード単位ではなくサブレコード単位で行う。GC中もシステムは動いているので、1つのレコードに対して複数のサブレコードが存在しうる。この複数のサブレコードのうち、GC開始時以降に存在したサブレコードの参照すべてをたどってマークをつける。GC開始時に存在しなかったサブレコードは、マークがつかなくても削除しない。こうすることで、システム全体を止めることなくマーク・アンド・スイープをかけることができる。
マーク開始→マーク終了判定→スイープ開始→スイープ終了判定、で1回のGCが完了するが、この1サイクルに対して、開始時にID(GC ID)をつける。
データに冗長性を持たせるため、1つのレコードは複数のノードで保存される。このとき、1つのノードが担当になり、あとは副担当になる。どのノードを副担当とするかは、担当ノードと同様に、ハッシュ関数で決める。
クラスタから離脱したノードがあれば、レコードを保存するノードが1つ減る。減ったぶん、別のノードにコピーする必要がある。それをいつやるか。マーク&スイープの、マークのときだ。
担当ノードがレコードをマークするとき、副担当ノードにもマークするよう指示を出す。副担当ノードがそのレコードを持っていない場合は、担当ノードから取得する。こうして、クラスタからノードが離脱したあとの冗長性が回復される。
スイープのときに、生きているレコードのレプリカを作ることができる。同じGC IDで作られたレプリカ同士はデータに一貫性がある。
以上、DBもNASもL4ロードバランサもなく、全ノードに同じものがインストールされた(管理のラクな)PCクラスタとハブとルータだけですべてが完結するファンタジーワールドの話をした。(現実にはDNSサーバも必要なのだが。P2P DNSが欲しい)
まったく完璧ですな、あとは実装するだけですな、でもこれ全部を実装する日は永遠にこないんでしょうな、と自画自賛しつつこの項終わり。
追記:
よく考えたら、ガベージコレクションはコンカレントに実行できても、レプリケーションはシステム全体を止めないと無理だった。マーク終了からスイープ開始までのあいだに、クラスタ全体で一度、UPDATEを停止する必要がどうしてもある(INSERTは可能)。理論的に不可避な気がするので、たぶん誰かが証明しているだろう。
「倫理的に問題のあるフィクション」などというものはありうるか。
ある、と考える。具体的には、望月三起也『ワイルド7』が、私の知るかぎり史上最悪だ。国家が、法の外にある暴力機関を正義のために用い、しかもそれが賛美されている。この最悪ぶりに比べれば、『Gunslinger Girl』などまるでお嬢様のハイキングだ。
(ちなみに、成沢検事をかばう話などを読むかぎりでは、作者の正義観そのものが壊れているのではないかと思われる)
きっと、子供のときにプーチン大統領が見て感動し、KGB入りを目指すきっかけになったというTVドラマも、似たようなものだったのだろう。
そして私の知るかぎり、史上もっとも面白いまんがも『ワイルド7』なのだ。
*
統計の数字だけで言えば、西千葉の一部地域は、世界でもっともテロ事件の多い地域になっていた。
世界の他のテロ多発地域に比べて統計の網羅性が非常に高いので、単純な比較はできない。それでも過去との比較はできる。現在の統計値は、それまでの最悪の時期に比べて、2倍以上も悪い値を示していた。
その一方、日本の政界では、改憲失敗の余波も収まり、新たな改憲案の取りまとめへと動きはじめていた。
日本の警察は相変わらず、再分離運動と国王財団を潰すことに熱心だった。財団理事のひとりが千葉外に出たとき、冤罪で逮捕され、そのまま3ヶ月以上も勾留されるという事件も起こった。護衛官訴訟の判決が出れば、ただちに千葉国王と財団幹部は逮捕されるだろう、という憶測がほとんど常識として語られた。
