靖国問題にかまっているようでは左翼の先行きは暗い。靖国は右翼のアピールする場であって、左翼のための場ではない。左翼は自分でなにかをアピールすることが重要だ。たとえば、こんな具合でどうか。
俺は地獄のボリシェヴィキ
昨日は皇后犯したぜ
明日は天皇ほってやる
殺せ殺せ殺せ 王など殺せ
カクメイせよ カクメイせよ
日の丸を血に染めてやれ
オレには天皇皇后いねぇ
それはオレが殺したから
オレには在日米軍いねぇ
それはオレが殺したから
カクメイせよ
カクメイせよ
(『デトロイト・メタル・シティ』)
この替え歌を流行らせるほうが、少なくとも靖国問題にかまっているよりはマシだと思う。
・籠女が主役
・人の行動や心理を、籠女は黙って見ている。ときどき無言で手助けする
・千華留が口八丁手八丁の狂言回し
・籠女と千華留がドン・キホーテ、絆奈がサンチョ・パンサ
・籠女と千華留のどちらを絆奈が選ぶかでひっぱる
・籠女のパワーで、エトワールの意味を読み替える。尽くすエトワールをやめて、楽しいエトワールに
参考文献その2。オデュッセイア関係のものを。
・ホメロス『オデュッセイア』上下(岩波文庫)
・フィンリー『オデュッセウスの世界』(岩波文庫)
・エーベルハルト・ツァンガー『甦るトロイア戦争』(大修館書店)
現代人の目からは、ホメロスはあまり面白いものではない。少なくとも翻訳では、雑学として以外、読む価値はない。
ホメロスの時代から今日に至るまでのあいだに、物語の火力は桁違いに増大した。
恋愛という概念は、戦争における火薬のように、物語の様相を変えた。フランス革命の自由・平等・友愛は、「大きな物語」となって人間を作り出した。BL的・百合的なものは、いまだに呼び名さえ定まらない新しいものだが、人類の未来はここにある。
物語の魅力のかなりの部分は、こうした火力の絶対量によって決まってしまう。短いエピソードなら少ない火力でも飽和攻撃ができるが、長い物語では明白な差がつく。フランス革命より前に書かれた長い物語は、多少の傑作でも、今日のライトノベルの凡作に敵わない。ただ古拙な味わいがあるだけだ。
(ただし、物語でないもの、つまり嘘でないものは別である。人間の生活と思考は常に面白い)
なお作中では常識として書かれていないが、オデュッセウスは「トロイの木馬」を考案したとされる。
*
マニキュアを塗るときには、しゃべってはいけない。手元が狂うし、息でマニキュアが曇る。
私は、緋沙子の足の爪に、ペディキュアを塗ろうとしていた。
爪の甘皮は丁寧にとりのけた。ベースコートは完全に乾いた。ここまでが長かった。これからいよいよカラーを塗る。一番のお楽しみだ。
緋沙子は安楽椅子に身をあずけ、足を私に任せて、TVのニュース番組を見ていた。
ちょうど、護衛官訴訟の地裁判決を報じているところだった。最初からわかりきった判決だった。護衛官法は違憲無効。浦安条約は、違憲になる部分のみ無効。それ以外の判決では、浦安条約のせいで一部の併合作業に手をつけられない。今でも千葉には、国防軍、内務省、大蔵省、裁判所、つまり立法府以外の国家機能の中枢がそのまま存続している。
私はすでにインターネットで詳しく知っていたので、TVの言うことにはあまり関心がなかった。陛下のお姿が見られるかもしれないが、緋沙子の前では、陛下に関心のあるようなそぶりをあまり見せたくない。
「これって、イタカ、だね」
なんのことかわからずに、目顔で緋沙子に訊ねる。
緋沙子は美しく育った。化粧のない、バスローブを羽織っただけの姿でも、目にするのが苦しい。あまりに美の力が強すぎて、緋沙子がどんな人間で、私がどんな人間か、見失ってしまいそうになる。
「ホメロスのオデュッセイア」
やっと思い出した。オデュッセイア。文献として現存する物語のなかでは、ギリシャ文明で二番目に古い。ギリシャ文明最古の物語、イリアスの続編。
「オデュッセウスはイタカの王だった。けれどオデュッセウスはある日、トロイア戦争に行くために、イタカを離れる。戦争は10年続いた。戦争が終わったあとも、神々のきまぐれで、さらに10年のあいだ地中海をさまよった。あわせて20年」
イリアスでもオデュッセイアでも、ギリシャ神話の神々が活躍する。神々は、宴会と色事と争いに明け暮れ、人間を操ってさまざまなことをさせる。トロイア戦争も、オデュッセウスの彷徨も、神々のしわざだ。
「オデュッセウスがやっとイタカに帰りつくと、故郷はめちゃくちゃになっていた。
オデュッセウスがいないのをいいことにつけあがった貴族たちが、我が物顔で王宮に居座って、オデュッセウスの財産で飲み食いしていた。王妃のペネロペーは敬われるどころか、王宮に居座る貴族たちに言い寄られていた。ペネロペーは操を守るために、ひたすら時間を稼いで、オデュッセウスの帰りを待っていた」
オデュッセウスは勇猛なだけでなく、狡猾でもあった。長く故郷を空けていた自分が危うい立場にあることを予想していた。トロイア戦争の総大将アガメムノンは、故郷に戻ったとき殺された。アガメムノンの妻は夫の帰りを待たず再婚していた。
「オデュッセウスは乞食に変装して王宮に潜り込み、様子を探ったあと、王宮に居座る貴族たちを不意打ちして皆殺しにしてしまう。
あとは、ペネロペーと抱き合って、めでたしめでたし」
私はペディキュアを塗り終わり、その場を離れた。教養のあるところを見せたくなって、言う。
「ホメロスの時代には、ギリシャはどん底から抜け出したばかりだったの。
紀元前1200年くらいまでギリシャには、ミケーネ文明っていう文明があった。戦争でこの文明が滅びて、ギリシャは貧しく野蛮になった。ホメロスのころには、貧しくなる前のギリシャがどんな風だったか、すっかり忘れられてた。ホメロスが描いてる世界は、ミケーネ文明とは似ても似つかない。
でも、たぶん、昔のギリシャは今よりずっと素晴らしかった、ってことだけは覚えてた。
だからオデュッセイアのラストには、『昔の素晴らしい世の中がずっと続いてほしかった』っていう嘆きがこめられてる。ペネロペーは操を守り通して、オデュッセウスは戻ってきて、悪者の貴族は退治されて、イタカは元通りになる――かなわなかった願いがこめられてるの。
本当ならペネロペーはさっさと再婚してるはず。だから物語の中では、すごく頑張って、オデュッセウスを待ちつづけた。
本当ならオデュッセウスは戻ってこないはず。だから物語の中では、すごく頑張って、イタカに戻ってきた。
本当なら悪者の貴族はそのままイタカを牛耳りつづけたはず。だから物語の中では、すごく残酷に皆殺しにされた。
ひさちゃんはさっき、夫婦が再会してめでたしめでたし、で終わらせちゃったでしょう。原作はちょっと違う。
夫婦の再会のあと、オデュッセウスは父親にも再会して、お互いの無事を喜びあう。それと同じ頃、オデュッセウスに殺された貴族たちの仲間が一致団結して、オデュッセウスに復讐するために王宮に向かう。オデュッセウスはわずかな手勢とともに迎え撃つ。その戦いを、女神アテナがやめさせたところで、めでたしめでたし、になる。
こんなのをラストに持ってくるなんて、すごく嘘っぽいし、蛇足っぽいでしょう。皆殺しはしないで、特に悪かった奴を見せしめで殺すだけにすればいいのに。父親との再会を先にすませて、ラストは夫婦の再会で締めくくればいいのに。
でも私は、意味があることだと思う。
オデュッセイアという物語が嘘だから、ありえないことだから、こうやって終わらせたんだと思う。これは嘘だよ、現実とは違うんだよ、だからここでは願いがかなってもいいんだよ――って念を押すために。
オデュッセウスはハッピーエンドだけど、悲劇よりも悲しいハッピーエンド。悲劇で悲しいのは物語の中なのに、オデュッセウスは物語の外が悲しい」
緋沙子はもうTVを見ていなかった。窓の外を見ている。窓の外では、夜景の地平線を貫いて、540メートルの高さを誇る自立式電波塔、オスタンキノ塔がそびえる。
緋沙子はその夜景の向こうに、三千年前のエーゲ海を見ているのだろうか。それとも、思い描いていたハッピーエンドをぶち壊しにされて、困っているのだろうか。後者のような気がした。
悪いことをしたと思って、私は水を向けた。
「ひさちゃんは帰りたい?」
「どこに?