日本の情報工作もあり、千葉国王にとってよい話はほとんど出てこなかった。なかには、『護衛官も千葉国王に見切りをつけた』という報道もあった。ただし、この話にはほとんど誰も取り合わなかった。右足の甲から先を失ってもなお陛下にお仕えする美園の姿にくらべれば、まったく信憑性のない噂だった。
けれど私はこの噂に注目した。
その噂は、かつて緋沙子のことを最初にゴシップとして報じた週刊誌から出てきていた。調べてみると、記者の署名も同じだった。
*
由美が空港まで迎えにきてくれた。
「あんたのおかげで原稿が一日早く上がっちまったよ」
「伸ばさないんだ。さすが」
「締切前に運転なんかできないね」
「そりゃそうだ。ありがと」
「あー。立ち話もなんだわ。とっとといくべ」
由美は頭をかきながら歩きはじめた。
モスクワで暮らしていたあいだも、何度か千葉に里帰りした。そのたびに由美に空港まで迎えにきてもらっていた。由美は、まんが家という仕事柄、海外の話を聞きたがった。まんが家くずれの私の話は、それなりに役に立ったのではないかと思う。
窓の外を見る。もう日は沈んでいるようだけれど、まだ明るい。時計を見て、ちょっと驚き、ここは千葉なのだと実感する。まだ7時半だ。夏のモスクワは夜の9時でもこれより明るい。
いまごろ美園はどうしているだろう。公邸に戻る途中か、官舎でくつろいでいるか、それとも警護の真っ最中か。
そのとき携帯電話ショップが目に入った。
「ちょっと待って。携帯買ってくる」
「あんたこっちの携帯も持ってなかった?」
「SIMだけね」
これまで里帰りしたときには、古い端末を人から借りて済ませていた。
携帯を買ってから、空港の駐車場にゆき、由美の車に乗る。買ったばかりの携帯で、電話をかける。
昔、名刺に書き加えて渡された番号。美園はまだこの番号を使っているだろうか。
Continue
Webサーバクラスタの空間的局所性について。
ノードのキャッシュを効率よく使うには、GET /hoge.gifは常にノードA、GET /foo.jpgは常にノードB、という具合にリクエストを配分する必要がある。全ノードがhoge.gifとfoo.jpgのキャッシュを持つのは無駄だ。ラウンドロビンやランダムロビンでリクエストを配分すると、この無駄が生じる。
では、ノードAがhoge.gifをキャッシュしていることを、どうやって知ればいいだろう。
知る必要はない。「hoge.gifならノードA」と決まってさえいればいい。
クラスタが最初にGET /hoge.gifのリクエストを受け取ったときには、どのノードもhoge.gifをキャッシュしていない。どれでもいい、だからノードAでもいい。
二度目以降はノードAでなければならないが、「hoge.gifならノードA」という関係は変わらない。
というわけで、「hoge.gifならノードA」と決まってさえいればいい。だから、任意のリクエストの配分先を決める関数は、ごく単純なものになる。ただのハッシュ関数だ。現実には、リクエストの集中する一部のリソースを複数ノードでキャッシュしたり、ノードの脱落・追加を処理したりする必要があるが、すべてハッシュ関数をいじるだけで実現できる。
(最近の研究で流行のヘテロジニアスな話やP2Pの話はすべて無視する。アブストラクト中に「heterogeneous」「adaptive」「network transparent」のどれかが出てくる論文を読むのは時間の無駄だってばっちゃが言ってた。でも書くといいことがあるらしい)
リクエストの配分先を決めるディストリビュータはどうすればいいか。クラスタの全ノードに、DNSラウンドロビンでばらまけばいい。各ノードがディストリビュータにもなり、「hoge.gifならノードA」でリクエストを配分する。
ここの研究では、「hoge.gifならノードA」の単純さをどういうわけか採用していないが、だいたい似たようなことをやっている。
以上の議論は、Webサーバクラスタに限らず、次の条件を備えたサーバクラスタすべてにあてはまる。
・ノードのメモリに乗り切らない大きさのデータセットを扱う
・個々のリクエストを処理するうえで必要なデータに空間的局所性がある
・リクエストを処理する前に、その処理に必要なデータ範囲との対応をつけられる(不完全でもいい)
この条件にはかなり一般性がある。RPCの宛先をハッシュ関数で選ぶ機能がついたクラスタ用フレームワークが、どこかにありそうなものだ。
そういうクラスタ用フレームワーク(Java用)を探して、10時間以上ぐぐったが、まだ見つからない。みんな「network transparent」で論文を書くのに忙しいらしい。
Javaの弱参照をキャッシュに使いましょう、という話がよくある。しかしこの手を考えなしに使うと、罠にはまる。私がはまった。
キャッシュ対象を生成する操作で、大量のメモリを確保・解放したら、なにが起こるか? あるときはなにも起こらない。あるときはガベージコレクションが起こる。起動後しばらくは前者であることが多い。起動からしばらくすると、後者がぼちぼちと起こるようになる。
ガベージコレクションは弱参照を消してしまう。
ということは、だ――キャッシュ対象Aを生成するときにB, C, D...が消されてしまい、その消されたBを生成するときにA, C, D...が消されてしまい…… という現象が起こる。しかもこの現象は、起動直後には起こらず、しばらく経ってから起こるようになる。
いったんこの現象が起こると、まるでスイッチが入ったように止まらなくなる。特に、複数スレッドでキャッシュ対象を生成している場合には顕著だ。キャッシュが効いているあいだには、めったにキャッシュ対象生成は起こらない。しかし、いったんガベージコレクションが起きたが最後、複数スレッドで同時にキャッシュ対象を生成しようとするため、いっそうガベージコレクションを起こしやすくなってしまう。
対策は、弱参照ではなくLRUMapを使うこと。
小さな素描が好きだ。葉書くらいの大きさの、作品というほどのものでもない、落書きのような素描。代表作がつまらない画家でも、小さな素描はたいてい面白い。
きっと、膨大な数のなかから、一番面白いものを学芸員が選び抜いて展示しているのだろう。
*
諸々の手続きに2週間かかった。家や車はみな私の名義になっていた。名義変更の手続きにはやたらに時間がかかる。ここはロシアだ。
そのあいだに私は、暇さえあれば、陛下のお姿を描いた。緋沙子が欲しがったからだ。ひさしぶりにペン入れもしてみた。けれどすぐに投げ出した。昔からペン入れは苦手だった。
ヌードもたくさん描いた。恐れ多いことでもあったし、外に漏れたらスキャンダルにもなる。けれど緋沙子の願いは断れなかった。
一枚描きあがるたびに、緋沙子はその絵をパネルに入れて、壁に飾っていった。ヌードは寝室に飾った。葉書サイズの絵も描いて、これは写真立てに入った。
家のすべての壁と棚に陛下のお姿が掲げられ、そして、私がそこを去る日がきた。
朝、緋沙子が宣言した。
「今日は、なんにもしない日」
『なんにもしない日』は安息日だ。外出はできるだけ避ける。本を読むのも、TVを見るのも、音楽を聞くのもいけない。ぼけっとするか、お茶を飲むか、おしゃべりするか、居眠りするか。とにかく、暇にしていなければならない。
このモスクワの家には、畳がある。リビングの隅に、畳を三畳敷いて、ちょっとした和風空間を作ってある。客がきたときには、ここで茶道ごっこをやってみせる。『なんにもしない日』には、ここで座布団を枕にして寝転がる。
朝食後、私はすぐに、畳に寝転がった。緋沙子も隣で横になる。
指を重ねあわせる。握らない。