私の帰るところなんて、ひかるだけ」
そう言って緋沙子は、自分の手の爪に目をやった。
マニキュアを塗ったばかりで、まだ物をさわれない。もうしばらくしたら二度目を塗って、また乾かして、トップコートを塗って乾かして、やっとできあがる。ペディキュアも同じ状態なので、歩くのも慎重にしないといけない。
マニキュアが固まるまでのあいだは、なにをしても抵抗されない。だから私は、いつもさんざん意地悪やいたずらをしてきた。けれど今はそんな雰囲気ではない。
私は緋沙子の頭をなでて、返事のかわりにした。
緋沙子は頭をなでられるのがとても好きで、一緒に部屋にいるときはよく、ちょうどなでやすい位置に頭を寄せてくる。
そのとき静かに緋沙子は言った。
「イギリスの映画監督から話が来たの。主役。きょう監督と会ってきた」
緋沙子はいま女優だった。演技力よりは美貌と存在感で売れている――と言われるが、そう言われるくらいには売れている。いままでの仕事はロシア国内だけだった。
「イギリスは入国禁止じゃないの?」
行けるなら迷わず行きなさい、という気持ちをこめて、私は訊ねた。これまでも何度か、撮影で家を空けたことはあった。
「撮影はカナダ」
さっきから緋沙子はずっと自分の手の爪を見ていた。緋沙子はこういうことに気が短い。私が面倒を見るようになるまでは、マニキュアを早く乾かすために氷水に漬けたりしていた。
「すぐ戻ってくるんでしょ?」
緋沙子は目を上げ、振り向いて私を見た。鋭く。
「警護して。私を。雇うから」
初めて会ったときにはすでに緋沙子は女に見えた。今から思い返すと、あのころの緋沙子がとても幼く思える。思い出のなかだけでなく、いま目の前にいる緋沙子さえも、幼く思える。出会って間もないうちの私には、緋沙子の虚勢ばかりが見えていた。いまでは幼さがよく見える。
いま再び私の目に、緋沙子が女として映る。
虚勢のためではなく、魔法のような美しさのためでもなく、緋沙子の力が、そうさせている。
そして悟った。
きっと私はいつか帰る。
Continue
ある種の作家は気違いが商売なので、なにをしても驚くには値しない。自衛隊駐屯地に突入してハラキリした、くらいまでいって、やっと驚くに値する。
というのはもちろん、坂東眞砂子の煽りにマジレスの一件だ。
もし坂東眞砂子が日本に住んでいる――それも門番つき執事つきの豪邸ではなく、普通の公団住宅に住んでいるのだったら、私はその蛮勇に打ち震え、著書の一冊も手に取っただろう。想像を絶する嫌がらせが待っているのを知りながら露悪したその情熱に、善悪を超えて、感動しないわけにはいかない。このあまりにも愚かしい情熱は、子猫の命どころか、人間の命よりも尊い。
しかし坂東眞砂子はタヒチ在住だ。
それで私はなんの興味も持たなかった。普通にかわいい女や、ぶっ壊れた女は大好きだが(両方ならなお結構)、普通に気持ち悪い女には用はない。
普通の気持ち悪さを理解したい人はこちら
だが、今回の壮大な煽られっぷりをみるかぎり、普通に気持ち悪い女への需要は多いらしい。世の中のたいていの趣味は理解したい私だが、こればかりは理解したくならない。
例によってネタがないので参考文献を紹介する。まず法学から。
・芦部信喜『憲法』(岩波書店)
・芦部信喜『憲法判例を読む』(岩波書店)
・高橋和之ほか『憲法の争点』(有斐閣)
・タイトルを失念したが、比較法学の教科書
法学は設定厨の天国だ。設定ノートを作ったことのあるかたなら、ぜひ一度は触れてみることをお勧めする。
*
私はモスクワに行き、そこで働いた。
護衛官時代、ボディガードとしての私の役目は主に、射線を遮ることだった。この役目を果たすには、図体が大きいほどいい。また、巨漢のほうが見た目にも威圧感があり、依頼人を安心させる。だから、マフィアに狙われているような差し迫った危険のある依頼人は、身長161センチの私を雇わない。
それでも仕事には困らなかった。
今のロシアでは、身代金目的の誘拐事件がよく起こる。外国人ビジネスマンとその関係者は狙われやすい。狙われやすいというだけで具体的な危険はないので、よほどの重要人物でないかぎり警察は警護をつけない。そこで民間のボディガードが雇われる。
この場合、依頼人にとっては、図体の大きさよりも、語学力と信用のほうが大切だ。語学力が足りないと、警護対象や警察との意志疎通が難しくなり、トラブルが増える。たちの悪いボディガードは、誘拐犯と内通して、かえって危険を招き寄せる。
この種のボディガードはステータスシンボルでもある。「この人物にはボディガードを雇うほどの価値がある」ということを、見る人に知らせるからだ。
理由はわからないが、ロシア在住の千葉人ビジネスマンは猛烈に見栄を張る。陸子陛下の元護衛官という私の肩書きは、見栄を張りたがる依頼人の目には、手ごろなステータスシンボルと映ったらしい。
しかも私は女だった。女のボディガードは少ないわりに需要が多い。妻や娘に警護をつけたいが、男のボディガードは身持ちが信用ならない、という依頼人がたくさんいる。それなら同性愛者とみられている私はどうなのかと思うが、緋沙子のことがあったので、その心配は打ち消されたらしい。私が緋沙子と駆け落ちのようにしてモスクワに来たことを、千葉人はみな知っていた。
モスクワに来たばかりのころの私は、こうした事情に疎かった。けれどエスコートサービス会社はわかっていた。会社は、私の指名料を、不条理なくらい高くした。おかげで私は不条理なくらい儲かった。
そのかわり困ることもあった。私が仕事を休むと、そのときのスケジュールに当たっていた依頼人が、顔を潰されたと言って怒るのだ。それに私には不条理な儲けはいらなかった。私はエスコートサービス会社をやめて、ひとりの依頼人と年単位で専属契約を結ぶことにした。
専属契約を結んだ依頼人は、モスクワに家族を連れて来ている千葉人ビジネスマンだった。主な警護対象は妻と娘で、ときどき依頼人本人やその客も警護した。
依頼人と妻はいい人だったが、娘には手を焼かされた。何度もわがままを言われては往生した。本人はそれで陸子陛下になったような気でいたらしい。遠くからだと陛下はわがままなかたに見える。近くで見れば、お側仕えの者を面白半分に困らせるようなかたではないとわかるのだが。
私の後任の護衛官は、橋本美園だった。
国王財団の人間は護衛官にならない、という不文律がある。財団が陛下にひどいことをしないよう見張るのも、護衛官の役目だからだ。陛下はそれを曲げて、美園を護衛官になさった。どういう経緯でそうなったのか、私にはわからなかった。美園自身が強く望んだのか、それとも陛下が美園を口説かれたのか。
ロシアでは千葉国王に絶大な人気がある。日本人がロシアに滞在すると、時の千葉国王の顔を覚えて帰る、と言われるほどだ。TVなどで陛下のお姿を拝見する機会も多く、美園の姿もときどき映っていた。
護衛官の美園をTVで見ると、いつもフェミニンな装いをしていた。衣装代のことを考えると、護衛官の給与では、なかなかできることではない。私の計算では、陛下に並んだときに釣り合うくらいのワードローブを維持すると、それだけで給与の手取りの3分の1が消える。私が男装のようなマニッシュなスーツで通したのも、そのほうがずっと安くあがるから、という理由が大きかった。
美園のフェミニンな装いは、私のせいかもしれない。私がいつもマニッシュなスーツだったので、その印象をひきずりたくなかったのかもしれない。美園の姿をTVで目にするたびに、なんとなく申し訳ない気がした。
私がモスクワに発った年の冬、ロシアが千葉を日本に売った。