そのままずっと、日差しが変わるのを眺めていた。モスクワは千葉に比べて、夏でもあまり日が高くならない。部屋の奥まで日が差し、じりじりと動いてゆく。
私も緋沙子も、なにも言わない。
ときどき寝返りをうつ。指が離れないようにしながら。
お昼の時間になり、私はうどんを作った。通販のおかげで、生鮮食料品以外は、モスクワでも千葉と同じものが食べられる。和食にかぎらず、この家の食材は、半分以上が通販だった。
「護衛官やってたときも、通販ばっかりしてたな」
「昔のドラえもんは机の引き出しから出てきたけど、今なら通販で届くかもね」
「それ、『ローゼンメイデン』」
食事中はおしゃべりがはずんだ。
食後も、他愛ないおしゃべりが続いた。いつもどおりなのに、いつになく楽しかった。呼吸がぴたりぴたりと合った。まるで時間が止まっているようだった。
そんなおしゃべりのさなかに、
「これは言わないでおこうって思ってたんだけど、言っちゃうよ――やっぱりやめとこうかな?」
と私が気を持たせると、
「葬式には来ないでほしい?」
「どこの偏屈じいさんよ。
あのね、ひさちゃんに約束する。
陛下のところに帰れるようにしてあげる」
緋沙子は黙って苦笑いした。
それから、窓の外を見た。
そして、時計を見た。
私がここを発つ時間になっていた。
Continue
概要
非常にレベルの低いソースコードを、非常にレベルの低いドキュメントだけで公開しよう。
緒言
現在では、高水準のオープンソース ソフトウェア(OSS)はありふれたものになりました。しっかりと練り上げられた設計、大量の高品質なドキュメント、膨大なユーザ数。私たちが日ごろ目にするOSSの大半は、非常に高水準のOSSです。
その水準の高さを目の当たりにするにつけ、私はこう思います――「自分には高水準のOSSなんて作れない」。そこで私は高水準のOSSをあきらめ、低レベルのOSSに固有の価値を追求することにしました。
プログラマの身の回りには、低レベルのソースコードがちらかっているはずです。コメントは皆無で関数名はでたらめ、入力データを決め打ちしていて一般的な利用は不可能、使い方など書きようもない――そんな書き捨てのコードがあるはずです。
そのコード自体は、第三者にとっては、ほとんど価値はありません。書き捨てのコードを読んで理解して活用するよりは、ゼロから書いたほうが早いし楽しいものです。
しかし、そのコードが必要になった理由には、価値があります。書き捨てとはいえコードを書くからには、それなりの理由があるはずです。書かずにすませる方法を探した末に、書くしかないとの結論に至った、その過程に価値があります。
設計にあたっては、それなりの検討を行ったはずです。その設計は実装によって検証されています。この情報にも価値があります。
価値があります――が、どうせたいしたものではありません。非常にレベルの低いドキュメントで十分です。
では具体的にどんな感じで低レベルのOSSを公開するとよさそうか? 低レベルなので適当にやるのがいいでしょう。コツのようなものを私なりに考えてみて、その結果がこの文書です。
ところで、この文書がなぜ憲章なのかというと、丹羽信夫『低レ研』(アスキー)をもじっているからです。
目標
低レベルのOSSは、だいたい以下のような数字を目標にします。
ソースコード
とりあえず法的・商売的にヤバそうなものがないことを確認しましょう。
やることは、それだけです。
GPLヘッダをわざわざつけたりしてはいけません(最初からついているならOK)。定数の直書きを直したりしてもいけません。やれば低レ憲違反です。
異なる環境でコンパイルが通るかどうかを確かめてはいけません。そのコードを実行する人はおそらくいません。
バイナリ
なくてもいいでしょう。おそらく誰も実行しません。
ライセンス
気分や趣味で選びましょう。
パッケージング