過去50年間、千葉はずっと売り物だった。値段の折り合いがつかなかっただけだ。日本の内地から在日米軍を四軍とも撤退させ、千葉のロシア軍は海軍を残す――これが旧ソ連とロシアの出した条件だった。
これに対して日本側は、いずれ千葉の政治体制が崩壊すると期待して、交渉しようともしなかった。急ぐ買い物ではなかった。千葉経済は総じて好調で、国境には税関も検問もなかった。問題は在千ロシア軍だったが、千葉の政治体制が崩壊すれば在千ロシア軍は無条件で撤退する、というのが日本側の思惑だった。
その思惑は外れた。千葉の政治体制が崩壊する理由はなかった。千葉には本物の選挙があり、独立維持の意思も本物だった。そこで日本側の見方も変わってきた。千葉にロシア軍があるかぎり、千葉は独立を維持するだろう、と。
また、ソ連崩壊とその後のロシア経済の混乱で、日本海自とロシア海軍の戦力バランスが変わった。日本海自は米海軍抜きでロシア海軍を抑えることができる、と考えられるようになった。
さらに、原油価格が長期的に上昇傾向にあるとの予想が信憑性を持つようになった。原油価格の上昇は、シベリアの石油・天然ガス開発に有利に働き、千葉の経済的地位を高める。
しかし、ただ単に千葉を買うのでは、大義名分が立たない。差し迫った理由はないのだから、大義がなければ政局は動かない。
そのため日本の連立与党は、千葉問題を、改憲問題の一部に組み込んだ。改憲問題という枠のなかに、千葉問題と日米安保問題を置き、まとめて解決しよう――これが連立与党の描いた構想だった。これは「新日本構想」と名づけられた。
新日本構想が正式に発表されると、ロシア政府は、構想への好意を表明した。千葉が売られた瞬間だった。
国王財団と一部の政治家は抵抗したが、大半の国民はあきらめていた。私もあきらめていた。心理的にも軍事的にも、国防軍は日本自衛隊とは戦えない。多くの政治家と国民は、併合に抵抗するかわりに、併合後の立場を有利にするために努力した。
そして浦安条約が結ばれた。これにより併合が決まった。
新日本構想に従い、多くのことが、『次の日本国憲法改正後に行う』という条件つきで定められていた。国防軍の日本自衛隊への編入、内務省と裁判所の改組、大蔵省の解体、国王の法的地位の見直し、などなど。
その日本国憲法の改正案が、国民投票で過半数を得られず、否決された。
連立与党は四分五裂して政局は大混乱に陥った。新しい改憲案の国会可決に必要な票を取りまとめるどころか、改憲案を各党内で一本化することもできない状態になった。
さらに、かつての独立維持派が体勢を立て直し、千葉の再分離を主張する再分離運動として現れた。これは千葉内だけでなく、日本全国に一定の支持を得た。国王財団もこの運動の一翼を担っていた。
再分離運動の一部は、旧割譲派のテロ組織と結び、西千葉で盛んにテロを行った。テロの目標になったのは、かつて旧割譲派を支援した人々だった。この支援者たちは、浦安条約をみて、旧割譲派を用済みとばかりに切り捨てたのだった。しかし彼らが思ったよりも旧割譲派はしぶとく、再分離運動の一部と結んで報復に転じた。また、改憲失敗のため、日本警察が西千葉にやってくることもなかった。かつての敵同士の争いに、内務省はなかば見て見ぬふりをした。
こうして、西千葉のテロ活動はかつてなく激しいものになった。さらに悪いことに、国王財団の一部がこのテロ活動に関与しているとの情報があった。
政局が混乱するさなかに、ある行政訴訟が始まった。これは「護衛官訴訟」と呼ばれた。
「護衛官法は違憲無効である」と原告は主張した。護衛官法が日本の法律となったのは浦安条約によるものだが、条約によって違憲の法律を制定することはできない、というのが根本的な主張だった。
浦安条約のいう『国王の法的地位』の中身については、さまざまな説があった。
成文法としては、千葉の全法令のうち国王に言及したものはただひとつ、護衛官法だけだ。この護衛官法も、主役は護衛官で、国王とはなにかを述べた部分はない。もっとも狭い解釈では、『国王の法的地位』は護衛官法とイコールになる。広く解釈すると、国王は国家元首に準ずる地位にある、とされる。
再分離運動の過激派を叩くと同時に再分離運動の勢いを削ぐため、日本の警察は、国王財団幹部多数の一斉逮捕をたくらんだ。これには陸子陛下も含まれた。もともと違法捜査の疑いが強いものだったが、検察は責任を法務省刑事局に回した。
「千葉国王は皇室典範21条が類推適用されて在任中は訴追されない」と法務省刑事局は回答した。国王の身柄を押さえずに財団幹部多数を逮捕すると、宙に浮いた国王がどんな勢力に担ぎ出されるかわからず危険との判断から、一斉逮捕は見送られた。
しかし裁判所の確定判決は、法務省刑事局回答に優越する。もし護衛官訴訟の判決により護衛官法の違憲無効が確認されれば、国王の法的地位全体が違憲無効とみなせる。
陛下が東京地方裁判所本庁に証人として出廷なさった際、建物内に仕掛けられていた爆弾が爆発した。
陛下のお身体には奇跡的に傷ひとつなかった。けれど護衛官の美園は、陛下よりも運がなかった。美園は右足の甲とつま先を失った。
Continue
「実物には一向に感心しないくせに、それが絵になると、似ていると言って感心する。絵とはなんと虚しいものだろう」(パスカル『パンセ』)
外形的には、パスカルのいうとおり、100パーセント馬鹿馬鹿しい。絵という世界の中に入らなければ、絵の価値は存在しない。こういう価値のことを、内在的価値という。
絵にかぎらず、詩も落語もまんがも、突き詰めれば内在的価値しかない。その世界に入らなければ、作品の価値はゼロだ。たとえば、ある種の現代美術を思い浮かべていただきたい。
内在的価値を抜きにして作品を是非する行為はみな、よくても虚しいものであり、たいていは有害だ。こういう愚行はソ連が得意で、「社会主義リアリズム」という路線に従っているかどうかで作品を是非した。ソ連批判の第一人者レーニンは、こういう愚行を咎めた名文句をちゃんと残している。「検閲は専制の切れない鋏である」。心ある人々が読んで批判するのでなければ物事はよくならない、と続けている。ソ連は、「社会主義リアリズム」という鋏で、ミステリ小説や抽象絵画を切り捨てていた。
しばらく前に一時期、少コミの「性描写」をバッシングする声があった。この「性描写」という概念は、「社会主義リアリズム」と同じ、切れない鋏だ。
第18号のレビューにいこう。
・水波風南『狂想ヘヴン』新連載第1回
あらすじ:進学校にスポーツ推薦(水泳)で入学した主人公(水結)。しかし入学直前の春休みに、不祥事により水泳部が廃部になっていた。その不祥事は実は、ある生徒会役員(蒼以)のデッチあげであり、水結はそのデッチあげの現場にでくわしていた。しかし水結は、自分の目撃したことがなにかわからず、蒼以に惹かれてゆく。
ネームの流れがよく、複雑な事実関係がしっかり頭に入る。しかしヒキが弱い。また、蒼以のいい男ぶりのアピールも弱い。そのため、次回を読みたいという気持ちがあまりわいてこない。スロースターターなのだろうか。
採点:★★☆☆☆
・くまがい杏子『はつめいプリンセス』連載第3回
あらすじ:主人公が彼氏役と結ばれようとしたら、TVの生放送で密着取材。
話は妄想的で素晴らしい。ネームは多少こなれてきたが、まだまだ整理が足りない。
新人なので連載は3回で終わりかと思ったら、まだ続くらしい。
採点:★★★☆☆
・青木琴美『僕の初恋をキミに捧ぐ』連載第25回
扉の連載回数が間違っている。今号は第25回のはずだ。毎号どこかで必ず連載回数を間違えているような気がする。なにかの暗号なのだろうか。
ここのところ重い展開が続いたので、1球外してきた。どこかで照をズバリと放り込んで終わりにするのが一番美しいと思うが、すでにバランスを崩しているので、全力で逃げたほうがいいかもしれない。
照の扱いがひどかったのにくらべて、昂のアピールは的確だ。
採点:★★☆☆☆
・池山田剛『うわさの翠くん!!』連載第2回
あらすじ:サッカー好きの主人公(翠、女)は男に化けて、サッカー強豪校の男子校に入学し、寮に入る。初日から寮の隣人(カズマ)に女とばれて窮地に立つ。しかしカズマは、無心にサッカーに打ち込む翠を見て、翠の協力者になる。
男子校潜入モノは真面目に考えると不可能なので、バレる・バレないの判定基準をかなり甘く設定するしかない。しかし、裸の下半身をあの角度で見られてもセーフなのに、裸の上半身を前から見られたらアウト、という判定基準はあまり納得がいかない。
サッカーの練習中のポーズも謎だ。17ページ左上、膝を曲げながら両腕を上げているが、サッカーのどんなプレーでこういうポーズになるのかわからない。登場人物の顔といい、ポーズといい、かわいいものしか描かないという誓いでも立てているのだろうか。
いろいろ納得はいかないが、勢いがあって面白い。
採点:★★★★☆
・新條まゆ『愛を歌うより俺に溺れろ!』連載第14回
あらすじを書く気になれないくらい話が壊れてきている。
だが、まだ壊れっぷりが足りない。もっとやれ、だ。
採点:★★★☆☆
・あゆみ凛『Kissよりもいじわる』新連載第1回
ネームがしっかり整理されていて、すんなりと頭に入る。が、頭に入るからといって、話の不自然さを見逃せるわけではない。
26ページ目では、自分の着ている服を脱ぐか破くかするのが手筋だ。「キスシーンがないから、どこかにねじ込め」と編集者に言われたのかもしれない。
採点:★☆☆☆☆
・堀田敦子『実録恐怖夜話』読み切り
ホラーである。専門誌に掲載される全力投球の作品にはかなうべくもないが、いい味は出している。
採点:★☆☆☆☆
・悠妃りゅう『ハツコイエスケープ』読み切り
あらすじ:別れた男とよりを戻す。
ネームも画面もしっかり構成されているが、話がよくわからない。部分部分はしっかりしていて理解でき、楽しく読めるが、読み終わったあとが問題だ。話全体の旋回軸がないので、全体像をイメージできない。
採点:★☆☆☆☆
・天音佑湖『恋敵は子猫ちゃん・』連載第2回
見落としていたが、前回は新連載第1回だったらしい。
画面がだいぶ見やすくなった。虎も効果的だ。
採点:★★☆☆☆
・織田綺『LOVEY DOVEY』連載第4回
あらすじ:パーフェクトジオングな幼馴染(敬士)が巻き返しに出た。
構成が悪いのか、ぐだぐだしている。思うに、芯と敬士の設定がまずい。二人のスペックが対照的なようでいて実はそれほどでもない。たとえば敬士が貧乏人の苦労人だったりしたら、二人の対比はもっと緊張したものになるはずだ。
採点:★☆☆☆☆
・しがの夷織『めちゃモテ・ハニィ』連載第5回
あらすじ:主人公に手を出した保護者役(和也)が、手を出してもやはり保護者的ポジションだということをアピール。
人間関係の距離感が適切で驚く。
少女まんがでは、彼氏役の心理が一人称的に描かれて、主人公への恋心がまぎれのない形で描かれることが多い。しかしこの作品ではまだそれをやっていない。彼氏役(大輝)の心理が不透明なので、和也の懸念は当然のものだとわかるし、読者も不安になることができる。
設定は少コミらしく変だが、これぞ少女まんが、と言いたい。
採点:★★★★☆
・藍川さき『恋愛上々↑↑』最終回
駄目な点はいろいろあるが、ひとつだけ。28ページ目、「仕方ないなあ」で打ち切ってしまうのはどうかと思う。
採点:☆☆☆☆☆
第8回に続く
先日、さる友人とともにメイド喫茶に行った。
氏は、「思春期男子が女子になにを求めているか、わかったような気がする」との感想を述べた。私は同意できなかったが、ではどう違うのかと考えてみたところ、その場では答を見つけられなかった。
いま、とりあえずの結論を得たので、ここに書きとめておく。
Q:思春期男子は女子になにを求めているか?
A:自分とは違う世界に暮らす、不思議な生き物であることを求めている。たとえるなら野良猫のような。
性欲や功名心を無視したナイーブな見解に見えるかもしれない。しかし、『女子に』と『求めている』をもっとも広く解すると、これが実相に近いと思う。
かわいらしく反応してくれる相手だと、愛着がわく。だがそれを女子一般に求めているかといえば、おそらく違う。無視されても、避けられても、ひっかかれても、それはそれで求めるものを得ている。
求めているのは、反応だけではない。違う世界の不思議な生き物が、自分の近くに生きていて、その生態をはからずも垣間見てしまう――これも思春期男子の求めていることであり、しかも、かなり広い部分のはずだ。
もちろん、『女子に』と『求めている』はいくらでも狭く解することができる。その究極は、「世界一の美女と熱いセックスをする」ことだ。しかしそれですべてを説明することはできない。「世界一の美女と熱いセックスをする」という目標から遠ざかるにつれて関心が単調減少する、というようなことはない。たとえば、残酷な話だが、醜い女子を嘲ることも、『女子に』『求めている』ことに含まれる。
ここまでは男子側の関心に立って話してきた。ここからは女子側の関心に立ってみよう。
以下の4つは、それぞれまったく違う現象だ。
1. かわいらしく反応してくれる相手とじゃれあう
2. 仲間に見栄を張るための材料にする
3. 「世界一の美女と熱いセックスをする」ことを密かに漠然と夢見る
4. 一人の女とつきあいつづける
あなたが思春期男子に4を求めるなら、4のことだけを考えればいい。1から3までの現象は、別の世界で起こっていることなので、適当に受け流していればいい。そして4は、「思春期男子は女子になにを求めているか?」という設問とは、ほとんど関係がない。不特定多数の女子と、自分のつきあっている女は、まったく別のものだからだ。
あなたがエロまんが家で、思春期男子の3をくすぐりたい場合にも、3だけ考えればいい。エロまんがに描かれる女は、1・2・4に向いている必要はまったくない。
2の材料になりたいような病んだ人は、この日記を読むより先に、やることがあると思う。
あなたが1を求める場合だけは、2のことも考慮する必要がある。あなたがあまりにもブスだと、思春期男子は、仲間に馬鹿にされるのを恐れてしまう。が、とりあえず馬鹿にされない程度であれば、それ以上は必要ない。
さて、今日も今日とて、見てきたような嘘を書いてみた。
「思春期男子」などという人間はどこにもいないので、なにを書いても嘘にきまっている。賢明なる読者諸氏におかれては、「Aくんは違います」だのと文句をつけたりなさらないようお願い申し上げる。
この記事は一応は「XMLのプロ」による記事なのだと思うのだが、それで改めてメリットを紹介するのに、この程度のメリットしか出てこないというのはどういうことなんだか。
では私が答えよう。
私は6つの言語(C++、Java、VBA、Python、JavaScript、C#)でXMLを触ったことがある。サンプル程度ならもっと増えるが、実用的なものを書いたのは上の6つだけだ。まともにプログラミングなどしたこともない糞コンサルの皆様は、今日のエントリをコピペしておくといいだろう。
まずは弱点から。
1. パースが遅い