圧縮ファイルに固めたりする必要はありません。そもそもリリースという行為自体が余計です。CVSリポジトリに突っ込むだけで十分です。ただしドキュメントだけは、Googleのクローラにかかるようにしておきましょう。
試しに実行してみることができるように、テストデータを用意しておきましょう。
ドキュメント
フォーマットはHTMLです。以下の点をいい加減に書きます。
以下の点を書かないでおくと、低レベルのアピールとして有効です。
以下のことを書いてはいけません。書いたら低レ憲違反です。
機能追加とバグフィックス
作者自身に必要があるときにだけやります。
作者自身が使わない機能を追加してはいけません。作者の使い方とは関係のないバグを修正してはいけません。低レベルであることの価値を、あくまで追及するのです。
公開方法
SourceForge.jpがいいでしょう。
SourceForge.jpは、高水準なOSSのための機能を盛りだくさんにしていますが、惑わされてはいけません。あくまで低レ憲に則って行動しましょう。
ドキュメントはGoogleのクローラにかかるようにしておきます。SourceForge.jpにはWebホスティングサービスがあります。
実例
こんな感じです。
11/12のコミティアに向けて、原稿を校閲している。
巣鴨こばと会のメンバーになって電波文書を書きまくりたい、と書いた私だが、校閲していると、今すでにかなりいい線をいっているのではないかと思えてくる。
*
家のドアが閉まるのを待たずに、緋沙子にくちづけた。そのまま夜明けまで離さなかった。どれだけ愛しているか伝えたかった。陛下のお側に帰る前に。
こんなときも緋沙子は自分のリズムを崩さなかった。ベッドでうとうとする私を横目に、机に向かい、ガス入りのミネラルウォーターを飲みながら、筆で日記をつけている。
緋沙子が机から離れたのを、気配で感じて、目を覚ます。けれど今日は、私とおやすみのキスをしにくるかわりに、本棚に向かった。
本棚から日記帳を取り出して開き、机のランプの下でめくって、
「6月14日。今日もひかるはおかしかった」
ゆっくりと緋沙子は読み上げた。
「ストッキングが伝線したことを何度もぐちった。私の絵を、後ろ向きの姿ばかり、5枚も描いた」
私はよく緋沙子の絵を――といっても紙に鉛筆で――描いた。私はなにも見ずに人体を正確に描ける。
ストッキングの伝線をぐちったことは覚えていないけれど、後ろ向きの姿ばかり描いたことは覚えている。あのころ私は、ほとんど片時も緋沙子から心を離すことができず、おかしくなっていた。
描いた絵といっしょに、そのときの気持ちまでが心に甦ってきて、めまいがする。
「中略。もっとおかしくなってほしい」
言い終えると、緋沙子は日記帳を閉じた。
「どうして中略?」
「自分のセックスを人に採点してほしい?」
たぶんそうだろうと思ってはいたけれど、やはりあの日記には、そういうことも書いてあるらしい。
ひとりごとのように緋沙子は、
「ああいうの、嬉しかった。ずっとあのままじゃいけないって、わかってたけど」
「……また明日、考えよう」
なにも考えることなどないのに、ごまかした。眠たかった。
緋沙子とおやすみのキスを交わす。あと何回こうするだろう、と思いながら。
Continue
少コミを読んだあとの笙野頼子は格別だ。たとえるならプールのあとのサウナである。プールで悪戦苦闘したあとに、サウナでガツンとやる。実にいい。
さて本書がどんな話かというと、世界一いけてるテロ組織・巣鴨こばと会残党の物語である。
まずメンバー100人が全員ゾンビだ。ゾンビ軍団だからといってロンドンに飛行船で襲い掛かるわけではない。純文作家の八百木千本に、呪いとFAXで襲い掛かる。ある日から、八百木千本のところに、毎日大量のFAXが届くようになる。そのすべてを読まないと、呪いでとんでもないことになってしまうのだ。
どんな呪いか。本書182ページから。