構造的な区切りを探すために1文字ずつ文字をチェックする必要があるので遅い。XMLを使うという観点からは、ここが一番のボトルネックになる。
2. データの格納形式を規格の基盤にしている
RDBMSが内部でどのようにデータを格納しているかは、RDBMSの実装の詳細であり、RDBMS開発者以外は知らなくていいようになっている。RDBMSを使うプログラマが知るべきことは、リレーショナルなデータ構造モデルであり、SQLというAPIである。
しかしXMLは違う。XMLの規格は格納形式を基盤にしている。これはXMLという技術全体の大きな足かせになっている。たとえば、XMLのバイナリ表現にはいまだにこれといったデファクトスタンダードがない。データ構造モデルやAPIではなく格納形式を基盤にしているせいだ。
XMLの利点は以下のとおり。
1. 相互運用性
これは具体的には以下の要素で構成されている。
・標準化された堅牢なパーサがどんな環境にも存在する
ふざけたパーサも稀に存在するが。たとえばPython。
・標準化されたスキーマが存在し、バリデーションをかけることができる
異常なデータと正常なデータをすっきりと切り分けることができる。なお言うまでもないが、相互運用性を求めるようなケースでは、「XMLフラグメント」のような糞データは論外だ。
・エンコーディングの問題に悩むことが少ない
日本人にとっては切実だ。
・多くの人がXMLのことを多少なりとも知っている
相互運用性にとって学習コストは無視できない。
2. 可読性
パースの実行速度、パーサの書きやすさ、規格のコンパクトさ、こういったものを完全に捨てて、可読性だけを高めている。
実行速度については上で弱点として述べたが、あとの2つは弱点ではない。XMLパーサを自分で書くことはないし、XMLの規格を自分で書くこともない。
3. 生態系の豊かさ
XMLの生態系の全体を述べることは誰にもできないので、頂点だけをご紹介する。XMLSpyというXMLエディタだ。XMLSpyを知らない人は、XMLについてまだなにも知らない。
逆にいえば、上のような利点を必要としないのなら、そもそもXMLの出番ではない。たとえば、RDBMSのデータの内部表現にXMLを使うような気違いはいないだろう。
が、同じRDBMSのデータでも、テスト用データを格納するファイルとなると、XMLが適している。テスト用データを調べたり修正したりするときに、XMLの可読性やツールの存在が重要になる。
洋服のズボンはサスペンダーで吊るほうが美しく格式も高い。モーニングなどの礼装はサスペンダーと決まっている。スーツ野郎のことを「サスペンダーを使っているような奴」と表現した文章を読んだこともある(その筆者はアメリカ人)。
が、日本では、サスペンダーのイメージがあまりよくない。日本で洋服が普及したときにはもうベルトが一般的になっていて、フォーマルなサスペンダーを見ることが少ないからだろう。実写なら迷わずサスペンダーというところでも、文字ではなかなかそうとは書きづらい。
*
その翌日が最後の出勤になった。
朝、私は執務室の掃除にとりかかった。執務室を自分で掃除するのは初めてだった。いつもはメイドがしてくれていた。
スーツのままではいけないので、掃除用のスモックを借りた。これは袖口まで被ってくれる。緋沙子から教わったとおりに、掃除機と雑巾、洗剤と空拭きを組み合わせて、きれいにしてゆく。狭い部屋だと思っていたけれど、掃除する身になってみると広い。
「ひかるちゃん? おはよー」
陛下だった。私は雑巾を置いて一礼した。
「おはようございます。今朝は一段とお美しくなさっておられますが、もしかして今日は妖精の国に御用でしょうか」
「じゃあ、ひかるちゃんは、お掃除の妖精さん?」
「では、こうすると、どんな妖精になるでしょう」
私はスモックを脱いだ。
「うーん…… ひかるちゃんの妖精さん」
向き合ったまま、一瞬、会話が途切れる。こういうときは私のほうから話の接ぎ穂を出すべきなのに、なにも思いつけなかった。なにを言っても辛くなるような気がして。
「今日は帰りが遅いから、もう会えないよ。
またねー、ひかるちゃん」
私は一礼した。陛下は小さく手を振りながら、とんとんと軽やかに後ろに歩いて、きびすを返し、廊下をゆかれた。
私は幸せだった。
だから少しだけ泣いた。
Continue
おまじないには「新作おまじない」という分野があるという。成句にも新作があっていい。というわけで、私のところに降ってきた新作成句をお届けする。
痴にして炉だが卑ではない
意味:ある種の人々から熱烈に望まれているが、現実には得がたい人材のこと。
SQL Server 2005のフルテキスト検索は微妙に使えない。たとえば、カスタムのトークナイザを使うにはどうすればいいのかわからない。そんなわけで、SQL CLRを使ってLucene.Netを組み込んでみた。
同じことに挑戦する人が、たぶん日本中に10人はいると思うので、アドバイスを残しておく。
・SQL CLRの実行権限はセーフでは無理だ。Lucene.Netが同期を使っている。同期はセーフ権限ではできない。
・UPDATE文の.WRITE句は、ファイルの操作からは想像できないようなセマンティクスを持っている。ABCDEFというバイト列のBCを書き換えるとき、ファイルの操作では、AxxDEFという具合にしか変更できない。つまり、書き換え部分の長さは変更できず、書き換え部分の後の位置をずらすことはできない。しかし、UPDATE文の.WRITE句ならできる。AxxxxDEFという具合に書き換えられてしまう。私はこのセマンティクスを想像できず、糞のようにハマった。
・CJKAnalyzerの移植に挑戦したものの、どうしても解明できなかった不明な理由により、正しく動作させられなかった。
また、SQL CLRについての雑感を。
ストアドプロシージャというもの自体これが初体験だったが、なんとも不細工なものだという印象を受けた。DBサーバとアプリケーションサーバというレイヤ分割については、今はおいておこう。SQLのレベルのことで疑問がある。
その1。私は十分調べたと思うのだが、ついにわからなかった――ストアドプロシージャが複数カラムのテーブル値を返すとき、その戻り値をクライアントに返さずに使うには、どうすればいいのか? SELECT hoge FROM (EXEC bar) WHERE foo = @hugaという具合に書きたいのに、どうやらできそうにない。また、戻り値を一時テーブルに放り込む方法も探したが、わからなかった。
その2。ストアドプロシージャの戻り値の型が動的に決定される。猛烈に気持ちが悪い。この仕様を決めた奴は、悲観ロックをRDBMSに導入した奴と二つに重ねて四つに斬ってやりたい。
以上は不細工な点だが、予想を裏切って美しかった点をひとつ。ユーザ関数に非破壊性を強制している。参照透明性の有無も設定できる。
企業の法務部門は、暇なときはとことん暇なので、自分で仕事を作る。こんな具合だ。
グーグル、「ググる」の使用に難色
企業のア法務の仕事づくりはいろいろ見てきたが、ここまで気が狂ったものは見た覚えがない。
ネタがないので設定厨行為をする。
護衛官は国王の個人財産を管理する。これにより、国王がその立場を個人財産運用のために不正に利用することを防いでいる。
日本の皇室メンバーは経済活動をしないが、これはいかにもお公家さんという趣で、世界標準ではない。たとえばイギリスのチャールズ皇太子はダッチー・オリジナルズという企業を創業し、現在も経営している。
*
護衛官は後任への引き継ぎをしない。
陛下から管理を委託された個人財産は、陛下の委任を受けた管財人に引き渡す。書類は大統領府と国王官房に。警護の事務や慣習は、もともと財団の警護部が知っている。
月曜日、私はいつもより少し早く公邸に行き、執務室の整理に手をつけた。午前9時、さっそく国王官房の職員がきて、書類のことを話した。ついでに今日の官報も見せてくれた。朝のニュースでは私の退職が報じられているとのこと。
今日の陛下のスケジュールは、教えられなかったし、訊ねなかった。護衛官としての経験から推測すると、おそらく今日は月曜演説のあと演説地で記者会見を開く。その記者会見に備えて、時間ぎりぎりまで公邸内でリハーサルがあるだろう。
午前10時、大統領府と内務省の役人が、4人もぞろぞろとやってきた。国王にかかわる仕事はいくつもの課に散らばっているので、全員が集まらないと、いつまでたっても片がつかない。
ダークスーツの男女6人が、四畳半の部屋で暑苦しく話し合っているところへ、障子がすべり、風が吹き込んだ。
「ひかるちゃん?」
陛下だった。私は座布団から降りて一礼した。やや遅れて役人たちが私に倣う。
私は朝の挨拶を申し上げた。
「おはようございます。
もう朝顔の季節ではありませんが、すると今朝の陛下は、いったいどんな花を恥じらわせなさったのでしょう」
長年の習慣で、なにも考えなくても、すらすらと出てくる。
「おはよー。恥じらわせる花は、ひかるちゃん、だよ。
お仕事にいってくるよー」
「道中のご無事とお仕事の上首尾をお祈りしております」
「ありがとうね。
――あ、えーと、みなさん、おはようございます、アーンド、いってきます」
あっけにとられている一同の返事を待たず、障子が閉まった。
役人のひとりが訊ねた、
「……人間関係の問題とうかがっていましたが」
「国王の絡むことですので」
これは万能の言い訳だ。突っ込まれたくないときは、これを持ち出すと黙ってくれる。今度も、何事もなかったかのように話し合いに戻った。
Continue
絵の世界には「デッサン」という評価基準がある。
これが正確にはなにを意味する言葉なのか、いまだに知らない。しかし、70歳の元美術教師から26歳のダメ人間まで、みな同じ「デッサン」という言葉を使っている。
私なりに推測したところによると、どうやらこれは美大の入学試験の科目のことらしい。入学試験では多少なりとも客観的な評価基準が必要になるので、そのためにデッサンという評価基準が作られたらしい。
美大志望の高校生や浪人生なら、デッサンという評価基準を気にするのは当然だ。就活中の大学生が「SPI」という評価基準を気にするのと同じだ。
職場での仕事はSPIでは測れない。わかりきったことだ。だがどういうわけか絵の世界には、美大志望でもないのに、デッサンという評価基準にしがみつく人がいる。
これが元美術教師なら話はわかる。仕事の相手が美大志望者だったから、と説明がつく。美大入試のために絵を描いた、という美大卒でも話はわかる。ほかの評価基準を知らないのだろう。しかしそれでは説明のつかない人々がいる。こういう人を仮に「デッサン厨」と呼ぼう。
デッサンという科目自体が、なにか本質的にデッサン厨を生み出す性質を備えているのだろうか? 賭博は本質的に賭博中毒者を生み出す性質を備えているが、それと同じような本質的ななにかが、デッサンにはあるのか? 違う。デッサンという科目自体の問題ではない。この問題は、いうなれば「評価基準の退廃」という問題だ。評価基準をめぐる状況が、デッサン厨を生み出している。
相対主義的にいえば、以下の三つの評価基準のあいだに優劣はない。
・デッサン
・オークションでの落札価格
・私
もちろんそんな相対主義は大嘘で、一番優れた評価基準は私なのだが、デッサン厨にはそれがわからない。
デッサン厨は、評価基準をまともに評価することができない。彼らがデッサンという評価基準を高く評価するのは、要するに、それが使いやすいからだ。具体的にいえば、即時性と客観性が高く、経時変化がない。なにしろ入学試験のためのものだから、使いやすいのも当然だ。
だが、評価基準がその使いやすさで評価されるのだとしたら、つまるところそれは評価のための評価でしかない。芸術のための芸術ならぬ、評価のための評価、それがデッサン厨という現象だ。
こうしてみると、デッサン厨という現象が、非常に一般性の高いものだとわかる。たとえばTVの視聴率がそうだ。ウェブサイトのページビュー数(PV)もそうだ。いわゆる内閣支持率は政界ではあまり評価されていないが、これは政界の健全さのあかしだ。
そして、評価のための評価をもっとも引き起こしやすい評価基準、それはもちろん、金だ。
あらゆるデッサン厨的な現象を退け、私という評価基準を高く掲げてゆきたい。
「まだだ、まだ終わらんよ! 」と陸子たんが言ったから6月17日はサラダ記念日
というわけで終わらない。
*
緋沙子は公邸での仕事があり、学校があり、しかもひとり暮らしだった。家が散らかるのはしかたない。
夕食の支度をしながら、家じゅうを掃除した。掃除道具は本格的なのが揃っていて、勉強になった。そのかわり台所のほうは、あまりいただけなかった。食器よりはキッチンツールを買ってくるべきだった。いろんな家や仕事場の台所を見てきたけれど、砂糖がない台所はこれが初めてだった。いったいどんな料理を作っていたのだろう。
食後の片付けが終わると、TVの前でごろごろした。冷房を切り、窓を開け、Tシャツとショーツだけになる。秋の生ぬるい夜風が気持ちいい。
けれど緋沙子は部屋着を脱がない。ゆったりした麻のパンツに、ノースリーブのニットを着たままだ。
緋沙子は私の視線に気づいて、
「……ん?」
「そんなの着てて暑くないの?」
すると緋沙子はなぜか、まるで言い訳するかのように身構えて、
「脱いだら有難味がなくなるじゃない」
私はちょっとした遊びを思いついた。なにも見ずに記憶だけで緋沙子のヌードを描いてみせよう。私の一番の特技、ミケランジェロごっこだ。
(少年時代のミケランジェロはあるとき、「お前が絵描きだというなら、この壁になにか描いてみせろ」と挑まれて、ただちに完璧な人体を描いてみせたという)
紙と鉛筆を探しかけて、思い当たる。そういえば私はまだ緋沙子の肌を見たことがない。
「そっか。冷房つけよう」
と、窓を閉めようとすると、
「いらない。汗かいておいたほうがいいんでしょ」
その返事が、今度もまた、身構えるような調子だった。
私はTVを消した。
「ちょっと暑くしようか」
私はソファに座り、緋沙子を膝に乗せた。緋沙子の額に手をあててみる。平熱だ。けれど私はわざと、
「ほら、熱くなってきた」
「それ『あつい』の字が違う」
「責任、感じてるんだね」
「――え?」
「今日のひさちゃんは、しょっちゅう暗い顔してた。
私を頼ってこんなことになって、後悔してるんじゃないか――って思ってたけど、それだけじゃないでしょう。
私に期待させなきゃとか、喜ばせなきゃとか、そういうことも考えてたでしょう」
ちょっと卑怯な聞き方だった。もし『そんなことない』と答えれば、後悔しているかのように聞こえる。
「それは――そうです」
「敬語」
緋沙子はうなずいた。
「それは嬉しいよ。
でも、ひさちゃんに一番してほしいのは、それじゃない。
ひさちゃんには、好き勝手なことしてほしい。私のご機嫌を取るばっかりじゃなくて。それは嬉しいんだけど、ときどきでいい。
陛下はたぶん、そういうのがお嫌いなんだと思う。生まれてからずっと、ご自分がそうなさってきたかただから」