一通目の写真を見る。ごわごわした真っ黒の髪、盛り上がった頬骨、威張りくさった眉にしんねりした口。ヘテロの男が、「彼は男前だから」という奴の殆どがこんなタイプ。「ほら容貌だけしか見ない」。いや。違うこの男なんだか鳥肌が立つ。吐き気がこみ上げる。幼児の、というより、欲望だけの目、アスコットタイに手編みらしきチョッキ、というのも物凄いが、プリンストン大学卒、四十八歳、身長百八十、体重七十、筋肉質、色黒、自分の好きなところ「少年ぽいところ」、うへえ……結婚相手の希望、母と同居、自分をリラックスさせてくれる人と。自分と話題を合わせられる母親的な女性で、ノーパンしゃぶしゃぶごっこをしてくれる人と。それもブルマ穿いてベッドに入って来て、寝小便を毎日してくれる二十三歳までの、健康な処女。おんな、とにかくおんな、ゴミとか傷のついてない、香水臭くも煙草臭くもない、汗や垢や大小便等の匂いしかしない女、排泄物まで利用出来る即入居可の女。知能は日常生活が出来る程度で十分。母と親友になってくれてボクのセックスや料理の好みをきちんと仕込んで貰う。ちなみに年収は三千万、プラモに凝っていて貧乏ですので、奥さんには自分の食費と生活費出産費用を負担して貰います。但しセックスをする毎に一晩に二百五十円消費税込みの接客手当てを支払い、当家での朝食券も交付します。避妊は面倒ですので二人以後は自費で中絶していただきます。ところで朝食の内容はゆうべのお刺し身にお湯をかけた物や、練りゴマ入りケチャップを塗りたくって湿った、みみなしのトーストですっ。――うっわーっ、それが一番やだっ。
湿ったトーストの練りゴマケチャップ付き、だってさ、げーっ。
兄さんなかなか私と趣味が合うねえ、でも食い物の趣味はいただけねえなあ、あと馬鹿でもOKってのは考え直したほうがいいんじゃないかなあ、要求の優先順位もはっきりさせようや――などと妙な連帯感を覚えてしまうこの男と、強制的に結婚させられてしまうという呪いである。読まされるFAXの内容も、上の引用文に劣らぬ電波文書だ。
(しかし思うに、この世の人間の半分は、この男に比べて桁違いにマシというわけではないような気がする。少なくとも私の場合、この男より桁違いにマシな人間とは、友達になれそうな気がしない)
この恐るべきテロ組織・巣鴨こばと会残党が掲げる大義、それは、アナクロな良妻賢母主義である。良妻賢母主義が約束したはずの幸せ(結婚)に恵まれなかった女性が先鋭化した果てにゾンビ化し、巣鴨こばと会残党の100人になったのだ。
なんと素敵なテロ組織だろう。ぜひ私もそのメンバーに加わり、強力な呪いに支えられた電波文書を書きまくるゾンビになりたい。こんなブログを書いているよりもよほど楽しそうだ。
巣鴨こばと会万歳!
純文学万歳!
7andy
「コンテンツ産業」「オタク」「萌え」。これらはみなスーツ野郎の語彙になってしまった。つまり、もう終わったということだ。スーツ野郎の目には、死んだ労働しか見えない。これから生きた労働をこの世界にもたらす生きた人間など、スーツ野郎にとっては幽霊同然だ。
しかし嘆くことはない。何度でも始めよう。それが生きているということだ。
少コミには30万人の読者がいる。そのほとんどは、若く、貧しく、無名だ――毛沢東のいう、成功する人間の条件に、ぴったりあてはまっている。
「Googleが創立された時、いわゆるポータルについては、検索という部分は退屈でさして重要でないものだというのが一般的な認識だった。だがGoogleは検索は退屈なものだとは思わなかった。それが、彼らが検索を非常にうまくやってのけた理由だ」
同じことを少コミでやろう。少コミを読んで批評することが、まるでGoogleのように、まるでiPodのように、面白いプロジェクトであるようにしよう。
第21号のレビューにいこう。
・車谷晴子『アイドル様の夜のお顔』新連載第1回