なんの力も策略もない幼い子供として愛され、庇護され、わがままを言うこと――おそらくはそれが陛下の望まれることだった。けれど陛下ご自身はもう幼い子供ではないので、いわば身代わりとして、緋沙子を求められた。
極端な体験をなさった陛下は、ご存じでない。もしかすると頭では理解しておられるかもしれない。けれど心の底は変えられない。
どんなに家族や友達に恵まれていても、子供はみな、大人のご機嫌を取ることを知っている。陸子陛下の前に出て、顔色をうかがわずにいられる子供はいない。
緋沙子の顔は見えない。けれど気配でわかる。泣いている。
私はティッシュを取って渡した。緋沙子は早口に言う、
「なんだか私このごろ泣いてばっかり。こんなの嫌なんだけど」
「いまのはウソ泣きじゃないんだ」
緋沙子はうなずいた。
「いまからもういっぺん、陛下に泣きついてみる? 一緒に行ってあげる」
「行かない。行きたくない。ひかるが欲しい」
早口に言うと、緋沙子は向きを変えて、しがみつくように私を抱きしめた。かすかに震えている。
震えがおさまると、私のTシャツを脱がせて、身体に触れはじめた。秋の夜長にふさわしい、気の長いやりかたで。陛下とはちがって、口はおしゃべりには使わない。それでちょっと安心した。もし私がしゃべったら、きっと場違いで興ざめなことを連発してしまう。
頃合をみて、
「やっぱり着たままのほうが落ち着く?」
緋沙子はすぐに手早く脱いだ。
いくらか胸があるだけの、肉のない肌だった。初めて目にするその肌に、気後れする。抜き身の刃を突きつけられたような思いがする。この肌に触れる以上は、じゃれあっているだけとか、遊んでいるだけとか、そういう言い訳がきかないような気がする。陛下が緋沙子とは着衣のままでなさったのも、もしかすると同じような理由かもしれない。
私の視線を、緋沙子は気にとめないようだった。脱ぎ終えると、すぐにまた私を触りはじめる。そうしていないと息ができない、とでもいうかのように。
ふと緋沙子が口を休めて、言った。
「ひかるは、お漏らしとか好きなの?」
やれやれだった。
Continue
赤衣丸歩郎『仮面のメイドガイ』を読んだ。
少コミを読む前に、これを読むことをお勧めする。少コミよりも面白い、どころではない。いま日本で一番面白いまんがだ。
少コミとはなんの関係もない話が終わったところで、第17号のレビューにいこう。
・池山田剛『うわさの翠くん!!』新連載第1回
主人公(翠、女)がサッカーのプレイヤーである。体を動かしている絵が多くなると思うが、どれくらいちゃんと描けるかが見所だ。第1回をみるかぎり、誇張を意識しない絵ではかなり描けているが(カラー3ページ目)、誇張を意識すると悪い(34ページ目)。地味な動きを自然に描いてほしい。それに、息のあったコンビを描くには、個人が無茶なスーパープレーをするよりも、普通のプレーが完璧につながるほうがいい。
とりあえず次回が気になる。
採点:★★★☆☆
・しがの夷織『めちゃモテ・ハニィ』連載第4回
ようやく保護者役が動いた。主人公に手を出して、彼氏役と衝突である。
近親ものが好きな人は保護者役を使いたがる傾向にあるが、この手は見た目より難しい。権力の問題にぶつかるためだ。語ることは権力的な行為であり、権力問題について語ることは常に自己言及的になる。つまり、難しい。
採点:★★☆☆☆
・藍川さき『恋愛上々↑↑』連載第2回
ネームは十分わかりやすいが、無駄が多い。魅力的なもの、見るべきところ、つまり「売り」のないままページを無駄に消費している。
最初に見たときよりはずっとよくなっているが、まだ本誌で読みたい人ではない。
採点:☆☆☆☆☆
・くまがい杏子『はつめいプリンセス』第2回
絵とネームがわかりづらい。
採点:★★☆☆☆
・咲坂芽亜『ラブリー・レッスン ~お金がない編~』連作読み切り
これまで読んだこのシリーズのなかでは一番いい。ネームの流れがよく、勢いがある。扱っている題材も切実だ。
しかし、いろいろと踏み込みが足らない。第13~15号の連載は、この題材でやったほうがよかっただろう。
採点:★★★☆☆
・青木琴美『僕の初恋をキミに捧ぐ』連載第24回
照が死んだ。
男塾よろしく三途の川を徳俵にして最強の一撃を繰り出すかもしれないと思っていたが、なかった。ポジション的には重要(繭から逞を奪った女)なのに、雑魚キャラのままで死んでしまった。これでは奪られた繭が雑魚に見えてしまう。
少コミで10巻以上の連載はほとんどない。この連載はいま4巻まで出ているので、すでに後半、それもあと3巻くらいしかないだろう。照を、死人としてうまく使うには出し遅れだ。
どうにも辛い展開だ。とっとと終わらせて次に行くほうがいいかもしれない。
採点:★☆☆☆☆
・天音佑湖『恋敵は子猫ちゃん・』連作読み切り
華やかな舞台と画面でいちゃいちゃしている。
それはそれでいいのだが、「なにが起こるかわからない」という感覚、真剣勝負の緊張感がない。ページをめくったら、「よもや卑怯とは言うまいね」と書いてありそうな、そんなヤバさが欲しい。
採点:★☆☆☆☆
・織田綺『LOVEY DOVEY』第3回
彼氏役が主人公を侮辱するような態度をとっていいのは、ぜいぜい3回までだ。侮辱は人間関係の堅固な基盤たりえない。
そもそも根本的に、主人公にも彼氏役にも魅力がない。
採点:☆☆☆☆☆
・新條まゆ『愛を歌うより俺に溺れろ!』連載第13回
まず誤植から。扉の連載回数が間違っている。今号は第13回のはずだ。なぜこうも飽きずに間違えられるのか、本当に不思議だ。
もうひとつ。最終ページのアオリの「対象的」は漢字が間違っている。まんが家がネームの日本語を間違えるのは仕方ないが(そもそも量が多い)、編集者の入れるアオリが間違っているのは辛い。
今回のあらすじ:水樹は自宅でついに秋羅と結ばれるか、というところで、水樹の兄が帰宅してきて鉢合わせ。
まだ13回にしては登場人物が多すぎるような気がする。バンドのメンバー、秋羅のおまけ二人、そして今度は水樹の兄ときた。何号か前の『まんがアカデミア』で、昔の作風をちらっと語っていたが、なるほどと思える。
採点:★★☆☆☆
・市川ショウ『AとBの事情。』読み切り
絵があまりにガタガタなので、このレビューを書くまで読まずにいたが、読むとなかなか面白い。ネームはしっかりしているし、男にそれなりに魅力がある。
なお、占い等をネタにするときには、「実は星座が違ってた」「実は血液型が違ってた」というオチをつけることを勧める。
採点:★★☆☆☆
・わたなべ志穂『ご指名! ホスト教師J』最終回
なんだか意味がわからなかった。
採点:☆☆☆☆☆
第7回に続く
要約:主人公がツンデレの百合
私はいま、あらきかなおに注目している。『魔法のじゅもん』1巻(芳文社)もよかったし、この本もいい。
百合一般についていえることだが、下品なネタについては、やや難易度の高い読みが要求される。すなわち――百合における下品なネタは、ある種の偽悪であり、照れ隠しだ。
照れだの恥じらいだのを知らない私のような鉄面皮もいるが、純情可憐(クククク……(メイドガイ風))な作者の作品を読めないのは辛い。ぜひ本書で下品なネタの読み方を身につけてほしい。7andy
私の子供のころ、最高の美少女といえば後藤久美子だった。緋沙子のたたずまいは彼女によるところが大きい。
ブラウン管の向こうの彼女は、いつも居心地の悪さを感じているように見えた。自分の身に起きていることを、あまり納得していないように見えた。彼女はあるとき、「自分の姉は自分より美人だ」と言った――という話を聞いたことがある。これが事実かどうかは知らない。けれど、いかにも彼女らしい話だと感じた。