あらすじ:理想のアイドル(ワイルド系)に近づいてみたら言い寄られた。
あらすじだけ見ると普通に見えるが、実際に読むと、全然わけがわからない。これのどこがどう話になっているのか、全然わからない。
たとえば、TVの中のアイドルとそれを演じる実物のあいだにギャップがあれば、話になる。彼氏役に、「あれはオレの理想の男なんだよ」などと言わせたら面白い。しかしどうやらこの作品の彼氏役(零)には、そういうギャップがないらしい。主人公(杏耶)にそう見せかけているだけでなく、主人公の視点を離れた描写でも、そのように描かれている。
採点:☆☆☆☆☆
・新條まゆ『愛を歌うより俺に溺れろ!』連載第17回
あらすじ:彼氏役(秋羅)の兄たちが登場。
普通に面白いが、新條パワーの炸裂が見たい――と前回と同じ感想ですませてみる。
採点:★★★☆☆
・しがの夷織『めちゃモテ・ハニィ』連載第8回
あらすじ:彼氏役(大輝)と保護者役(和也)の対立が激化。翻弄される主人公。
和也の味がなかなか出てこない。二枚目(大輝)のまわりを曲者(和也)がぐるぐる回る、という構造で話が進むかと思ったが、予想が外れたか。
採点:★★☆☆☆
・咲坂芽亜『ラブリー・レッスン』連作読み切り
あらすじ:卑屈で後ろ向きな主人公に、カリスマ美容師がアドバイス。
少コミには、「オシャレ眼鏡は禁止」という決まりでもあるのだろうか。眼鏡は小中学生には高い買い物だから禁止なのかもしれない。しかし金のことを言うならホストはどうなのか。経済的配慮でオシャレ眼鏡を禁止するなら、そもそも眼鏡など描くべきではない。
彼氏役のいい男ぶりアピールが巧みで感心させられる。
採点:★★★☆☆
・池山田剛『うわさの翠くん!!』連載第5回
あらすじ:振られ役(カズマ)と主人公が、練習でホットラインなプレーを披露。それを見ていた彼氏役(司)が嫉妬。
思ったとおり、サッカーのプレーの絵が辛い。きわどいパスがつながる瞬間の感動を描けていれば、カズマもただの振られ役ではなくなるのだが。
採点:★☆☆☆☆
・藤中千聖『ビンボー姫にぞっこん王子』読み切り
あらすじ:節約マニアで庶民の主人公が、リッチな彼氏役に見初められる。
絵はうまいし、話は手堅いし、ネームはよく伝わるしで、とりあえずダメな点はない。
採点:★★★★☆
・紫海早希『Let's アクマテク教室』読み切り
あらすじ:主人公は、狙った男を落とすために、別の男にコーチを受ける。
登場人物の感情の流れが、素直につながっていないような気がする。
採点:★★☆☆☆
・青木琴美『僕の初恋をキミに捧ぐ』連載第27回
あらすじ:昂の差し金で繭と逞が再接近。
話の旋回軸がまだ見えてこない。
採点:★★☆☆☆
・織田綺『LOVEY DOVEY』連載第7回
あらすじ:彼氏役(芯)がデレまくり。
2回続けて芯のアピールタイムだった。この話は、幼馴染(敬士)がどれだけ頑張るかがポイントだと思うので、敬士のアピールタイムをもっと取ってほしい。
採点:★★☆☆☆
・山中リコ『蝶になりたい』読み切り
あらすじ:よくわからない。
出来事の因果関係はちゃんと理解できるし、話にも一応なっているような気がするが、結局どんな話なのかと考えると、うまく説明できない。
思考の量と密度が足りていないような気がする。
採点:★☆☆☆☆
・古賀よしき『ビューティフル・ノイズ』読み切り
あらすじ:男を声で選ぶ主人公が、美声の彼氏役とくっつく。
話の旋回軸がわからない。
採点:★★☆☆☆
・くまがい杏子『はつめいプリンセス』最終回
あらすじ:はつめいプリンスの件で主人公と彼氏役(はじめ)が気まずくなり、そのあと仲直り。
いろいろ詰め込みすぎてごちゃごちゃしている。最終回のせいだろうか。
今回でいったん最終回だが、次々号から再開すると作中で予告されている。
採点:★★★☆☆
第11回に続く
ナチス幹部アルトゥル・グライザーの愛人について、ユルゲン・シュトロープの証言が残っている。カジミェシュ・モチャルスキ『死刑執行人との対話』(恒文社)141ページから。
「(中略)彼女は乗馬には目がなく、騎兵隊や乗馬用の馬、厩舎のにおい、乗馬靴に関係があるものなら何にでも興奮したものだ」
「馬の汗と馬糞のにおいだけで性的に興奮するという好色な女のタイプがあることは事実です」とシールケが口をはさんだ(彼が長年風俗警察に勤めていたことは前に述べた)。
この風俗警察とやらの内部資料を読んでみたい。
*
「俺の葬式には来るんじゃねえぞ。お前は泣き虫だからいけねえ。めそめそした葬式なんざ、ガキの葬式だ」
それがアーサー・グラハムの別れの言葉だった。
私は何秒もかかって、コックニー訛りを英語に、英語を日本語に翻訳した。理解したときにはもう、アーサーの姿は、空港の雑踏にまぎれて見えなくなっていた。
緋沙子を見ると、何事もなかったかのように空港の地図を調べていた。
「……グラハムさん、どこかお体が悪いの?」
「知らない。そういうことは言わないし、訊いても答えない」
私はもう一度、雑踏のなかに、アーサーの姿を探した。見つからない。どうしようもなかった。
けれど、もし見つけても、どうしようもなかった。私にも緋沙子にも、病気を治すような奇跡の力はない。緋沙子が付き添うこともできない。なら、緋沙子の言ったとおり、アーサーは訊いても答えないだろう。ごく短い付き合いではあるけれど、アーサーがそういう人だということは、もう私にもわかっていた。
そして緋沙子も、アーサーと同じ、そういう人だ。
私は緋沙子のそばにいる。だから緋沙子は私にならきっと告げてくれる。
私は緋沙子のそばにいる。それは素晴らしいことだ。
ため息をひとつついてから私は、人目をはばからず、緋沙子を抱きしめた。
私の腕のなかで、緋沙子は言った。
「ひかるは、陸子さまのところに帰るんでしょう」
*
私は知っている――私はきっと陛下のお側に帰る。望んでいるのでもなく、信じているのでもなく、知っている。
自分の背中から電線がのびていて、陛下につながっているような気がする。
だから私はなにも言えず、まるで石になったように、ただそのままでいた。
緋沙子は私の腕のなかから抜け出して、自分のスーツケースをつかみ、
「チェックインカウンターはあっちだって」
と、すたすたと歩きだした。それでやっと私は石になるのをやめて、そのあとについてゆく。
「緋沙子――」
呼びかけると、緋沙子は足をとめて振り返り、感情のない声で、
「続きは家についてから。……ちょっと荷物みてて」
言い置いて、早足で売店にゆき、新聞を買ってきた。
「けさの新聞、読まなかった?」
英語の苦手な私が、新聞まで読むわけがない。
緋沙子は新聞をめくり、その記事を探し当てて、私に見せた。旧西側の新聞には珍しく、陛下と美園の写真が載っていた。
緋沙子が言った。
「護衛官訴訟の判決期日が決定。同時に、日本最高裁長官が異例の予告。訴訟の長期化を避けるため破棄自判するとのこと」
Continue
ユルゲン・シュトロープはナチスの幹部である。1943年、ワルシャワ・ゲットーに立てこもった7万人(推定)のユダヤ人を狩り出して、5万6千人を捕らえた(差は戦死者)。終戦時には親衛隊中将兼警察中将だった。戦後は戦犯として裁かれ、1952年にポーランドで死刑を執行された。
本書の著者モチャルスキは、シュトロープと同じ監房で約250日を過ごし、彼の回想に耳を傾けた。モチャルスキが何者かといえば、ポーランドのレジスタンス(国内軍)の元将校だ。そんな英雄がなぜ監獄にいるのかといえば、スターリンにとって自分以外の英雄はすべて邪魔だったからだ。
ドラマというほかない舞台である。といっても、なにも起こらないドラマだ。誰も悔い改めず、和解も起こらない。だが読み始めたら止まらない。7andy