後藤久美子のあのたたずまいは、日本文化にどれくらいの影響を残したのだろう。わからない。おそらく測る方法もない。ただ、私の脳裏には、あの姿がいまも焼きついている。
*
土曜日の朝、私は友達に電話をかけた。石藤由美、ペンネームは後藤チコ。私がまんが家を目指していたとき、よくアシスタントに行った相手だった。まんが家らしからぬ早起きで、朝に電話をかけても大丈夫だ。
用件は、車を借りること。
「みっちゃんは車とか運転しないんじゃなかったの? 事故るとやばい商売だから、っていつも言ってたでしょうが」
私のペンネームは『ミフネ』だったので、まんがを通じて知りあった友達は、私のことを『みっちゃん』や『ミッフィー』と呼ぶ。
「クビになったの」
「あー。……んじゃ、これからセクハラ訴訟?」
「なんで」
「陸子たんに迫られたんと違うの?」
どういうわけか知らないが、まんがを通じて知りあった友達はみな、陛下のことを『陸子たん』と呼ぶ。
「話すと長いんだけど、一言でいうと、陛下の愛人を奪っちゃった」
「あー。……その愛人、男? 女?」
「女」
「陸子たんがそっちって、マジだったんだ。
女か。いい女なんだろうね。みっちゃんを落とすとはね。
あー。国王に当選したいなあ。いい男、ゲットだぜ」
「継承者だったっけ?」
王位継承者会は年に1万円の会費がかかる。私のように家族が公務員なので入らされた場合はともかく、給料のもらえない不安定な仕事では、なかなか継承者になろうとは思えない。
「去年からね」
「連載持つと景気がいいね」
「貯めててもどうかなって世界だし。
車を借りるってことは、そのいい女をのっけてドライブだ。どこ行くの」
「買い物」
「つきあうよ。ノロケ話、聞いてやる」
*
昨日の夜、緋沙子と話し合って、決めた。世の中には、私が陛下から緋沙子を奪ったという筋書きで説明しよう、と。
けれど、由美はすぐに見破った。
食器を買った帰りに寄ったレストランで、由美は言った。
「誠実で裏表のない女って、うざいよね。私が正直にしてるんだからお前も正直にしろ、みたいなプレッシャー感じるんだ。
みっちゃん、あんたのこと。
ひさちゃんはなんでまたこんな四面四角な女がいいの」
「いけませんか」
「説得力がない。自分じゃどう思う?」
「世の中にはいろんな相性があります」
答えた緋沙子は、高慢、というしかない態度だった。恋愛やセックスのことを鼻にかけているのは明白だった。由美の外見は、どう見ても、色事には向かない。
「あー。みっちゃん、この子、処女?」
緋沙子は気色ばんで由美を睨んだ。姿は大人びて見えても、中身はまだそれほどでもないということを思い出させられる。噛みつくように緋沙子は、
「ひかるじゃなくて私に直接訊いてください」
「いや、しょぼいこと言ってごまかそうとするからさ、なんなんだろうと思った。
どう見ても逆なんだわ。
ひさちゃんがみっちゃんを奪ったみたいに見える」
緋沙子がまずいことを口走る前に割り込んで、
「そんなのどっちでもいいんじゃない?」
「あー。みっちゃんがわかってるんなら、いいか。
そうそう、言い忘れてたけど、――」
由美は重々しく言った。
「――私は処女だ」
『そんなの見ればわかります』くらいのことを言うかもしれないと一瞬恐れたが、さすがの緋沙子もそれは言わなかった。
横目で表情をうかがう。口で言わなくても、目で言っているのではないかと思って。杞憂だった。緋沙子は、高慢というよりも、憂鬱そうだった。
緋沙子の暮らすマンションの駐車場で、由美と別れた。
「デートの邪魔して悪かったね。ほんとに車、いらないの?」
しばらく車を貸そうと由美は言ってくれたが、私は断った。
「置いとく場所がなさそうだしね」
来客用の駐車スペースもあることはあるが、駐車場の管理人の話だと、一晩以上は置けないという。
「そう。
いつまで千葉にいる?」
まるで天気のことを訊くような調子だった。
「そういうの、まだ決めてない。出るとしたら、日本じゃ意味なさそうだから…… 就労ビザがおりるまでかな」
「わりとすぐだね。行くときは成田まで送らせてよ。んじゃ」
由美は車を発進させた。
振り向くと、緋沙子は硬い表情をしていた。どうやらまったく考えていなかったらしい。
「――就労ビザって、なんの話?」
「まだ決めたわけじゃないよ。ほとぼりが冷めるまで、ロシアに高飛びしようかなって」
緋沙子の住むマンションは、木更津でおそらく一番の高級マンションだった。ロビーには受付があり、廊下は絨毯敷きで、各階のエレベーターホールには花が飾ってある。家賃はどのくらいだろう。私がもらっていた給与では足りないかもしれない。
いったん部屋に荷物を置いて、外に出る。ろくなデートスポットもない街だけれど、並んで歩ける道があればそれでよかった。
「陛下に比べたら全然だけど、私の顔もちょっとは売れてるし。ひさちゃんもTVに出たし、美人だから目立つし。どこに住むにしても、度胸がいるよ。
――それに、仕事がね。
日本で同じ仕事は、ちょっとね。国内で個人警護の仕事があるとしたら江戸川のあたりでしょう。私が警護したら、そのせいでかえって危険になりかねない。
ロシアの大都市ならどこでも仕事があるみたい。警護部の人が言ってたんだけど、日本語とロシア語ができる人なら、犬でも猫でもいいって」
「まんがは? またアシスタントすればいいじゃない。さっきの人とか、きっと使ってくれるよ」
『アシスタントで月にいくらになると思う?』――反射的に言いそうになった。
緋沙子のせいにするのはとても楽だけれど、それは楽なだけだ。
「したくない。自分がまんがを描くためじゃないと、できない」
「描かないの?」
私は恐そうな声音を使って、
「私が描くときは、ひさちゃんだって止められない。いつそうなるかわからないよ。覚悟しといて」
「うん」
緋沙子は納得したようだった。けれど、憂鬱そうだった。
その散歩は結局、近所のアイスクリーム屋さんを経由して、スーパーでの買い物に変わった。
「今年の6月だったかな。絶対来い、オムライス作れ、って言われてね」
私は少しは料理ができたので、アシスタントに行くと食事を作らされた。私も別に料理自慢ではないのに、どういうわけか私のアシスタント先には、まったく料理のできない人ばかりが集まっていた。聞くところによれば世の中には、料理のできる美人ばかりの仕事場もあるらしい。けれど私にはそんな仕事は回ってこなかった。
護衛官になってからも、食事を作るためにときどき呼び出されていた。締切前の修羅場でわけがわからなくなると、おかしなことが始まるものだ。
そんな修羅場のおかしな行動を話して、笑いあう。
と、緋沙子が私の腰に腕を回し、身体に触れた。
私はちょっと驚いて、緋沙子の顔を見る。緋沙子はいままで、腕をとることもしなかった。
「――くっつきすぎですよね」
離れようとしたのを、こちらから腕をからめる。
「敬語」
「あ」
緋沙子はきまり悪そうに唇をぎゅっと閉じた。それから、憂鬱そうな顔になった。
Continue
今日の豆知識:
1. インド人と中国人のエンジニアのほとんどは正直である。
2. ロシア人のエンジニアは、上記2カ国ほど正直ではない。
3. バリューコマースのブライアン・ネルソン社長は馬鹿である。しかも過去3年にわたって、その誤りを指摘してくれる人がいなかった。
ネルソン社長は3年前、Java言語を使った開発のアウトソース先を探し、12カ国18カ所をめぐった。インドや中国なども候補にあがったが、「当時のインドや中国には、Java開発を10年以上経験したエンジニアがほとんどいなかった」という。